第32話 肩枕
王宮に到着したのは翌日夜のことだった。
帰りの馬車は短い休憩と馬を変えるだけで、丸一日休むことなく走り続けた。
馬車の中でも王様とパドウは、貴族の派閥や勢力、他にも難しい議論を繰り広げている。俺はそれをぼんやりと眺めていた。
治癒魔法を目一杯使った後で、疲れていたのかもしれない。馬車の揺れにもいつしか慣れ、ウトウトしてしまう。
俺とそう変わらない体格をした、横にいるパドウの肩に寄りかかっては、ハッと気付いて座り直すことを繰り返していた。
その内に、王様とパドウの話も一区切りついたのか、馬車内が静かになった。半分意識を手放しながらも、それに安心した俺はぐっすり眠ってしまったらしい。
「着いたぞ。起きないなら抱いて行くぞ」
寄りかかった耳から響く、この聞き慣れない声の主は誰だろう。
ショボつく目をやっと開くと、隣に座っていた筈のパドウが、向かい側から冷めた目でこちらを見ている。
てことは、俺が枕代わりにしているこの弾力のある筋肉質な肩は、まさか……?
そのまさか、だった。恐る恐る肩から首、顔と目線を上げると、若き王様の端正な横顔があった。
慌てて姿勢を戻し、濡れた感触の口元を拭うついでに、王様の肩も極力さりげなく拭う。
「……失礼しました……」
こんなの、ローデンに見られたらまた雷が落ちる。その前に不敬罪で投獄だろうか?
見上げた王様の顔は、だが怒ってはいなさそうだ。苦笑なのか微笑んですら見える。
「今回はご苦労だった。ゆっくり休め。明日は昼から治療団に合流だと伝達しておけ」
「承知しました」
王様は、前半は俺と、後半はパドウに向けて告げると、逞しい背筋を伸ばし、危なげない足取りで馬車を降りて行く。
毒を飲んで体調も完全ではないだろうに、後ろ姿からは、遠出の疲労感や睡眠不足も感じさせない。王様は気を抜く暇はあるんだろうか、と心配になった。
パドウの後から馬車を降りた俺は、働かない頭で与えられていた部屋に向かい、何とか辿り着く。
長かった数日がやっと終わったとホッとし、明日はゆっくりできると思ったのまでは覚えているが、すぐに深い眠りに落ちた。
「あら、コーヤ。やっと戻ったのね」
「お疲れ様。何かやつれてるけど大丈夫か?」
治療師の皆とは知り合って間もないはずなのに、何だか懐かしい。
口々にかけられる労りに涙が出そうだ。
「大変な時に不在にして申し訳ありませんでした。メイリーン様のお加減はどうですか?」
治療師として患者の容態が気がかりだった。
「その後も落ち付いているので、もう普段通り生活なさっているよ」
マコーミックの返答にホッと息をつく。
良かった。これで王様の心配も減るはずだ。
「午後の診療にはコーヤも入れるんだろう?」
「また最初の体勢に戻して治療に当たっているの。私とダレスとで行くことになるわ」
「わかった。記録を見せてもらっても良い?」
「ああ、あと少しで終わるから待っていろ」
ローデンが座る広い机の向かいを指し示すので、大人しく椅子を引き、座って待つことにする。
「特別任務だと聞いたが、行き先は聞いても良いのか?」
記録する手を止めたローデンが、珍しく遠慮がちに尋ねる。
そうか貴族だからか。任務について口外できない事もあると理解しているんだ。
「今は言わないでおくよ」
「そうか、わかった。治療師として行ったからには、しっかりと仕事してきたんだろうな」
配慮してくれたかと思えば、すぐに厳しいローデンに逆戻りだ。
「もちろんだよ。俺がいなかったら大変だったんだから」
あまり詳しくは言えないが、このくらいなら良いだろう。
「そうか。そうだな。コーヤは自分の希少な力をしっかり自覚した方がいい」
歳下なくせに、言うことが一々尤もだった。
「うん。そうする」
俺も素直にそう思う。
もっと治癒魔法の鍛錬をしなくては。
今回の王様の遠征では、俺の力が役に立って、王様を助けることができて本当に良かった。
王位を狙った敵の毒によって、王様が命を落とすだなんて、あってはならないことだ。
だが、またいつ何時、命を狙われることもあるかもしれない。
そんなことはないに越したことはないけど、もし万が一の時は、また俺が王様を助けたいと思った。
こうしちゃいられない。
「時間まで図書室にいますね」
今はメイリーン様の体調も良いようだし、何ならメイリーン様にもお役に立つかもしれない。
元々は王妹殿下専用治療師だということも忘れ、治癒魔法の精度を高める方法を調べるために、俺は図書館に急いで向かった。
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