7 異形の気配1

次の日、夕刊の配達を終えたイーサンは新聞社への帰路を急いでいた。

今日は博物館の守衛室には事務員がおり、事務員に夕刊を渡した。

館長は外出中とのことだった。

辺りは日が落ちかけており、薄暗くなってきており、街灯なども点き始めた。

新聞社まで2ブロックまで近づいたところで信号待ちをしている時であった。

ドクン

一瞬心臓が大きく鼓動した。

そして、冷や汗とともに悪寒にも似た不快な感じがした。

冷や汗を腕で拭うと、不快なイメージが頭を駆け回った。


異形。


頭に浮かぶのは異形の姿。

まさか異形が現れたのか?

剣が俺にイメージを伝えて来ているのか?

俺に戦えといっているのか?


剣が呼んでいる。


剣は新聞社の自分のロッカーに入れてある。

イーサンは目の前の信号が青になると、急ぎ自転車を漕ぎ出した。


新聞社の駐輪場に自転車を止めると、

挨拶もそこそこにロッカールームに駆け込んだ。

幸いにもロッカールームには誰もいない。

イーサンはロッカーをあけ、ハードケースを取り出した。

そして、蓋を開け、剣を持った。

先ほどの不快なイメージが、場所のイメージとともにはっきりと伝わってきた。


場所は街外れの街道沿い。

西方向の小さな店であった。


「行ってみるしかないか・・・」

イーサンはハードケースに剣をしまい、背中に担いだ。

そしてロッカールームを飛び出した。


ミスカトニック大学を横目に見ながら、西に向かって自転車を走らせた。

この通りは信号が少なく、車の通りも少ない。

イーサンは殆ど信号に引っかかることなく、街中を抜けた。

両側が畑になり、家もまばらになったころ、はるか遠くに店の看板の明かりが見えた。

近づくと、コンビニエンスストアのようであった。

店まで100mほど離れた場所に自転車を停め、暫く眺めていたが、

異形に襲われている様子も無く、普段どおりに営業しているようであった。

今も、自動車が1台入っていった。

自転車で全力で走って来たため、かなり息が上がっていたイーサンは、大きく深呼吸をした。

気のせいだったのだろうか?

しかし、不快な感覚は頭から消えてはいない。

イーサンは左右に頭を振ると、飲み物でも買おうと自転車を押して店に進みだした。


その時のことだった。

見つめる店の屋根の上の空気がゆるりと歪んだように見えた。

イーサンは足を止めた。

歪んだように見える空間の大きさは10mほど。

そして、歪んだ空気の中に鈍く光る1本のいびつな縦線が現れた。

空間に亀裂が入ったと形容するのが正しいだろうか。

その亀裂の中央部が音も無く少しずつ開いていく。

よく見ると手のような物がかかっており、”向こう側”から押し開けているように見えた。

亀裂は少しずつ開いていき、円形に近い状態になった。


そして、中から、異形が顔を出した。

博物館の時と同じ顔をした異形。

イーサンは冷や汗が頬を伝うのを感じた。

異形は半身を亀裂から出し、片足をかけた。

そして音も無く屋根に向かって飛び降りた。


ドーン


イーサンがいるところまで地響きが伝わってきた。

屋根を突き破り、一瞬異形は見えなくなったが、

その瞬間、横の壁が吹き飛んだ。

恐らく、腕を振り回したのであろう。

瓦礫は道路のほうに吹き飛び、細かい瓦礫はイーサンの近くにも飛んできた。

時折、異形の頭が屋根の上から見え隠れする。

動きから、当たり構わず壁や屋根を破壊していると思われた。

その時、店から先ほど入っていった客が飛び出してきた。

エンジンをかけたままの車に飛び乗ると、全速で店から発進した。

車はイーサンの横を爆音を立て、街の方に走っていった。


イーサンは自転車を置き、担いでいたケースから剣を取り、店に向かって走った。

すでに店の1/3は壁も屋根も無く瓦礫の山になっている。

今や、店の前からも時折異形の姿を視認できるようになっていた。

異形が前進し壁の向こうに姿が見えなくなった。

パン、パン、パン、パン、パン、パン

あと20mほどの場所まで近づいたとき、店から発砲音が聞こえた。

「ウワアアアアアアアアアアア」

そしてその後に断末魔のような叫び声が聞こえた。

破壊音は聞こえ続けており、そして辛うじて店の外観を保っていた入口付近の壁が吹き飛んだ。


そこには、左手の長い爪で店員と思われる男性を串刺しにし、

顔の前で長い舌を使って男性を舐めている異形の姿があった。

そして異形は走ってくるイーサンに向き、怪しく輝く赤い目で見た。

刹那、左腕をイーサンに向けて振った。

爪が抜けた男性はイーサンに向け飛んできた。

イーサンは右に体を回転させ、地面を転がった。

男性は、駐車場の端まで飛んで行き、バウンドしながらごろごろと転がった。。

もう生きてはいないことはイーサンから見ても明らかだった。


瓦礫に登った異形は、そのままイーサンに向け駆け出した。

イーサンは地面に片膝をついたままだった。

早い!反応が遅れた!

イーサンは思ったが、その時には異形の右手の爪が頭上に迫っていた。


ガッ

辛うじて上に振り上げた剣で爪を受け流した。

轟音とともに右手の爪が地面に突き刺さり、地面のコンクリートが粉砕した。

腕が痺れる。安堵したのも束の間、異形はそのまま右肩をぶつけてきた。

イーサンはそのまま後方に吹き飛び、地面を二度三度転がった。

アメフトでもこれほどまでに激しいタックルは受けたことは無かったが、瞬時に受身を取ることには成功した。

イーサンはゆっくりと立ち上がった。大丈夫。体は痛むが、骨は折れていない。

異形も崩れた体勢から体を起こした。

対峙するその距離、約15m。距離も取れた。


恐らく前に戦った異形よりも一回り大きい。

剣は腰ぐらいまでしか届かない。

それに、どうやら爪は剣では切れないらしい。

イーサンは異形を見据えながら、その後ろにある瓦礫の山になった店を見た。


行くぞ。我が主よ。


声が聞こえたような気がした。

イーサンは右手に剣を持ち、異形に向けてまっすぐに飛び出した。

異形も反応し、足を踏み込み、向かってくるイーサンに向かって右手を空気を切り裂きながら勢いよく伸ばした。

腰を屈め、目前のところで避けるイーサン。足は止めない。

爪はイーサンの頭上をかすめた。

異形は足を踏ん張ると、体を回転させ、左手を大きく振った。

が、左手は空しく宙を切る。

その時、すでにイーサンは異形の横を走り抜け、異形の手が届かないその後ろの瓦礫の上に駆け上がっていた。

そしてそのままの勢いで、一部残った屋根の上に飛び乗った。

地面までの高さはおよそ5m。

若干見下ろす状態で異形を見つめ、そして両手で剣を構えた。

イーサンは大きく息を吸った。


暫しの静寂後、先に動いたのは異形であった。

右手を腰下付近に構え、イーサンに向かってダッシュ。そしてイーサンの乗る屋根に向かって下から上に腕を振りぬいた。

轟音とともに上空に吹き飛ぶ屋根。

しかしイーサンは、屋根が破壊される直前、屋根を蹴り、異形に向けジャンプしていた。

そして、上空で両手で下向きに剣を構えた。

異形は目でイーサンの動きを追いながら、咄嗟に左腕を振り上げ、頭をガードした。

イーサンは歯を食いしばり、左腕の上から剣を突き刺した。


剣はそれほど力を入れずに腕を貫通し、その下にある頭の眉間の部分からまっすぐ下に根元まで深々と突き刺さった。

異様の動きがピタリと止まった。

イーサンは異形の鼻先に足をかけ、力を入れて剣をそのまま下に引いた。

剣は軽々と異形の腕を切り裂き、そのまま眉間から顎まで顔を切り裂くと、傷口から真っ黒な液体が噴き出した。

液体は容赦なくイーサンに降り注いだ。

構わずに顎付近まで切り裂くとするっと剣が抜け、イーサンは瓦礫の上に落下したが、なんとかうまく着地した。

そして、異形の足元で剣を構えた。


異形の左腕が力なく頭からだらりと滑り落ちた。

異形の頭から噴き出す液体は、さも雨のように異形とイーサンに降り注いだ。

タールのような液体で、イーサンは全身真っ黒になった。

液体には構わず剣を構え続けていると、

空気がゆらりと歪むように見えた後、異形の頭の先から砂のように体が崩壊し始めた。

見る見る間に砂のようになっていき、そしてその砂も空気中に溶けるように消えていった。

黒い液体も溶けるように消えていった。

イーサンが浴びたはずの液体も、何もなかったように消えた。

「やった・・・。」

イーサンは剣を持ったまま瓦礫の山に座り込んだ。

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