三十話
全身が、生きることを拒絶した。
真っ暗闇の中で、僕は何も見えないままで。
僕は、立ち上がることすら儘ならないで。
地面に、倒れ伏していた。
「ここは……」
『此処こそが我が心象、我が光景、我が風景。知っているだろ? 僕の、内心だよ』
僕の問いかけに、『僕』が返す。
心の中で、僕に力を与えた僕という怪物だ。
幼少期の姿をしたソレは、僕の前で座り込んでいる。
『人生お疲れ様、全くの無意味で愚かな人生だったよ』
「どういう、意味だッ!!」
『敵に囲まれている、腹部を貫かれている、相手は強敵である、腕は切り飛ばされている、内臓が露出している、他にも幾つか』
「……何を、言ってるんだ?」
指折り数え、少年は僕を見る。
眼球に、瞳孔の中心の黒い点を囲うように二つの線が走ったような。
そんな視線を、ソレは僕に向ける。
『僕、というか君というか。つまりは一度目の奇跡だよ、奇跡を数えたんだ』
「……は?」
『【
ソレは僕の知らない話だ、ソレは僕が知らない話だ。
まずまず最初に、僕はその童話を知らない。
僕の力の名前が、ブラッド・ゲノムなんていう名前を知らない。
なのに、少年の僕はその話がさも当然の如く語り始める。
『塩を運ぶ驢馬、その童話はイソップによって作られた百八十番目の物語だ。あるところで塩を大量にかついだロバが足をすべらせて川に落ちた、川に落ちてしまった。だけどロバは奇跡にも助かった、何故なら積荷が塩で水に溶けたからだ』
「その話が、僕になんの関係が……」
『ロバは考えた、川に落ちれば積荷が軽くなると。だから同じように、次の日にも水に飛び込んで死んだ。何故か、その日の積荷は海綿だったからだ。ロバは愚かにも死んでしまった』
何を言いたいのか、何を言わんとしているのか。
察してしまう、その言葉の先を。
察して、察して、否定しようとして。
体を動かそうとして、だけどうまく動かず。
だから、はっきりと聞こえる。
『【
愚かだ、愚かで愚かで仕方ない。
ああ、駄目だ。
分かる、解ってしまう。
半端な賢さが、生命に対する意地汚さが。
いやでも、その言葉の先を理解してしまう。
『けど、二度目はない。二度目は存在していない、奇跡は二度も起こらない。求められた奇跡は奇跡として成立しない、お前は死ぬ。僕は死ぬ、愚かに無様に忠告を無視して誰も救えず自分が生き残ることもなく何も成せず成す事なく』
「だ、まれ……!!」
『黙らないよ、僕は。忠告をしたんだ、僕は忠告をしたし止めた。なのに君は、なのに僕は愚かにも使った。二度目の奇跡を求めた、そして僕はその奇跡を成功させてしまった。ああ、愚かで愚かで愚かすぎる!! 何を考えているんだ!! 何を思っているんだ!!』
「黙れッ!! そうするしかなかったんだ!! お前に何がわかるんだよ!!」
無理やり立ち上がった、無理やり首を掴んで。
無理やり、彼を押し倒した。
押し倒して、その言葉を途切れさせた。
なのに、少年は僕の言葉を聞いて。
僕の行動を見て、嬉しそうに笑った。
『なんだ、まだ死ぬ気はないのか』
「当たり前だ、まだ死ねないんだ!! 死ぬわけにはいかない!! 僕は何もできてない、何も成せてない!!」
『じゃぁ、どうするんだ? どうしたいんだ?』
「ソレは……、ソレはあの吸血鬼を倒す!! モスキートをなのるアイツを殺す!! 小鳥遊さんを救うし伊勢さんの回復を見守る!! 猫山さんは嫌いだけど死んでほしくない!! それに命の、僕の彼女の!! アイツの回復した姿を見てないんだ!! 死ねるか、死んでたまるか!! 死ぬわけにはいかないんだよ!!」
少年の姿をした僕は、僕の言葉を聞いて笑った。
微笑んだ、と言い換えればいいか。
安心したように、力が抜けたように地面に寝転ぶ。
そのまま、僕の背後を指差した。
僕は振り返る、そこには遥か遠くに見える小さな光があった。
その光を見て、僕は立ち上がる。
『そうか、なら考えろ。考えて考えて進んで、ソレでもなお考えてみろ。僕は知っている、知っているはずだ。新たな力は存在しない、この力にこれ以上の可能性はない。だけど、僕らの手元にはまだカードがある。まだ使えるカードが、とびっきりの鬼札がある』
走る、走る。
泥沼を進んでいるようだ、嵐が吹く雪山を走っているかのようだ。
全身が徐々に死んでいく、死んで死んで死んでいく。
燃え盛るような熱が消え、燃え上がるような激情が徐々に萎んで。
死ぬ、死を直感する。
だけど、駄目だ。
まだ駄目だ、まだ死んじゃいけない。
『知りたきゃ降れ、叡智なりし魔導はすでに滅びたが啓訓は与えられている。深淵は見下げ天蓋は地平に広がり世界はソラの上に広がっている、我らは徒な君子。愚昧極まる力の証明、求め是正し無駄にする者共』
光が見える、記憶が蘇る。
過去から、現在へ。
生まれて、生きて、出会って、楽しんで、悲しんで。
あらゆる経験、あらゆる知恵、あらゆる記憶が。
その全てが、僕を生かそうと。
僕へ、一歩踏み出さんとさせる。
『さぁ、踊れ!! 命尽きるその日まで!! 我らは人にして人にあらず、信徒にして信徒にあらず、怪物にして怪物にあらず!!』
使い古されて、眠るように鼓動する切り札。
眠るように自己主張せず、ただただ僕を見るように佇む切り札が告げる。
使い方を、用い方を、その全てを僕に支持している。
如何に愚かで、如何に無知で、如何に蒙昧でも。
だけど、僕は進むのだ。
『我らは血に生きる化け物、我らは血に潜む怪物、万人が目覚める病にして星の慟哭!!』
『
もしも、僕の力となるならば。
答えろ、答えてくれ。
僕の戦い方を、僕の正解を。
何をするべきか、何を行うべきか。
愚かでどうしようもない僕だけど、ソレでもできることを。
『我らは何だ』
「愚かしくも生きること望む者」
『ならば望む者に問う、その手に持つものはなんだ』
「切り札だ、僕が使える唯一の切り札」
『ならば望む者に問う、その手に持つ力は何だ』
「あらゆる逆境あらゆる困難を、同等にする力だ」
『ならば、ならば望む者に問う。お前がなすべきことは何だ、言ってみろ!!』
「僕が、僕がなすべきことはただ一つ!! 特別なことなど何もしない!!! 老衰で死ぬんじゃない、病気で死ぬんじゃない!! 避けようのない死を迎えるんじゃない!! なら僕は僕の血肉の一片がこの世界から消えるその時まで魔徒を殲滅するだけだ!! それがクラートとして、国際特務対魔徒機関『
光に全身が包まれる、死にゆく体に意識が灯る。
今にも死にそう体を動かし、『
掠れる視界の先には、一人の吸血鬼が。
いいや、二人の存在が居た。
「目覚めましたか、ですがもはや決着はついています」
「モスキート、伝言です。『お前の負けだ、徒に滅ぶ』と」
アナスタシアが消えた、僕はゆっくりと銃を向ける。
目の前の吸血鬼は、僕を見ても未だ焦ることない。
ただ、構えを取って確実に殺そうとする。
僕は笑った、大きく笑う。
そして、掌に向けたスキルヴィングの。
僕の『
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