第50話 ココにあるカコからのミライ

「お願い、お願いだから、今だけはこの空間すら貫いて――!」


 左肩が熱い。これまでこれ程までに熱を持った事があっただろうか。


  服が焼き切れ、肉が裂け、骨が絶たれ、凛那自身が焼かれてしまいそうなほどに熱い。それでも凛那は己の深層に深く手を伸ばし、ルビー・エスクワイアの名を叫ぶ。


 今だけは、今だけは、最大限の力を貸して――と。


「なに……!」

「ルビー・エスクワイア……!」


 真っ赤な閃光から生まれたのは騎士鎧ではない、いつも彼女が持っている槍、《月をも貫く槍》が手の中に生まれた。

 凛那は大声を上げながら力一杯、白銀騎士が振り下ろした剣めがけて、槍をがむしゃらに振り上げる。


 刃の部分は振り上げられた力で原石が削れていく。生まれたのは深紅に輝く研ぎ澄まされた槍先。


 ――ナイツオブアウェイクの旗はもうない。

 剣と槍が触れた瞬間、音も何も発生しなかった。


 全てはスローモーションに見え、一瞬だけ時間が止まり、凛那は後方に弾き飛ばされる。剣による力ではない、多分、次元を超えたから反動が返ってきたのだ。


 その結果が、ほら、そこにある。

 剣先は男の子の脳天を外れ、左目を剣先が掠るが致命傷は免れたようだ。


「……外した、だと?」


 白銀騎士は自分が狙いを外したことに驚愕し、泣きもせずに左目を押さえている男の子を睨んだ。


「ちっ……興が削がれた」


 白銀騎士は男の子と私に背中を向けて、残りの騎士たちの方へと歩く。

 それと同時に白銀の騎士鎧は空気に溶けるように消えていった。


「まあ、いい。眼は奪った。これでお前はただの人だ。

 それだけで良しとしてやる」


 男はいつの間にか右手に血だらけの目を持っており、無言の騎士たちとこの場を去った。


 騎士たちが去ってからも、男の子はその場に立ち尽くしていた。

 無くなった左目を手で塞ぎながら、村の様子を眺める。


 凛那はその様子を見ながら、男の子の隣に座った。

 あの時見た映像はこれだったのかもしれない。


 初めて昂我が凛那の前に飛び出してきてくれたとき。

 再び黒騎士と対峙し、助けに割り込んできたとき。


 凛那が飛び出したこの映像をルビー・エスクワイアを通して、知っていたのかもしれない。


 この男の子はきっと、これから、様々な思いを知っていくのだろう。

 そう思いながら、私はただ男の子に寄り添った。


 生きている人はいない。生活するべき場所もない。

 けれど時間が経てば、いずれ、君は大丈夫だと思う。


「人生、思ったより、捨てたもんじゃないよ、きっと」




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