「サムゲッドターン~辛い料理苦手な僕がミーハー部長の指示で韓国料理記事を書く。」
アキブリー
EP.1 韓国ブーム
とある雑誌出版社に務める男性サラリーマン本出33歳。
今日も都内マンションの自宅でPCを使い8時のオンライン朝礼に参加する。
新型ウイルスの感染対策で一般的になったテレワーク。
部長が本出に昨今流行りの韓国をテーマとした記事を書く様に指示する。
部長はトレンドに敏感だが、ミーハーである。 韓国の事も詳しく無いだろう。
記事の内容は何にしよう。 日本ではK-POPアイドルや韓国ドラマ、韓国料理が
人気だ。 韓国アイドルの動画配信やドラマのシーンで韓国料理が登場する。
出演者が食べているのを見ると、どんな味がするのか気になって食べてみたくなる。
そう言えば、我が社に料理雑誌の部署がある。
もしかすると、韓国料理に詳しい人もいるかもしれない。
とりあえず、社内メールを送る。
同じ頃、本出が務める雑誌出版社オフィスの会議室で料理雑誌部のミーティングが
行われている。大きなモニターにプレゼンテーションのスライドが映し出され、
部長が席に座っている女性社員の方を見て投げ掛ける。
「飯田さん、韓国食品の動向について発表お願い。」
飯田が発言する。
「はい。韓国では健康志向がトレンドになっており、韓国風海苔巻きのキムパッは
白米の量を少なく具の量を多くしたプレミアムキムパッや白米の代わりとして
錦糸玉子を使ったキトキンパッ、スンドゥブを海苔で巻いたスンドゥブキムマリが
流行っている様です。」
「進化系が流行っているのね。ヘルシーなメニューを中心に取り上げるのかしら。」
「いえ、ヘルシーなメニューに限らず家庭でも簡単に作れる料理を取り上げ、おうち
ご飯するニーズに応えられると考えております。」
部長が問い掛ける。
「そう。具体的なメニューは浮かんでいるのかしら?」
「キムパッやチュモクパプ、チヂミ等の主食、ホットクやハッドグ、ヤックァ等の
お菓子を考えております。」
「その様なメニューをチョイスした理由は何かしら?」
「はい。おうち時間が増え家族と過ごす時間が多くなっている状況を踏まえまして、
家族で簡単に作れる様な料理やスイーツ等のレシピが必要とされ、小さなお子様
などの辛い料理が苦手である方も食べられるメニューをピックアップしました。」
部長が業界の脅威について突っ込みを入れる。
「ただ、最近は飲食店のデリバリーやコンビニ等の調理済み商品で手軽に韓国料理
が食べられるわよね。敢えて、手作り料理のレシピを提供する理由は何かしら?」
飯田は緊張しながらも、気丈に答える。
「はい。依然としてK-POPはZ世代を中心に、韓国ドラマは主婦を中心に日本でも
人気があり、その様な韓国に興味がある親子を対象とする事で、韓国文化を学ぶ
機会になると考えております。」
「ターゲットは韓国好きの親子がいる家庭で料理教室がコンセプトという事よね。」
「その通りです。」
ここで、部長が再び突っ込みを入れる。
「そうね。競合となるレシピ投稿サイトやSNSとの差別化も必要よ。」
飯田も負けじと返答する。
「差別化としましては、韓国出身の料理家から本場の味に近付けるコツや歴史、
文化を教わり、最近のトレンドやアレンジレシピ、関連コンテンツを提供する事で
料理のレパートリーも増え日々の献立を考える手助けになると考えております。」
「そう。まぁ、ひとまず市場調査していらっしゃい。」
「ありがとうございます。」
部長の問い掛けは常に的確で気が張るので、許可が出て飯田は肩の力が抜ける。
雑誌記事のテーマは親子で作る韓国家庭料理。簡単に作れるメニュー。
飯田が自分のデスクで一息ついていると部長に声を掛けられる。
「今、社内メールを見たんだけど、別部署の本出さんって人が韓国料理について
知りたいらしいの。飯田さん、韓国料理に詳しいでしょう。
1回電話してみてもらえる?」
「あ、はい。」
「頼んだわよ。」
部長が離れると、飯田は社内メールを見て電話を掛ける。
一方、韓国料理店をWebで検索していた。本出はテレビで韓国料理の特集番組を見た事がある。だが、当たり前の様に辛い料理を紹介する。激辛ブームで辛い料理を好む人もいて凄いと思うが、本出は辛い料理が苦手だ。食べると汗が出る。
出来れば避けたいと思いながら辛くなさそうな韓国料理を探す。
参鶏湯(サムゲタン)。いわゆる鶏の薬膳スープだ。
以前、スーパーで参鶏湯の素を買って作った経験がある。これは辛くない。
新大久保にある専門店の文字に惹かれ店舗情報を確認。
営業時間は12時~か。まだ3時間ある。
他に韓国料理と言えば、海苔巻きのキムパッもある。いくつかある店の中、キムパッが9種類ある専門店が目に留まる。店舗情報を見ると24時間営業だ!
早速、地図を確認しているとスマホの着信音が鳴る。 本出は通話を始めた。
「もしもし。」
「あ、もしもし。本出さんの社内メール見ました飯田です。」
優しそうな声だ。
「お忙しい中、お電話下さり申し訳ないです。」
「いえいえ、私で良ければ韓国料理についてお教えしますよ。」
物腰も柔らかい。
「ありがとうございます。お願いします。」
「はい。」
本出は真面目なトーンで本題に入る。
「早速ですが、韓国料理と言えば参鶏湯やキムパッが思い浮かぶんですけど、
最近は何が流行っているんでしょうか?」
「そうですね~。参鶏湯は薬膳スープで美容にも良いので、ポピュラーですよね。」
「僕も日本メーカーが製造している鶏肉を入れるだけで参鶏湯が出来る素を使って
作って食べた事はあります。」
「生姜の味がして美味しいですよね。」
「そうですね。あ、初めて食べると薬膳らしい感じはしました。」
「確かに。その点、キムパッの方が日本食の海苔巻きと似ていて良いですよね。」
「僕はキムパッを食べた事がないので、これから新大久保にあるキムパッ専門店まで
行こうと思っています。」
「どの店ですか?」
「えっと、24時間営業で大久保通り沿いにある店です。」
「良いですね。私も雑誌に韓国料理のレシピを取り上げるので、そちらのお店に行き
ます。」
「あ、でしたら一緒に行きませんか?」
「え、良いんですか?」
「会社ですよね?僕の車で良ければ会社に寄りますよ。」
「そうです。じゃあ、お言葉に甘えて。」
「それでは。」
本出は通話を終えると、愛車に乗り込み会社へ向かう。
一方、飯田は部長に韓国料理の調査で新大久保まで行く事を伝え、会社の前で本出の
車を待っている。 10分後、会社の前に1台の車が停まった。 飯田は車に近付くと、助手席側の窓をノックした。 窓が開く。
「本出さんですか?」
「はい。飯田さんですね?」
「そうです。こんにちは。」
「こんにちは。お待たせしました。どうぞ乗って下さい。」
「ありがとうございます。」
飯田が助手席に乗り込み、シートベルトをする。
「出発しますね。」
「はい。」
女性を乗せたのは初めてだ。本出は緊張しながら車のシフトレバーをDに入れ、
アクセルペダルを優しく踏み発進させる。 新大久保へと車を走らせながら、飯田に話し掛ける。
「日本で韓国気分を味わえるのは、やはり新大久保ですよね。」
「そうですね。飲食店やカフェ、屋台、コスメやファッションのショップ、エステ
もありますよ。」
「まるで、韓国の明洞(ミョンドン)みたいですね。」
大通りを東へと進む。 飯田がスマホの画面をスワイプしながら見ている。
「明洞には飲食店も多くキムパッやお粥、牛骨スープのソルロンタン、参鶏湯、
麺料理のカルグクス、ジャージャー麺、蟹醤油漬けのカンジャンケジャン、焼肉
などのお店がある様ですね。」
「なるほど。1度は行って調査したいです。」
「まずは、新大久保にある飲食店を探しましょう。」
「そうですね。」
新宿区に入り高架下を通過する。 続いて、新大久保駅の高架下を通過すると交差点がある。 赤信号で止まると、飯田が左側にある10円パンの店を発見。
「あ、ここに10円のお店がありますよ。」
本出が店の方を見る。
「え、1個500円!」
「見た目が10円硬貨なだけですね。」
「そっか。確か、韓国では10ウォン硬貨の形ですよね。」
信号が青に変わり、車を走らせる。交差点を超えて、右側にある店の看板を見るとハングルが書かれている。 チキン店やコスメショップがある通りを通過。すると、飯田がキムパッ専門店を発見。
「あ、ありました。」
「駐車場を探しますね。」
本出は新大久保をテレビで見た事はあるが、実際に来たのは初めてだ。
少し進むと左側にPの文字が書かれた標識を発見。
「あった。ここ、入りますね。」
「はい。」
本出はウインカーを出すとコインパーキングのエリアに入る。 バックで駐車すると車を降りスマートキーでロックする。大通り沿いの歩道を西側に向かって来た道を
戻る。 歩き出すと、店名がハングルで大きく書かれている。
看板の下には日本語で”コプチャン 韓国式ホルモン焼き”とある。 まるで韓国に
来た様だ。パチンコ店の前にある横断歩道を渡り、コンビニの前を右の方へ向かう。
チュクミとタッカルビの店、韓国食料品店の前を通り過ぎる。更にコスメショップ、韓国料理店、チキン店と続く。
「あ、ここですね。」
キムパッ専門店に着いた。店内は明るい雰囲気でテーブルに椅子とソファーがある。
席に座り写真付きのメニュー表で海苔巻き(キムパッ)類を見ると、店名でもある
看板メニューのキムパッや野菜、プルコギ、ツナ、チーズ、キムチ、ヌード、黒米、
玉子があり、本当に9種類。どこかのK-POPアイドルみたいなメンバー数だ。
どれにしようか考えながら、飯田に話し掛ける。
「キムパッの種類が豊富で悩みますね。」
本出はメニューをスパッと決められない。
「なら、盛り合わせはどうですか? ただ、量が多そうなので、シェアしましょう。」
「良いですね。」
「すみません。キムパッの盛り合わせを1つ下さい。」
飯田が店員に注文を伝えるとテーブルに透明なポットに入った飲み物とカクテキが
置かれ、本出と飯田はコップに注いだお茶を飲みながら待つ。
しばらくすると、キムパッの盛り合わせが運ばれて来た。
木の寿司下駄に3種類のキムパッが5切れづつ並ぶ。本出は銀色の箸を手に持つ。
「あ、ちょっと待って下さい!」
そう言うと、飯田はスマホで写真を撮る。
本出はキムパッの事に気を取られ、写真を撮るのを忘れていた。
「どうぞ。」
「いただきます。」
気を取り直し、まずはオーソドックスな見た目のキムパッを一口かじる。
お、ゴマ油の香りと味がする。日本で馴染がある海苔巻きの様な酢飯と違い、白米で
具材は人参や法蓮草のナムル、ハム、玉子焼き、練り物、カニカマ、沢庵だ。日本の太巻きで言うキュウリ的なポジションを沢庵が担い、食感の良いアクセントとなって美味しい。
次に、黒米のキムパッを一口かじる。これは海苔が無く、黒米の味と香り、食感がダイレクトに感じられ白米とは印象が違う。
本出が飯田に話し掛ける。
「あ、ご飯がモッチリで香ばしいですね。」
「そうなんですよ~。黒米って栄養価が高く、アンチエイジングや美容に効果が
あります。 ただ、良く噛んで食べて下さいね。」
「なるほど。」
続いて、白米で海苔が無い裏巻きのキムパッ?を一口かじる。うん、海苔が無い事で白米の食感と具材が相まっている。本出はキムパッを飲み込むと、お茶を一口。
飯田がメニュー表を手に取る。
「汁物も注文しませんか?」
本出も温かい汁物が欲しいと思っていた。
「良いですね。何がありますか?」
飯田がメニューを探す。
「私はラーメンにしようかなと思っています。」
「韓国のラーメンは辛いんですよね?」
「辛い味のスープが多いですね。メニューにも唐辛子マークがあります。韓国では、
キムパッとラーメンをセットで食べる様ですよ。」
本出は辛いのが苦手なので、どうしようかと考えつつメニューを見ている。
すると他の席に座っている女性の元へ料理が運ばれ、店員の声が聞こえる。
「黒米海苔巻きとおでんです。」
思わず本出が女性のテーブルを見ると、黒い石釜?の中でおでんがスープに浸かっている様だ。飯田がメニューを確認する。
「あ、おでんも良いですよね。」
「え、おでんって韓国にもあるんですか?」
「ありますよ。」
「そうなんですね。僕はおでんにします。」
飯田が店員を呼び止め、ラーメンとおでんを追加で注文する。少し待つと、白い器のラーメンと黒い石釜に入れられた熱々のおでんが木皿の上に置かれ運ばれて来た。
「本出さん、私のラーメン少し味見します?」
「良いんですか?」
飯田が頷くと、本出はコップのお茶を飲み干す。
「このコップに入れて下さい。」
飯田は本出のコップに麺を入れると本出へ手渡す。
「はい。」
「ありがとうございます。」
本出が早速、麺を啜る。お、少しピリ辛で食感は普通のインスタント麺だ。
「どうですか?」
「美味しいけど、ピリ辛ですね。あ、お返しに僕のおでんもどうぞ。」
「はい。」
飯田も自分のコップに残っていたお茶を飲み干すと本出へ手渡す。本出は手渡されたコップに銀色のスプーンでおでんのスープと具材の練り物を入れる。
飯田は本出からコップを受け取るとおでんのスープを一口。
「あ、この味は牛骨出汁ですね。」
本出もおでんのスープを一口。
「なるほど。牛骨に鰹の風味で辛く無いけど、胡椒も効いていますね。」
一旦、本出はキムパッを食べる。そして、おでんに入っている具材の練り物を
食べると美味しい。玉葱や人参は柔らかく出汁が染みていてキムパッとも合う。
ここで、カクテキ(サイコロ状の大根キムチ)を試しに食べると大根の食感が
シャキとみずみずしい。少し酸味と辛味があり、口の中をスッキリさせてくれる
存在だ。おでんの煮卵を食べると美味しい。順調に食べ進める。
「ごちそうさまでした。」
お茶をコップに注いで飲むと、飯田が本出に話し掛ける。
「キムパッ美味しかったですね。」
「はい。日本の太巻と見た目は似ているけど、酢飯では無く具材も違いました。」
「そうですね。日本の太巻は、お寿司のジャンルで家族が集まった時や節分に食べる
パーティーメニュー的なイメージがあってキムパッは遠足や出先に持って行く。」
「え、お弁当にキムパッを入れるんですか?」
「家庭でも手軽に作れるので、遠足や登山などのお弁当としてキムパッを持って行く
様ですよ。」
「なるほど。母の味ですね。」
本出は子どもの頃に母が作ってくれた弁当を思い出した。
「韓国でキムパッは、主に小麦料理を意味する粉食と書いてプンシクと読む飲食店で
提供されているので、お手頃価格なファストフード感覚ですね。」
飯田がスマホで情報サイトの画面を本出に見せる。
「基本的にキムパッは白米で作られますが、そこに酢が入った特製ソースを使って
味付けするお店もある様です。」
ご飯の色が赤い。
「あ、本当ですね。」
飯田がメニュー表をタップする。
「キムパッの値段が4500ウォンですよ。」
「約500円ですね。何切れですか?」
飯田がキムパッの写真を探す。
「9切れだと思います。あと、テイクアウト用の容器もある様です。」
「1切れ500ウォン。約55円ですね。」
お腹も落ち着き、レジで会計を済ませる。
キムパッ盛り合わせ15切れで¥1100とおでん¥600。
キムパッ専門店を出ると、不意に飯田が本出に話し掛ける。
「あ、目の前にカフェがありますよ。何か飲みません?」
本出が大通りの向かい側を見ると、コンビニの2階にCafeの文字を発見。
「そうですね。」
スマホで営業時間を調べると、11時~。
「間もなくOPENの様なので、行きましょう。」
横断歩道を渡り左側にある路地を進むと、そこに入口があり階段を上がる。店内に入ると天井に液晶モニターが3台吊り下げられ、K-POPのMVが流れている。
壁には背景が紺色の星空で中央に店名、右横にソウルタワーらしきイラストがあり、
全体的に可愛いらしいデザインで描かれ、ソウルに来た様な気分になる。
ひとまず、本出がテーブルにショルダーバッグを置き席を確保する。
注文をするべく、MenuOrderと書かれたキッチンカー風のカウンターへと向かう。
カウンターのポップアップに白猫の可愛いマスコット風のプリン¥600とある。
「あ、この白猫プリン可愛いですね。」
「韓国でバズっているんですよ。」
「そうなんですね。」
これに合う飲み物を手元にあるメニューから探す。定番のコーヒーに加えてコグマ(サツマイモ)ラテやヘーゼルナッツのコーヒー/ラテ、バニララテがあり、アイスとホットを選べる。面白いのは好きな写真を印刷してくれるプリントラテ。
タピオカティーにはミルクティーとジャスミンやほうじ茶のミルクティー、マンゴーやアップル、オレンジのフルーツティーがある。タピオカミルクには抹茶やいちご、マンゴーがあり、トッピングでアイスクリームの追加もある。フローズンにはカフェモカやチョコミント、抹茶/コグマのラテ、オレオ、マンゴー。ソフトドリンクにはオレンジやアップル、マンゴーのジュース、ココア、ゆずみつ茶、紅茶がある。
種類が多く悩む。韓国らしい飲み物と言えば柚子蜂蜜茶だ。ヘーゼルナッツコーヒーも気になる。
「ヘーゼルナッツコーヒーにしようかな。」
「それも韓国で人気ですね。」
「僕は飲んだ事が無いので、これにします。」
注文を終えると店のロゴ入りブザーを手渡され、少し待つとブザーが鳴り注文した白猫プリンとドリンクを受け取る。テーブル席に戻り椅子に座ると、飯田はスマホのカメラで白猫プリンを撮影。
本出はヘーゼルナッツコーヒーを飲む。あ、ナッツの香ばしい香りが美味しい。
続いて、本出はスプーンを手に取り白猫プリンを食べる。
プルンとした食感のミルクプリンで美味しい。
幼少期にステンレス製のアニマル型抜きカップで作ってくれたプリンを思い出した。
本出はショルダーバッグからノートPCを取り出すと、キーボードを打ち始める。
「飯田さん、日本で海苔巻きはスーパーやコンビニで見かけますよね?」
「そうですね。特に節分の時期は恵方巻きが思い浮かびます。」
「恵方巻き食べて歳の数だけ豆を食べる。あ、韓国は節分ってあるんですかね?」
飯田がスマホで調べる。
「似た様な行事でテボルムと呼ばれる1年の中で月が1番大きく明るい大満月の日は
ありますね。満月を見ながら豊作と人々の健康や幸せを願う様です。」
「お月見みたいですね。どんな行事ですか?」
「えっと、テボルムの朝にはクルミや松の実、栗、落花生など硬い殻がある実を歯で
噛む事で音を出すプロムと呼ばれる風習を行い、身体に腫れ物が現れ無い様にする
事と噛む音が悪い鬼を退ける効果がある様です。」
飯田がスマホ画面で実を噛んでいる人の写真を見せる。
「え、日本だと魔を滅する意味で豆を撒く時に鬼は外福は内で悪い鬼を退散させて、
豆撒きの後に豆を年齢の数だけ食べる事で健康長寿を願う風習と似てますね。」
「そうですね。プロムの語源は腫れ物を意味するプスロムで、殻の中にある実は肌に
良くて栄養価が高く韓国の冬の寒さで消耗された栄養と体力を補給する意味もある
そうです。」
飯田はスマホ画面をスワイプする。
「テボルムでは他に五穀飯と書いてオゴッパッを食べる様です。
これは白米と麦、キビ、豆、餅米、小豆などの雑穀を5種類混ぜて炊く事で全ての
穀物が熟して豊作となる様に祈願するそうですよ。」
飯田がスマホ画面でオゴッパッの写真を見せる。
「釜で炊くんですね。」
「石釜を使って作る石焼ビビンパは有名ですよね。」
「僕も中学生の時にショッピングモールのフードコートで食べました。」
「やっぱり、お焦げのご飯とナムルのシャキシャキした食感が石焼ビビンパの醍醐味
で美味しい。」
本出が飯田のスマホ画面を見ると、白いお皿に色とりどりのナムル。
「テボルムでも冬に保存しておいたムグンナムルを食べる様です。」
「あ、盛り付けると綺麗ですね。」
「そうですね。ゼンマイやキキョウ、椎茸、岩茸、大根、モヤシ、豆モヤシ、干瓢、
干し菜など9種類のナムルを食べると、夏バテしないと言われるそうです。」
「ところで、ナムルってどうやって作るんですか?」
「えっと、私も作るんですが、定番のレシピは豆モヤシや法蓮草、ナスなどの野菜に
ニンニクや塩、すりゴマ、唐辛子などで味付け、仕上げでゴマ油を入れます。」
飯田がスマホでナムルのレシピを調べる。
「あ、他にキキョウの根やワラビなどの山菜、ひじきや青海苔などの海藻類もナムル
にする様で、海藻の味付けは酢をベースに甘酸っぱくするそうです。」
「色々なナムルがあるんですね。」
本出は思い付きでアイデアを言う。
「ムグンナムルとオゴッパッでキムパッを作ったら面白いかと思いました。」
「良いかもしれないです。ただ、最初は伝統的な食べ方をするべきだと思います。」
飯田の意見を聞いて本出は確かにそうだと思った。 初心忘れずべからずだ。
「そうですね。まずは韓国の文化を正しく理解する必要がありますね。」
本出はPCでテボルムについて書かれているWebサイトの内容を読み上げる。
「えっと、テボルムの朝には食前に冷えた清酒のキバルギスルを飲む事で1年中良い
知らせだけが耳に入る様に願う。韓国語でキガ、パルガジラゴ、マシヌン、スルの
略。日本語で耳が、聞こえる様に、飲む、酒を意味する。耳明酒の漢字読みで別名
イミョンジュとも呼ばれる。」
「面白いですね。日本だと冠婚葬祭で日本酒を飲むイメージがあります。本出さん、
夕ご飯まで時間があるので、韓国食品店に行きません?」
「良いですね。」
本出はノートPCをショルダーバッグに入れ、Cafeを出る。横断歩道を渡り東側へと進む。 韓国食品店が見えた。
店内に入ると、飯田は天吊りの看板を見ながら先を行く。本出も飯田の後に続く。
棚にはスナック菓子と思われる商品が並んでいる。
「これってポテトチップスですか?」
「そうですね。オーブンで焼いたノンフライで美味しいですよ。」
「ノンフライポテチは珍しい。」
「味はオリジナルとチーズグラタンの2種類あるので、両方買いましょう。」
縦長で箱形のポテトチップスをカゴに入れる。
「あ、ここにミニヤックァとユガのスナック菓子がありますよ。」
「買います!」
本出はすかさずカゴに入れる。
「次、行きますよ。」
飯田は悩まず、スタスタと進む。
「あ、待って。」
切り替えが速い。置いて行かれる。着いた先の棚を見ると缶やペットボトルの飲み物が並ぶ。パッケージの文字がハングルだが、写真で何ジュースか判断する。
本出が棚の缶ジュースを凝視している。
「本出さん、目付きキツいです。」
凝視すると鋭い目付きになってしまった。
「すみません。これってブドウジュースですよね?」
「そうですね。ハングルでポドがブドウ、ポクスンアが桃を意味します。」
「なるほど。」
「ちなみに梨のジュースもありますよ。」
「え、珍しい。どれですか?」
「ハングルでペです。探して下さい。」
本出が棚を探す。あった。カゴに缶の梨ジュースを入れる。
「あ、ペンギンの様なキャラクタで可愛いペットボトルもあるんですね。」
「韓国で子供に人気のキャラクタです。本出さん、甘いジュースよりお茶を買った方
が良いですよ。」
「そうですね。」
棚には、とうもろこしのひげ茶が2種類ある。どっちにするか少し悩む。
ハングルが書かれている500mlペットボトルをカゴに入れる。
「お次は朝ご飯を買います。」
「え、はい。」
動きが素早い。油断すると置いて行かれる。飯田が向かった先の棚にはレトルト商品が並ぶ。目の前に見えるパッケージに書かれているハングルを読む。
「ソゴルユッス?」
「牛骨出汁の事ですよ。」
「あれ?牛骨スープと言えばソルロンタンですよね?」
飯田は棚のレトルトパックを手に取り裏を見る。
「これは牛骨と牛肉出汁、ニンニクエキス、ネギエキスで作られていますね。」
レトルトパックを本出に渡す。別のレトルトパックを手に取る。
「あ、そっちにはハングルでソルロンタンと書いてありますね。」
飯田はパッケージを裏返す。
「これは牛肉と牛骨、野菜スープなどで作られています。」
「違いは牛肉が入っているかですか?」
「本来は牛の足骨や臀部の肉、あばら骨、足の筋肉、タン、肺、脾臓などを入れて
煮込んだスープがソルロンタンと呼ばれますね。」
飯田は似た様なデザインのレトルトパックを手に取る。
本出がパッケージのハングルを読む。
「サゴルコムタン?」
「正解。牛骨入りのスープです。」
「裏見せて下さい。」
本出はレトルトパックを受け取り裏を見る。
「牛骨エキス、食塩、牛肉エキス、野菜スープ。」
「本来のコムタンは牛骨を入れず牛の胸肉、スネ肉、肺、胃、腸などを入れて
煮込むので、透明で油分がある濃厚なスープが特徴です。
具には茹でた牛肉の薄切り、薬味にネギを加えて食べるそう。」
「最近はコムタンにも牛骨を入れるんですね。」
「そうみたいです。味見に3種類買いましょう。」
3つの商品をカゴに入れる。棚を見渡すと他にもレトルトパックがある。
本出は目に付いた商品のハングルを読む。
「カルビタン、カムジャタン。」
「チャドルテンジャンチゲとユッケジャンもありますよ。」
「チャドルって何ですか?」
「牛ともバラ肉の事ですよ。」
「どれも写真のスープが辛そうですね。」
「カムジャタンは辛いですけど、カルビタンは辛く無いですよ。」
本出はカルビタンを手に取り裏を見る。唐辛子は書いて無い。カゴに入れる。
「でも、韓国料理は辛いのが当たり前ですよ。」
飯田がレトルトパックを手に取る。
「珍しいのはサゴルウゴジクッとコンピジチゲですね。」
「ウゴジ?」
本出は聞いた事が無い単語に思わず聞き返す。
「乾燥白菜の事です。コンピジは知っていますか?」
「え、何だろう。」
「ヒントは豆腐屋さんが処分に困る。」
突然のクイズタイム。
「あ、おから?」
「正解。おから自体は白く辛さも無いので、醤油を入れて食べます。
チゲの味付けはキムチでピリッと辛く、ご飯に掛けて食べると美味しいですよ。」
「韓国にも、おからはあるんですね。」
「スンドゥブチゲがあるので、おからがあってもおかしく無いですよ。」
「あ、おぼろ豆腐の辛い鍋料理ですね。」
本出は食べた訳でも無いのに辛い表情をする。
「そんな顔しなくても。最近は辛く無い白いスンドゥブチゲもありますから。」
「え、それは良いですね。」
本出の表情が一気に戻る。
「てか、本当に辛い料理が苦手なんですね。」
「はい。カレーも辛いのは無理です。」
元気良く真面目に答える。
飯田は思った。こんな調子で辛い味付けが普通な韓国料理を食べられるのか?と。
「おから料理と言えば炒り煮が日本ではポピュラーですよね。甘くて美味しい。」
それが甘い。韓国料理を甘く見ている。これは鍛えた方が良い。
人生は甘く無い事を思い知らせる。辛い料理が平気な飯田は決意した。
「そうですね。おからは日本でも馴染みがあってSDGsにもなる。」
「それは美味しい。サスティナブルにも貢献する面白い記事が書けそうですね。」
飯田は手に持っているウゴジとコンピジのレトルトパックをカゴに入れる。
「あと、朝ご飯と言えばファンテクッですよね。これは辛く無いと思います。」
本出がレトルトパックの裏を確認する。良さそうだ。
飯田がスマホの時計を見る。
「もう15時半。今から夕食にしないと退社時間過ぎるので、行きますよ。」
「え!」
本出は慌てた。直ぐ様ファンテクッをカゴに入れる。退社時間?
本出の部署はテレワークで業務が行われている。従って出社退社のタイムカードも
オンライン上で済む。彼女は何故そんなに焦っているのだろうか。
問い掛ける暇も無い勢いで、飯田は急いでレジに向かう。
会計を終えるとバッグから取り出したエコバッグに手際良く購入商品を詰め込む。
「よし。行きましょう。」
飯田は額の汗を右腕の袖で拭う。
「何処に行くんですか?」
「私に付いて来て下さい。」
飯田は小走りで店の外へと向かう。
「飯田さん~。走ると危ない!」
聞こえているのか?まるで走り回る鶏の様だ。
「痛っ。」
飯田が店の外で誰かとぶつかった。言わんこっちゃ無い。
EP.1 END
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