第9話 ふたり
「チエちゃん!」
「千恵ちゃん!」
おばちゃん2人に代わる代わる呼ばれるが、千恵は動き出せなかった。
サチは私を待てなかった。
待たなかった。
もう許してくれないだろう。
本当は変わりたくなかったのに、どうして私は変わろうとしたんだろう。
とうに姿の見えないサチのあの小さくて丸まった背中が浮かんでくる。
光子は千恵の正面へ回ると、その顔を無理やり両手で掴んだ。
「チエちゃん、こんないい子、嫌われるはずない、誰も嫌わへん。行きなさい。」
秀美は「嫌う…?」と驚いている。どうやら2人の間に大きな誤解があったらしい。
「千恵ちゃん、行きなさい。」秀美が思い切ってバチンと背中を叩くと、千恵は弾かれたように一歩足を踏み出し、そして走り出した。
光子「会えるやろか。」
秀美「会える。」
秀美が光子の腕に自分の腕を絡める。
千恵が走る、サチに追いついて、肩に手をかける。
サチ!チエ!と呼び合う。
そんな場面を2人は目を閉じて想像した。
「おみつ!」
突然誰かに名前を呼ばれて、光子は空想から引き離される。
知らない、でも懐かしい声。
キョロキョロとすると、そこには晶子が立っている。
そしてその半歩後ろで、ロマンスグレーの紳士がはにかんだ顔でこちらを見ている。
「晶子、あんた、その人、あの…」
光子はよろよろと紳士へ向かって進む。
秀美は、わけが分からずぽかんとしていたが、突然ひらめく!
「まさか、シンスケさん?」
シンスケさんとは光子の昔の恋人で、その昔待ち合わせ場所に現れないまま姿を消した男だった。
懐かしさと悔しさと怒り、そして愛おしさで光子の表情は定まらない。
「みっちゃん、聞いてあげて、シンスケさんの話。」
どうやら晶子はサチを探しに行って変わりに彼を見つけたらしかった。
「おみつ、お誕生日おめでとう。」
そうシンスケが言ったので、秀美と晶子は目を合わせ、2人から離れた。
「秀美、あの子らは?」
「会えんかったけど、たぶん今ごろ会えてる。」
そう言って古い恋人同士をちらりと見る。
声は聞こえないが、何やら気持ちが通じたらしく、いつの間にか手を取り合って話している。
「そうやな、会えるんやな。」
晶子「サチさんにあったん?詳しく聞かせて」
秀美「私も、あっち気になるわ」
晶子と秀美は喫茶店の扉を開けた。
駅の西口では手を取り合ったままいつまでも話が尽きない2人が微笑み合っている。
再び雨が降り出して、人々は駆け足で通り過ぎる。
窓辺の席で光子とシンスケを見守る晶子と秀美。
晶子はやがて、走る人達の中に、手をつないだ親友同士が、再会を報告しようとこちらへ向かっているのを見つけるだろう。
会えない二人 @entaronon
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