→ dead end
「試合の申し込み? 俺に?」
「まぁ、そうなりますね」
要は、マスクド・ペチャパイスキーを名指しした興行依頼である。
珍しいことではない。クラン同士、ファンの要望に応えるため試合をセッティングすることはザラにある。
ジュラが気になったのは、それが自分に来たことだった。
ペチャパイスキーのバトルスタイルといえば、外付けの術式を最大限活かした手札の多さと、それを巧みに捌く戦術、実現する肉体が生み出す、予想を上回るトリッキーさだ。
もちろん結界破壊のパワフルさもある。しかし経歴的に挑戦者であるはずのペチャパイスキーが、老獪さともいえる懐の深さで、逆に相手に挑戦を強いる倒錯感――観客はそれを楽しみにしているのだ。
だが、それを踏まえても、キャリアが足りない。マスクド・ペチャパイスキーくらいの新人なら、数年に一度は現れる。わざわざ声をかけるほどのアクターだろうか……というのが、ジュラ自身の自己評価である。
「一応、“クアンタヌ”全体の話にはなるのですが……。それについては、依頼してくださった方が席を設けたい、とのことなので、詳しくは後ほど」
「わかった」
◆◆◆
「うおおおおおー!」
両手を挙げ、ユイが喜びの雄叫びをあげる。
陽も沈み、夕食時。
“クアンタヌ”一行は繁華街を精神的に明るい方へ行き、植え込みに囲まれたファミレスの前に来ていた。
これほど健全で、そして疲れ切った不夜城はないだろう。
都市リベリオ中心街に店を構える24時間営業のファミリーレストラン“デリシャスモード”。ユイたっての希望で、この店で打ち上げを開催することとなった。
「ファっミレスファっミレス〜♫」
「連桁付き八分音符か。ゴキゲンだな」
「いやわかんねぇよ」
「八分音符って鎌みたいなやつですよね?」
「普通の音符の頭が一本線で繋がってるのが連桁付き八分音符だ。ユイ、四分音符はできるか?」
「うん? ファっミレス〜♩」
「これが四分音符」
「だからわかんねぇんだって。ユイもなんでできんだよ」
「ユイさん、一番気分のいいファミレスのうたも聴きたいです」
「ダメだよ、もったいないもん」
「そんなぁ」
「四分とレンゲタ? はいいのか」
ともあれ、入店。
「いらっしゃいませー!」
栄養ドリンクを常飲していそうな女性スタッフが迎えた。
「連れが先に来ています、クアンタムです」
「はい、伺っております。オズマさまはあちらでお待ちです」
「……オズマ?」
指された方に連れ立っていくと、金髪碧眼のイケメンがホットコーヒーを飲んでいた。
「やぁ、“クアンタヌ”のみなさん!」
「オズマ・イミテか」
「今日はお世話になりました、ペチャパイスキーさん。ささ、どうぞ座って」
4人掛けのボックス席だったので、オズマの向かいにジュラと窓側にレィル、通路を挟んで向かいのボックスにギソードとユイが着く。
「改めまして、オズマ・イミテです。この度は打ち上げのついで、わたくしの依頼について検討していただけるということで」
「えぇ。こちらこそ、お声かけいただいたのにこのような大所帯で申し訳ありません」
「いえいえ! 今日の中級興行のあと、“クアンタヌ”のみなさんと時間を共にできるなんて、一生自慢できます!」
「まぁまぁ、うふふ」
「あはは」
気持ちはこもっているものの、体裁を気にした言葉が交わされる。ユイはすでにギソードを伴ってドリンクバー初体験に向かってしまっていた。
(あいつらも大概世間ズレしてるよな……)
日頃人間らしくしろと指摘されるジュラだが、こういった席での社交性は発揮できるのだ。
「悪いなオズマ、ウチのメンバーが」
「いえいえとんでもない! わたくしが勝手に同席しているだけですので!」
「……悪いな。それで、依頼の件だが……」
「ご注文うかがいまーす」
ウェイトレス到着。
「トマトのトーストサンドとゆでたまごを。それとマヨネーズを少し」
「蒸し鶏のサラダをお願いします」
「向かいの連れと同じものを。それとミックスグリル五つ、サラダ盛り合わせ三つも頼む」
「え、注文? えっとね、えっとね、これ、チキンとポテトのパーティセット! 四つ!」
「四つ⁉︎ まぁいけるか……。オムライスと、スープバーを」
「……以上ですか?」
ウェイトレスは過酷な復唱をし、固くなった笑顔で厨房スタッフに注文を送信した。
店の奥からウワァ、と聞こえてきたが、なにかあったのだろうか。
……。
「それで、依頼の件ですが」
「はい。あ、ペチャパイスキーについては気になさらず。ちゃんと聞いていますので」
レィルとオズマの食事がひと段落し、話し合いに移る。淡々と食事を続けるジュラだが、会話に対してある程度のリアクションは返している。
「まずは、今期のランク戦ですね」
「ランク戦……新参の“クアンタヌ”にはまだ縁がないですね」
四ヶ月ごとに、二週間ほどのスケジュールで都市リベリオのクラン全てのランク付けがなされる。
序列上位は円卓評議会というクラン側の興行運営組織に参加が許されたり、さまざまな恩恵を受けられる。色々とあるが、ともかくより上のランクを目指さない理由はない。
「たしかに創設二ヶ月弱の“クアンタヌ”さんでは、いくら実力が伴っていても大した順位は目指せないでしょう。クランでの活動実績やファン投票、さらには他クランやアクターからの信任、最も大切な大舞台での興行への渡りがないわけですから」
「そうですね……なんとかしたいところです。――さて、そのような話をされるということは、期待してもよろしいのですか?」
「もちろん! わたくしの父は最強クラン“イミテレオ”のクランオーナー、ナゾラです。当然実の息子であり、何より新進気鋭スターアクターであるわたくしの口利きによって、渡りをつけることは可能なのです」
大仰に胸を張るオズマ。
親の名前を借りてはいるものの、そこに情けなさや七光りというものはかけらもない。オズマ自身がそれを、自分の価値として満足に振るっているからだろう。そしておそらく、その父の名前がなくとも生み出しうる結果は大差ないだろう――オズマ・イミテとは、それほどの
「素敵な……えぇ、願ってもない提案です、オズマ氏。是非、と言いたいところですが……依頼に応えることが条件ですよね?」
「はい。この順番の方が突っぱねられにくいと思いまして」
「おやおや……どんなことを頼まれてしまうんでしょう……」
とはいうものの、レィルは大して怖気付いてもいない。
元より歴の浅いクランだ。メンバーと、母体である製術機関、復讐のほかに失うものはないからだ。
「シーズン中、できれば最終盤で、クラン“イミテレオ”とのレギュレーション:デッドエンドを演じていただきたい」
「!」
「……オズマ、本気で言っているのか?」
よほど気に入ったのかメニュー二周目に突入していたジュラが、圧を伴って質した。
「本気です」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「え、あの……え?」
しばし視線で語りあったジュラとオズマ。その剣呑な雰囲気に、レィルが困惑する。
「わたくしからお話しします」
「あぁ、頼む」
「レギュレーション:デッドエンド――要はクラン総力戦です。一般的には二時間ほど、互いのクランの全アクターを投入して生存ポイントを競います。全投、逐次投入、乱入はもちろん、裏切り、一騎当千、文字通りなんでもあり……。時間終了時点で最後に立っていたアクターとそのクランが勝者となり、
「な、ふざけてるだろ?」
「……………………」
「その……“イミテレオ”ほどのクランがそこまでする理由とは? そんなことをしなくても……」
「
「……ほう」
「それではだめですか、レィル氏?」
熱く灼けるような地金を見せたオズマに、ジュラはダンボールマスク越しに感心と敵意を向ける。
「わたくし、負けず嫌いなんです。ですから今回、知恵比べからなにから全てを負かしてみせたペチャパイスキーに、今度こそ勝ちたい。そのためなら全力を尽くす。それだけのこと。卑怯と言いますか?」
「いや。最高だよ、オズマ。なるほど、これなら[外付け]の手数の多さも、なにより時間制限のある《
完全に食事をやめ、ジュラは手を差し出す。オズマはそれに握手で返した。
「ち、ちょっとペチャパイスキー、それじゃあ……!」
「その方が面白いだろ。アクター、マスクド・ペチャパイスキーを倒すためにここまでしてくれるんだ。俺は応えてやりたい」
「そんな、負けるとわかっていてそんなレギュレーションを……」
「負ける? 俺が?」
「っ……」
マスク越しに、ジュラはレィルを睨みつける。
そもそも二人の関係とは、こういうものだ。レィル・クアンタムはマスクド・ペチャパイスキーの強さを信じ、マスクド・ペチャパイスキーはレィル・クアンタムの目的へ半ば盲目的に付き従う。それだけが、二人の間の熱のある繋がりだ。
「それでは?」
「……っ。ええ、オズマ氏。謹んでお請けさせていただきます」
「それはよかった! では、その時までにできるだけポイントを稼いでおきますね。一発逆転の重みが増すように」
「よかったじゃないか、レィル。ランク戦初参加でNo. 1クランになれるぞ」
「は、はは……」
「あ、それと、そちらから『裏切り枠』を用立ててくれると助かるのですが」
「あったら盛り上がるんだろうが、八百長はゴメンだ」
「…………あぁ、そうですか…………」
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