第5話 家族になる

 キミの大きな手で握られたボクの手は、ちょっとだけ汗ばんできていた。どうしてだろう…キミに対して、ボクが緊張しているのだろうか?それとも?


 「ほーら?春花ちゃん?愛上さんよ?最近、仲良くして頂いてるんでしょ?」


 そんなこと考えていたらもう玄関まで来ていて、芙由香さんの開口一番はこれだった。これは明らかに、ボクは女神と仲良くしてる設定のようだ。


 「こんにちは!!愛上さん。今日は何しに来てくれたの?」


 ──ギュウッ…


 「お兄ちゃん…痛い!!」


 何故かボクの手をキミが強く握ってきたのだが、十歳くらいの身体の手では痛みを感じる程の力だった。


 「あらー?真登くんヤキモチ?でも、ダメじゃないの!!女の子に痛いことしちゃ!!」


 「おかしなこと春花が言ってるから…。」


 確かにボクは、咄嗟に芙由香さんの言った事に対して、口裏を合わせるかのような返事をしている。それがこの時のキミには、おかしく見えたのだろう。

 でも、ボクとキミと女神は…今のこの状況がおかしい事を理解していたとしても、芙由香さんだけは記憶改竄の対象だとすれば、理解出来ないはずだ。だから、ボクは芙由香さんに話を合わせたのだ。


 「えー?!おかしなこと…春花ちゃん言ってたかな?」


 全くこの女神はすっとぼけて、ボクと芙由香さんに話を合わせてきている。


 「全然おかしなことなんて、言ってなかったわよね?おかしいのは、真登くんの方じゃないの?春花ちゃんに謝りなさい!!」


 「だっておかしいだろ?!春花ちゃんが芙由香さんの養子になってるなんてさ!!」


 あーあ。ボクと女神が折角話を合わせたのに、キミのおかげで台無しになった。


 「え?!私、真登くんに言ってなかった!?男の子みたいだけど、可愛い子が今日から義妹になるかもって…。」


 「いいえ…。愛上さん…俺、そんな話…全然聞いてないですけど…。」


 いかにも、以前に話をしてたかのような口ぶりの女神に、キミは驚いた表情を浮かべ困惑気味だ。


 「えー!?私の話、聞いてなかったの?!すっごくショックなんですけど…。正直、真登くんにはガッカリしたよ…。こんな可愛い春花ちゃんのこと、いじめて…。」


 「ねぇ…?春花ちゃん…?手、大丈夫だった?痛くない?ぐーぱーってしてみて?」


 女神と芙由香さんが、キミに対して畳み掛けるかのようなコンビネーションを決めてきたのだ。まさか、女神と芙由香さんが共犯だったとか…この時のボクとキミに知る由もなかった。


 「あの、大丈夫です…。お兄ちゃんは、悪くないです!!」


 「良いのよ?春花ちゃん…。別に、真登くんのこと庇わなくても?合わないなら、何度も春花ちゃんには悪いんだけれど、また別の家族の所へと行って貰うだけだから。」


 これは完全にヤバいやつだ。この時のボクでもそう感じた。恐らく…このままだと、養子縁組先での虐待があったという理由で、キミとの家族関係を解消させられる可能性があった。


 「そっかぁ…。真登くんは、春花ちゃんと仲良くやってくれると思ってたのになぁ…。やっぱりダメだったかなぁ?」


 女神に続いて芙由香さんも、言葉でキミに追い討ちを掛けてきた。それなのに、キミは何か言いたげな悔しそうな表情で、ずっと黙ったままでいる。


 ──ギュウッ…


 「絶対にボク、家族でいられるなら!!お兄ちゃんとじゃなきゃ…嫌なんだ!!」


 ボクはキミの手を握ると、女神と芙由香さんに向かってそう叫んでいた。


 「春花…ちゃん。」


 ──ガシッ…


 「え…。お兄ちゃん…?」


 「春花、ゴメンな…。悪いお兄ちゃんでさ…?」


 大きなキミの両腕で、ボクは包まれるように抱きしめられていた。この時のボクの背が百四十センチ程で、キミの背は百八十センチに届く程だった。だから、ボクの顔はキミのお腹辺りにあって、両手で背中を押さえられていた為、キミがどんな表情なのかは伺えなかった。


 「ううん…?お兄ちゃんは、お兄ちゃんだから…。それに、責任とって貰わないとだし…?」


 「あら、優しいのね…春花ちゃん。ねぇ…真登くん?責任って、一体何なのかしら?春花ちゃんに何したの!?今すぐ、教えなさい!!」


 こればかりは芙由香さんも知らなかったのか、ボクを抱きしめているキミに凄い剣幕で詰め寄ってきた。


 「あー?クンクン…真登くんから、犯罪の匂いがするー!!クンクン…春花ちゃん、真登くんから酷いことされちゃったんだねー。」


 気付くと女神は上り框まで上がってきており、ボクとキミの匂いを嗅ぐ仕草をしながら、明らかに芙由香さんを煽るように、騒ぎ立てた。


 「い、いや…。別に俺は春花には…。んー。酷いこと…?酷いことか…。いや…酷なこと言ってしまったのは…確かだけど…。」


 「やっぱり!!春花ちゃんに、酷いことしたのね!!真登くん、そういう性的志向があったのね…。」


 「うわぁ…。真登くんって、小さい女の子が好きなの…?あー。だから、私達近くにいても平気なんだ!!」


 まぁ、普通に考えたらそうなるだろう。ボクの中身は軽く三十歳を超えているが、見た目は十歳程だ。だから、キミが少女偏愛とか言われても、仕方がない。


 「泥だらけになったボクを…お兄ちゃん、お風呂に入れてくれたんだけどね?ボクのこと、男の子だと勘違いしてて…。お兄ちゃん、男の兄弟に憧れてたみたいで、男の兄弟がやりそうな…見せっこし始めたんだ。ボクは手で隠してたんだけど、それを無理矢理…。」


 一瞬、玄関の中がシーンと静まり返った。


 「あー。真登くんならやりそうだよね!!でもさ、春花ちゃん…胸あったでしょ?」


 「いや…。後で、芙由香さんと愛上さんで確認して欲しい。春花、ゴメンな?俺には、分からなかった…。」


 かなり酷なことをキミから言われてるが、この頃のボクは、自己防衛と言う意味でそういう体型をしていたので、事実と言えば事実だ。


 「真登くん、弟が欲しかったの?!ゴメンね?気付かなかった!!」


 「いや、一番欲しかったのは…妹。だから、芙由香さん?春花を…義妹にしてくれて、ありがとう。」


 これはキミの本音だったのか、この場を切り抜ける為の嘘だったのかは、六年経った今でもハッキリしていない。でも、ここからのキミは、まるでそれまでの騒動が嘘だったみたいに、突然ボクが義妹になったことを受け入れたようだった。


 「そうなのー?じゃあ、春花ちゃんのこと、大事にしてよね?もう、真登くんの可愛い妹なんだからね?」


 「だから、春花から責任取れって言われたからさ…?大きくなったら、俺のお嫁さんに春花を貰うって、約束したんだよ。」


 話が終わりそうだったのに、キミは律儀にもボクとお風呂場で交わした約束を、二人の前で言ってしまった。


 「そうだったのー?!真登くん、良かったじゃない!!こんな可愛い子がお嫁さんなら、きっと幸せよ?」


 「でも、春花がこの先、どうなるか…分からないしさ?俺より良い人現れるかもしれないしさ…。」


 ──バシッ!!


 「なに弱気になってるのよー!!自信持ちなさい!!」


 ボクに言ったことと同じことをキミはまた芙由香さんに言ったのだけど、芙由香さんに背中を叩かれたようで、強めの口調で叱られていた。


 「なーんだ。真登くんが責任とって、結婚と言う地獄エンドフラグ立っただけかー!!でもさー?春花ちゃん、真登くんの見せられたって事だよね?」


 「うん…。ボク、びっくりした…。」


 今でも目を瞑ると、あの光景を思い出すくらいだ。


 「春花ちゃんをびっくりせさるくらい、真登くんのは女泣かせって事かー!!」


 そんな女神の言葉に、芙由香さんはクスクス笑っていた。

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