第1章 異世界との邂逅
第1話 見覚えがある
ミロカエルが消えた。
赤月へと優雅に飛んで行き、黒い空にあったヒビ割れも綺麗に元通りになっている。そこには最初から何もなかったと勘違いしそうになるほどに綺麗さっぱり。
ただただ真っ黒と真っ白だけの世界に戻ってしまった。相変わらず地平線では黒と白が混ざるという異様な光景が広がっている。
「どうなってるのよぉ……なんでこんな事になるのよぉ!!!」
1人のクラスメイトが声を漏らした。
その声には確かな悲哀と怒りが混ざっており、クラスメイト達が心の中で感じていた理不尽への怒りを表出させるだけの力があった。
「んだよこれ……なんなんだよこれ!!」
「っざけんな! 早く帰せよ!!」
「ママに合わせて!」
「ドッキリでしょ、ねぇドッキリなんでしょう!?」
途端にクラスメイト達が騒ぎ出す。
どうにか堪えていた感情も、一部が崩れてしまったらそれはもう雪崩のように連鎖を起こして崩れ去る。不安と困惑の波がどんどんと伝播し、クラスメイト達の混乱は収拾できない所まで大きくなる。
先生はまた慌てて皆のことを……先生?
先生が騒ぐ皆の事を止めることなく、1人の生徒の前で呆然と座っていた。
先生の背中でその生徒が誰なのかは見えない。後ろ姿の先生は顔を覆って泣いているようにも見える。
どうしたんだ? まさか佐藤か鈴木が……!?
俺は嫌な予感に焦る心を抑えつつ、パニックになっている生徒達を避けて先生の所に向かう。
「……先生?」
すっかり怖がって静かになってしまった朱音を連れて先生の所に到着すると、先生は佐藤の前に座って佐藤の手を握っていた。
どうやら佐藤が原因みたいだ。佐藤は大丈夫だろうか? まさか出血多量で死んでたりは……。
そう思いつつ佐藤を見ると、佐藤はしっかり両腕ある状態で放心していた。そう、冷静に考えてみれば先生は佐藤の右手を握っていた。
「は……佐藤お前腕治ったのか!?」
「あ、あぁ千桜か……なんかあのミロカエルとかいう奴が居なくなった瞬間に痛みも消えてな……腕も治ってた。……夢、だったのか?」
「本当に良かった佐藤君……」
先生は佐藤の腕が治ったという奇跡に安堵して、泣いて座り込んでいたみたいだった。
本当に辞めて欲しい。あの反応は佐藤が死んだみたいだったぞ。
俺がそんな不謹慎なことを考えていると、眼の前にいきなり黒色の板が出てきた。そしてそこには『タッチしてスタート!』なんて文字が表示されている。
「なんだこれ?」
突然の板の出現に周囲を見渡すと、俺だけじゃなくてクラスメイト全員が何も無い所を見つめて触ったり何かをしていた。その様子を見る限り、俺以外もこの半透明の板が見えているのだろう。
「もしかして朱音も眼の前に画面が出てきてるか?」
「う、うん。青色の画面が」
「青色?」
「俺も青色だ」
「先生も青です」
朱音の言葉に続いて佐藤と先生が青と言った。
人によって色が違う? 俺が黒で他3人は全員青色……何が相違点なんだ?
「皆! 聞いてくれ!」
俺が色の違いについて考えていると、クラスメイトの
「いきなりこんな事になって皆驚いてると思う! それは俺も同じだ!」
暁くんが身振り手振りを加えて演説をするかのように俺達に語りかけてくる。
暁くんの周囲には3人の男女。『
「でも! だからこそ今俺達がバラバラに行動してたら良くないと思う! 心を1つにしてこの状況を打破するしか俺達に道は無いだろう! だから皆……今は俺を信じてくれないか? 目の前に出ている板の色を教えてくれ! 俺はそこに何か糸口があるんじゃないかって思うんだ!」
暁くんはクラスの、いや全校生徒の代表的存在だ。1年生から3年生、果ては教職員からの覚えも良い。誰しもが彼に一目置いているのだ。
暁くんはサッカー部に所属していて、1年生にしてエースと言われているらしい。それに顔も良く、ヤンキー、ギャル、陰キャ、教師、誰に対しても分け隔てなく優しい男だ。更には頭まで良いと言う。
まぁ、そんなもんだから暁くんの周りには常に学年問わず大勢の人が群がっていた。
そんな暁くんは当然のようにクラスの中で一番発言権を持っている。学級委員長という明確なまとめ役の役職を持っている存在がここで何かを言い出しても、暁くんの発言権の方が上だろう。
カーストトップのモテ男には誰も逆らえない。あーあーやだやだ。
そんな彼の近くに立つ3人の男女も同じような感じ。クラスのトップオブトップ達。
そんな暁くん達が言い出したら、大抵の人は疑いもせずに従う。
それだけの人望と強制力が彼らにはある。学校という小さな世界の王様の言葉だ。
「私、赤!」
「俺は青だな」
「私も青!」
「俺は赤だなー」
「わ、わたしは紫です……」
「ぼくも紫……」
クラスメイト達がどんどんと暁くんに板の色を言っていき、言いたく無さそうにしていた子達も集団の圧力で言わされる。
そうして、俺達以外のクラスメイトが色分けされた。
青:16人
赤:7人
紫:4人
これに朱音と佐藤と先生を入れたら――
青:19人
赤:7人
紫:4人
となる。
「千桜くん達は何色なんだい?」
暁くんが爽やかな笑顔で俺に聞いてくる。
どうも胡散臭い笑顔だ。どう答えたものか。
「私は青だよ」
「俺も青色だ」
「先生も青です」
暁くんも言っていた通り、この色分けには確実に何らかの意味があると俺も思う。そう考えるのは、色ごとに特色があからさまに出ているからだ。
まず赤色――コテコテのギャルグループやヤンキーグループがいる。だが、そこで唯一異端なのが委員長だ。真面目な委員長が何故か赤色の中に1人入っていた。
次に青色――まぁクラスの一軍もいれば教室の隅っこで本を読んでいるような子も普通の子もいる。大多数が青色という事を鑑みても、これが普通の人が分類される所なのだろう。
最後に紫色――言っちゃ何だが根暗な子が多い。けれど、1人だけ学年でもトップの方に入る人気者が居る。ぶっちゃけここも良く分からない。
本当にどういう基準で分けられてるんだ? 何らかの基準はありそうだけどその基準は何なんだ?
なんて1人で静かに考えても見当がつくわけなく、俺は朱音達に続いて無難な回答をすることにした。
「青だよ。暁くん」
「……そっか、じゃあこっちに来てよ」
俺達は暁くんに手招きされて青色のグループの方に行く。
何故か暁くんに顔をまじまじと見つめられた気がするけど、気にしない方が良いと直感が囁くので無視した。
嘘がバレてませんよーに。
色ごとに分かれた後は、同じ色の中で情報をまとめることになった。
青色は相変わらず暁くんが仕切っている。
「じゃあ青色の皆! どういう風に画面が見えてるか共有しよう!」
「おう良いぜ!」
「いいよ」
暁くんと仲の良いトップさん達が進んで話し合う。赤色は委員長が仕切って、紫色もボソボソと話し合いをしているみたいだ。
そのお陰で順調に情報も集まって、20分も経たない程度で色分けの基準が見えてきた。
「つまり、この色はゲームをどれだけしたことがあるのかが関係してる。って事かな?」
「んーそうみたい。画面自体がゲームの設定画面みたいだしね。って言っても結構『ゲームをする』の幅は広いみたいだけど」
「俺結構FPSやってるけど青なんだな~本当にゲームをどれだけしてたかなのか?」
「いやお前紫と赤見てみろよ。紫は
「ははっ! 言えてら! 赤は委員長とかゲームしなそうだしな。てか実際に全くしないって言ってたわけだし間違いねぇか」
クラスメイト達が話している通り、俺も色分けはゲームをどれだけしているかが基準となっているんじゃないかと思う。
青は大なり小なりゲームをしている人。
赤は全くゲームをしない人。
紫は超ゲーマー。
って感じみたいだ。
……じゃあ黒色は?
俺はそう思って、そろそろ周囲の観察をやめて自分の板を見てみることにした。
何回見てみても相変わらず俺の板は黒い。紫なんてことはない、真っ黒だ。
俺はゲーマー基準で言うなら紫だと思うが……。
そんな事を考えながら、黒い板に浮かんでいる文字の指示の通り画面をタップする。
青色の皆はタップしたらキャラメイクの画面が出ていると言っていたから俺もそうなるのだろう……って、なんだこれ?
▶はじめから
▷続きから
▷設定
画面をタップをしたらこんな画面に切り替わった。RPGの最初の画面みたいだ。カーソルは『はじめから』を指している。
なんだこれ? どう動かすんだ?
続きからに行ってくれー。
そう心の中で言うと『続きから』にカーソルが移動した。
取り敢えず直接触るのではなくて心の中で願えば良いということが分かった。
気になったので、そのままもう1個下に動かして『設定』を押してみる。すると、そこには普通は見慣れないはずの見慣れた項目達があった。
・
・
・人の数
・種族の数
・街の数
・国の数
・魔物の数
・魔物の強さ
・
・
なんて感じに項目がズラッと並んでいく。
試しに『人の数』を押してみる。
・
・
・人の数
▶1・2・3・4・5
・種族の数
・街の数
・国の数
・魔物の数
・魔物の強さ
・
・
現在は1になっているみたいだった。
動けと念じれば、1個ずつ右にズレて、最終的に5まで矢印が動く。それが、下の項目達にもそれぞれあった。
どうだろう。設定にこんな項目があるゲームを見たことがあるだろうか? 大抵の人は『無い』と言うだろう。それが普通だ。
だけど、俺は見たことがある。
俺が人生で一番ハマったゲーム。
俺が始めた頃には既に少し過疎ってたし、始めた後もどんどん過疎が加速していったゲーム。
俺がクランマスターをしていたゲームだ。
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