第44話 麓の村

「いやぁ助かりました。治療師様がいてくださっていた時で良かった」

「お役に立てて良かったです」

 小さい子供はどこの世界でも怪我が付き物だ。今回は大したことがなかったが、医師や治療師がいない生活は何かと心配だろう。

 ひどく感謝され、渡された銅貨は多すぎた。半分の250銅貨をいただき、空き家へ戻る。

「これで失礼しますが、もし、我々を捜しにくる人がいたら、その人には言わないで欲しいんですが」

 見送りに来た薬草農家の奥さんが請け合ってくれ、手を振り返して別れた。

 王様が心配で、早足で村外れまで戻る。空き家に近づくにつれ、低い大きな声が聞こえてきた。

「王様?目覚めたのか?」

 走って、空き家の扉を開けて室内に入ると、睨み合う王様とエリックがいた。

「貴様、無礼な。気安いにもほどがあるぞ。パドウはどこかと訊いている」

「あっ、コーヤ。良かった〜」

 眉尻を下げて、心底困った顔をするエリックを初めて見た。

 だが、今はエリックより王様だ。

 水色の瞳で俺の顔を訝しそうに見ている、自分の足でしっかりと立つ王様がいた。

「あぁ、良かった。目を覚ましたんですね。これで一安心だ」

 嬉しさのあまり、王様に駆け寄って、自然に腕に触れようとした。

 バシッ。

「え?」

「無礼者!俺に触れて良いと思っているのか!」

 叩き落とされた自分の手を、信じられない思いで見つめる。

「お前は誰だ⁈このエリックとやらの仲間か?先ずは、ここはどこで、パドウはどこだと聞いている。答えよ」

 頭をバットで殴られたかのように、ショックだった。だが、確かめなければ……。

「……王様、俺のことがわからないんですか?」

「王様⁈」

 エリックが叫んでいるがそれどころじゃない。

 俺の質問に、王様がこちらに向き直り、確かめるように頭の先から足までを一瞥いちべつする。俺の顔に視線が戻り、穴のあく程凝視した。

 俺も王様の顔を、願いを込めて見返す。

「私は、お前を知っていたのか?」

 あぁ……そんな。

 俺はその場に立っているのがやっとだった。

「名乗れ」

 低いよく通るその声で、俺の名前を呼んでくれたのに。

「俺の……名前は……」

「コーヤというんだろう」

 今までのは、冗談だったのかと、俯きそうな顔を上げた。

「先程、その者がそう呼んでいたではないか。自分で名乗らないつもりか?」

 王様は威厳に満ちた厳しい表情だった。

 俺を見る時にだけ見せる、優しい笑顔はどこにもない。

 治癒魔法は、失敗だったのか?

 まさか、王様が俺を忘れてしまうだなんて。

 確かめなければ。

「コーヤと申します」

 王様の瞳に、眉に、頬に、どこかに変化が現れるのを期待する。

「王様は、私と一緒に崖から落ち、パドウとはその時にはぐれてしまいました」

 俺を見る青い瞳からは何も察せられない。

「その前は、辺境伯の城にいました。そこで、隣国のグレンブノの使者に会う予定でしたが、グレンブノの派兵を知り、急いで王宮に戻る途中でした」

「嘘を申すな!」

 俺を見ているとは思えない、燃えるような目で睨んでいる。

「崖から落ちただと?私もお前も怪我1つ負っていないではないか。すぐわかるような嘘をいて何を考えている?」

「お前こそ、何言ってんだ。コーヤは優秀な治療師だぞ。お前の怪我なんか朝飯前に治せるんだ。だから王宮に呼ばれたってのに。こんな奴、苦労して運んでやらなきゃ良かった」

 我慢しきれなくなったらしいエリックが、王様を指差して罵倒する。

 エリックの気持ちも解るが、相手は王様だ。不敬だと処罰されるのは避けなければ。

「エリックごめんね。俺がちゃんと説明すれば良かった。王様の状況を把握したいから、少し黙ってくれる?その後になんぼでも聞くから」

 物理的にも、エリックの口を手のひらで防ぎ、エリックが、分かったと頷くまで離さないでいる。

 やっと分かってくれたエリックに1つ頷き返すと、また王様に向き直る。

 王様は、さっきより難しい顔つきで考え込んでいた。

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