十九話

 逃げる、それに負の意味はない。

 必要性のある逃走は、無意味な蛮勇よりも遥かに価値がある。

 真正面から魔徒の大群と戦うよりは、幾分勝ち目はあるだろう。


「こちらへ、彼女が先行しているルートです」

「了解、先は任せたッ!!」


 背後から追ってくる魔徒の悉くを銃撃にて沈める、だがソレでも些か数が多すぎる。

 多勢に無勢、血液の残量がどう足掻いても不足していた。

 前進する彼女の後ろで、僕は伊勢さんにもらったナイフを使う。


 腕を切った、弾丸が不足するのなら作ればいい。

 血が垂れて、同時にスキルヴィングを押し当てることで吸収する。

 充填される血液、微々たるものではあるが無いよりはマシだ。

 勝手に排莢される拳銃、僕は即座に構え水中から襲いかかる魔徒へ弾丸を撃ち放つ。


「perfect、流石の射撃能力ですね? クラート」

「僕の名前は柊だ、柊 真琴。そういうのはまぁ、やめないか?」

「了解しました、柊」


 再度、排莢された。

 厳密に言えばそういう動きが起こった、一瞬の隙が生まれる。

 その隙を縫うように、物量で魔徒が襲いかかってきた。


 だが、今の僕には及ばない。


 トリガーを引く、連射される血液の弾丸が相互的に干渉し合い魔徒の頭部を次々と撃ち抜く。

 飛び散る脳髄、血液に肉片が血煙となり視界を奪う。

 その煙の中に突入すると、僕は体躯を酷使した。


「おお、成程です。それが、スキルヴィング」


 ハッキリ言おう、僕は近接戦が苦手である。

 まずまず日本第三支部の中では最弱であり、伊勢さんには勿論。

 猫山さんや小鳥遊さんにも劣る、なんなら古見路さんの方が強い。

 だけど、一つだけ僕には面白い特性があった。


 スキルヴィングに関する異常な適正、古見路さん曰くこの適性は常人のおおよそ8倍。

 クラート隊員平均のおよそ2倍も、僕には適性があるらしい。

 訓練の時には全く活かせなかったが、机上論としては僕の身体能力は平均的な身体強化の2倍近い出力を出せるらしくスキルヴィングの特性を発揮する場合は通常の8倍近く出せるらしい。

 最も、僕はその事実を知っても今の今まで気休めだと思っていたが。


「『使い古された切り札クラシックジョーカー』」


 銃に血液が収束し、赤黒く発光する。

 同時に、僕に恐ろしいほどの力が宿り動きが異常な速度へと変貌した。

 これが僕のスキルヴィングの能力であり、超抜的なチカラ。

 名称は『使い古された切り札クラシックジョーカー』、その効果は切り札。

 自他の実力差を埋め、勝つ可能性を生み出す自己作用型概念系能力。

 これを用いれば、僕はどんな相手でも勝つ可能性を見出せる。


 踏み出すと同時に地面が割れ、拳が目にも捉えられない速度で振るわれる。

 ジャブ代わりにはなった拳は相手の頭部を粉砕し、襲いかかってくる魔徒の棍棒を軽く弾いた。

 そのまま、僕の蹴りが炸裂し吹き飛ばす。


 今の僕の身体能力は魔徒と同程度だ、そして魔徒よりも思考し巧みに体を操作する。

 負ける道理がない、勝てないはずが無い。

 集う魔徒を蹴散らし、流れる様に弾丸を放つ。

 迫る攻撃は腕で受け、カウンターとばかりに腹部に風穴を開けていく。

 相手がいくら怪物とはいえ、心臓を潰せば死ぬ。

 そう言うふうに迫り、暫くすれば追いかけてきた魔徒は全て死んだ。


「ナイス、さすがクラート隊員」

「せめて手伝って欲しかったな?」

「生憎、私は回復に力をそこそこ使ったので。申し訳ありませんが、戦闘は勘弁してください」

「別に、そんな大きな文句はないよ」


 だって腕一本を捥いで、血液補充に充ててくれたし。

 吸血鬼というだけで油断はならないが、少なくとも悪人ではなさそうだ。

 いや、そう見えるだけかもしれないが今この瞬間は利害が一致している。

 となれば良い協力関係を築けるだろう、きっと。


「怪力には自信がありますので開けたい場所があれば仰ってください、可能な限り努力します」

「そうかい、ソレは嬉しいなッ!!」


 叫ぶ様にして再度拳銃を構えた。

 地面に何かが倒れている、少し腰が引けながらそこに照準を合わせる。

 そして気づいた、ソレは伊勢さんだった。


 僕は慌てて走る、彼女に慌てて駆け寄った。

 足が軽く切断されている、どうやら動けないらしい。

 血液が多く流れている、これでは出血死も考えられるだろう。

 不味い、思考と同時に僕は動脈を指で指圧し周辺に布などが無いかを確認。

 そして、無いと判断した僕は彼女の服を暴く。


「何をしているのですか……?」

「ガーゼがない、ソレにこうして止血はし続けられない」

「なるほど」


 下着が見える、僕はソレを無視し彼女の服を千切る。

 そのまま千切った下着、具体的に言えばインナーを捻り紐状にすると血管を圧迫しながら括った。

 これで、一先ずはどうにかなるだろう。

 改めて上着を着せて、彼女の体勢を変える。


「……けど、なんでここで倒れていたんだ……?」

「襲われたのでしょう、問題はトドメを刺して居ない事ですね」

「魔徒にそんな性質はないだろう? じゃぁ、なんでこんなところで……?」


 武装で自分自身を傷つけた様子はない、同時に戦闘後も。

 まるで眠るように、自然に足が切れて倒れている。


 暴れた様子もない、つまりは酷く自然な形の眠りを。

 これほどまでに不自然な状況で、怒っているわけである。

 未知の恐怖だ、知らないし分からないからこその恐怖があり。

 僕は、スキルヴィングを持つ手に力を入れる。


「考えられる候補は複数です、催眠や薬物のほか貧血の末にというのも」

「前者二つはともかく、後者はおかしく無いか? 出血跡からしてここで切られている様子がある」

「いえ、ここには明確に『血液』が満ちています。吸血鬼、ソレも上位の存在ならば血液を用いた魔術により高度な催眠を用いることは容易いかと」

「『血液』が満ちている? ソレはどういう……、いや今は先に彼女の処置をしなければ……」


 僕の焦りを聞き、吸血鬼のアナスタシアは彼女を背負う。

 そのまま動きを止めず、彼女は走り出した。

 僕も同様に走り出す、直感がこの領域は危険と叫んでいた。


「どこに向かえばいい? ここには血液が充満しているんだろ?」

「先行して下さい、どこへ向かっても血液が充満していますので何処に逃げても変わりません。ただ明白なのは中心部に吸血鬼が存在していることだけです、なのでその中心部から逃げることだけを考えて下さい」

「分かった、敵は僕に任せてくれッ!!」


 伊勢さんの血痕、そこにスキルヴィングを付けて血液を補充した。

 同時に、彼女のスキルヴィングを回収し左手で持つ。

 身体強化が向上している、反動は並のマグナム銃より遥かに重いが今なら片手で扱えるだろう。


 明らか人の領域を逸脱し始めている、ここまで自己強化できるのは初めてだ。

 極限状態で集中力が向上しているからだろうか、自己強化の影響もあるのか傷の治りも心無しか相当早く感じる。

 前方に2人、視認するより早く腕が動き現れた瞬間に僕は引き金を引いた。

 ヒット、頭部へ正確に二発当てる。

 毎度毎度謎の排莢動作によりスライドが発生、血液による弾丸の形成を感じながら僕は再度銃を構えた。


 スキルヴィングは血液で稼働している、だからこそ薬莢は存在していないし排莢動作も存在する理由はない。

 なんなら排莢動作がなくとも連続的に弾丸を打てる、なのに何故かその動きがあるのが本当に謎だ。

 まぁ、深く考えたら負けなのだろう。


「流石、ゲノムが覚醒してきましたね」

「細胞が活性化しているってこと? なんか調子がいいのは、そういう理由かな?」

「……分からないのならば構いませんとも、ええ」


 彼女はそう言うと、そのまま再度走り出した。

 僕も先行するように走る、薄暗い下水道は嫌にハッキリと見えて。

 改めて、僕はスキルヴィングを握り直した。

 このクソみたいな下水道を抜け出すために、僕は全力で足掻くしかない。

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