第31話 王宮へ
「何もこんな夜更けに王宮にお戻りにならずとも、良いではありませんか」
王である私を引き留めようと、媚びを売るようなミダリルの口調に、毒を盛られた怨みも相まって虫唾が走る。
「晩餐の準備もできております。お食事も摂らずに体調を崩しでもされましたら、いかがなさいます」
どの口が言う、と鼻で笑いたい気分だ。
「仕方があるまい。トゥーンザード宰相より至急帰宮の要請があるのだ。全くあの宰相は人使いが荒い。王を何だと思っているんだか」
殊更、快活に笑ってやる。どうだ、悔しいか。俺は元気だぞ?
「馬車の準備が整いました」
厩舎と護衛の間を走り回っていたパドウが、側に控えて告げる。
王専用馬車の周りには、馬に跨った強靭な騎士たちが連なり、馬車までのほんの数歩の周囲にも手練れの護衛が辺りを警戒しているのが、使用人の持つ灯りに照らし出される。
誰しもが威圧的な視線をミダリルに向けているのは、気のせいではない。パドウより司令が下っている筈だ。
毒を盛った筈の王がピンピンしており、ミダリルは気が気でないだろう。更に今回、国境警備隊の命令系統には、ミダリルの息が掛かった者よりも地位も人望も高い、腹心の者たちを残して行く。
このまま、ここでミダリルを断罪してやりたい所だったが、王宮から離れた場所で準備もなく、万が一王に何かあってはとの、パドウと側近、王宮のトゥーンザードの判断には逆らえなかった。
パドウは、私が毒に倒れるや、応急処置の合間にトゥーンザードに知らせていた。
国境の前線でもあるこの城には、王宮への文書移転装置がある。
私の側近として最善を尽くしてくれるパドウをだから尊重せざるを得ない。国の行く末を共に考える、かけがえのない腹心だと今回また思い知らされた。
なら仕方あるまい。この場は撤退してやろう。
近くに控えていたコーヤを呼び寄せる。
「行くぞ、コーヤ」
肩に手を回して、しっかり腕の中に抱きこむ。
身じろぐコーヤを力づくで抑え込み、一緒に馬車に乗り込んだ。
扉が閉まった途端、コーヤが抗議してくる。
「何でっ、肩まで組む必要があるんですかっ」
馬車内は魔法で点く灯りで仄かに明るい。その明かりでコーヤの頬や耳が赤くなっているのが見えた。こんなことで照れるコーヤが新鮮だった。
「良いのか?治療師としてのお前の働きが敵に知れたら、邪魔者だと真っ先に命を狙われるぞ。何と言っても、王の命の恩人なんだからな」
毒を食らっても倒れなかった私にミダリルが驚いている内に、無事に王宮に戻り、確実にミダリルを倒す必要があった。
「だからって、何で王様の、こ、恋人なんて」
「それが一番、私の側を離れない理由として、最もらしいだろう?」
王宮に戻っても安全とは言い切れない。人選しているとはいえ、王宮で働く大勢の中に、ミダリルの手の者が紛れないとも限らない。
「また王である私の命が狙われるかもしれない。暫く側にいて助けてくれるのでは、なかったか? ん?」
正面に座るコーヤの顔を覗き込むように見つめると、抗議するため尖らせていた唇を引っ込め、乗り出していた全身を慌てて後ろに引いていた。
「ハッハッハッ。襲わないから安心しろ。人目がある所でしか触れないようにする」
先程よりコーヤの顔の赤みが増した気がする。命の恩人なことを差し引いても好ましく、側に置きたいと思った。
コーヤの安全については、実際心配な点もあった。
今後の対策を練っていた時のことだ。王宮の廊下で不穏な会話をしていた2人を目撃したことがある、と話していた。
1人は年配の小太り、もう1人の顔は見えなかったらしいが、相手にコーヤが認識されていたら? 国家転覆を狙う奴等だ。治療師1人の口を塞ぐのはわけもないことだろう。
今回、首謀者と見られるミダリルにも、王側の人間として認識されてしまった責任がある。
この件の片が付くまでは、コーヤのためにも側に置いた方が良いだろう。パドウと視線を交わし意見が一致した。
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