展望

「お疲れ様でーす‼︎」


 クラッカーを炸裂させて、レィルが控え室に現れた。

 星型のサングラスをかけ、背には謎に点滅するスカスカな孔雀の羽のようなものを背負っている。


「え? ドッキリか何か?」

 バカの登場に、ユイが冷たく尋ねた。


「ペチャパイスキーといいお嬢さんといい、なんか距離感っつーの? 変だよな」

「待ってくれ。変なのはともかく、方向性は違うだろ、俺とは」

 寛容とも不干渉とも取れない男性陣。いずれにせよ、奇異なもの、という評価は共通している。


「……やり直しのチャンスを」

「お嬢さんも仕切り直すのか……」

「だから俺とは違うんだって」


 背を丸めて退室するレィル。

 扉の向こうから咳払い。また咳払い、さらに咳払い。


 がちゃがちゃと物音がする。背負いものを外そうとしているのだろう。


「あ痛っ……もぉー……」

「んふっ……ねぇ? ホントにドッキリじゃないんだよね……?」

「…………」

「…………」

「……ふぅ、危ない危ない……」

「転んだりしないのか。お約束なのに」

「……ンん!」

「ん、んんっ」


 ジュラとギソードが必死に笑いを押し殺していると、再びドアが開いた。


「みなさん、助けてくださーい!」

「――――」

「――――」

「わぁ、大丈夫⁉︎」


 現れたのは、背負った光り物がうまく外れず絡まりに絡まったレィルだった。



◆◆◆



「はい、で、ね」

 ひどく気まずそうに、レィルが仕切る。


「みなさん、中級初勝利おめでとうございます」

「…………」

「…………」

「…………」


 無口な方であるジュラはもとより、社交性のあるギソードや明るい性格のユイまでもが沈黙。よほどのことがあったのだろう。


「おほん。こうしてバカみたいにお祝いできるのも、ひとえに皆さんのおかげです。ありがとうございました」

「どういたしまして」

「この調子で連勝記録いっちゃおう!」

「レィル、今回の組み合わせ、どこまで仕組んだ?」

「おや。指名したのは《魔弾撃団バレットパレード》アルファ・ザ・ブラボーさんだけで、あとは有力なクランに声をかけただけです。すごいでしょう、すごいでしょう!」


 誇らしげに胸を張るレィル。……そのふくらみは謙虚であった。


「ブラボーはボクの相手だったよね。なんで?」

「多彩な攻撃を繰り出すブラボー氏の術式を、魔力放出の一点突破で討ち取る美少女! こんなの見たくない人いませんよ!」

「おぉー」


「お嬢さん、ジュラだけじゃなくユイの限界オタクでもあるのかよ」

 ギソードの脳裏に、精神汚染をもたらすレィルの自室――違法状態のジュラ・アイオライトグッズ部屋――がよぎる。

「おっと! ギソードさんの限界オタクでもありますよ⁉︎」

「勘弁してくれ!」


 アクターたるもの、ファンの存在はありがたいものだ。かけがえのないものだ。しかし、レィルのそれは一線を画す。


「ジュラさんには及びませんけどね!」

「…………」

「……ペチャパイスキー、お前いままでよくこのクラン大好きオーナーの圧に一人で耐えてきたな」

「…………あくまで限界オタクだ。一線は越えないよ」

「ジュラ・アイオライトがまだ現役だったらどうなってたんだ……」

「…………」

 そのジュラ・アイオライト本人であるペチャパイスキーは、沈痛な雰囲気のまま言葉数を減らす。


「ギソードさん! 来月の剣舞会に出演の打診が来ていますよ」

「マジで⁉︎」

「剣舞会?」

「……剣技もまた、魔術と並ぶ興行の華だ。それに特化したのが剣舞会。剣舞会これに呼ばれるっていうのは、名を挙げて数えられるアクターだけだ」

「すごいじゃんギソード!」

「……だ、だろ?」


 大抜擢も大抜擢。年に二回行われる剣舞会に招待されるアクターは、たったの十数名だ。

 招待状には出演スケジュールのあたりに蛍光ペンで強調されている箇所があり、ギソードは新参かつ中級初出場らしく前座も前座での予定だが、そもそも剣舞会の前座を夢見るアクターもごまんといる。


「やらせてくれ、お嬢さん!」

「はい、よろしくおねがいしますね、ギソードさん」

 携帯端末を片手で器用に操作するレィル。数秒で手続きを終えたらしく、次の資料に手を伸ばす。


「えっと、ユイさんにモデル業の打診が来てます」

 資料にはいくつかの雑誌名が並んでいる。出演依頼書というもので、通常であれば興行の直後に来るものではない。クランの設ける受付日に、希望のある企業・団体などから興行連盟を通じて一括で送られてくるものだ。


「興行中に来たのか……」

 よほど珍しいことなので、ジュラが紙面に目を通す。


「そんなに気になるのか?」

「ユイは興行そのものが初めてだろ? 当然企業側も存在を知らないわけだが……そこから声がかかるってことは、企画とか予算とか諸々すっ飛ばしてでもユイが欲しいってことだ」

「めっちゃすげぇじゃん」

「ボクが欲しいの? ボクは“クアンタヌ”から抜ける気はないけど」

「あぁ、えっと……」

 言葉を探すジュラ。


「例えばこういうことですね!」


 鼻息を荒くして、懐からジップロックに密封された雑誌を取り出すレィル。当然だが、少し温かい。


 様々な言葉が踊る表紙の中心には、白髪の少年――ジュラ・アイオライトが映っていた。物憂げなキメ顔である。


「…………」

 少し気まずそうなジュラ。


「で、これが本文ですね」


『俺は、アクターとして生きアクターとして死ぬ――』

最強おれだけを見ていろ』


 イメージセリフ付きのグラビアである。無駄に服をはだけていたり、謎の部屋の謎の調度に囲まれ謎の姿勢をとっていたりしている。これが数ページ。


「で、インタビューです」


 時期的には、ジュラ・アイオライトが最強のアクターとして都市リベリオを沸かせてしばらくした頃のものだ。多くのアクターが彼に憧れ、彼のようになりたいと願った時期。それに合わせて、インタビューでは主に日々のスケジュールや心構え、それと割愛されてしまっているが魔力置換アストラル体への知見や術式への探究心などの熱のある部分が記載されていた。


「これな。オレも穴が開くほど読んだぜ」

 染み入るギソード。


「…………こうしてみると、ペチャパイスキーと言ってること同じだよな」

「!」

「!」

「え? どこどこ?」

「ほら、この辺とか」

「んー? んふふっ、ほんとだ! ねぇペチャパイスキー、これ読んでみて!」


「…………。『アクターを名乗るからには、生活の全てがアクターでなければならない。舞台の上だけでなく、私生活やトレーニング……全てをショーとして価値あるものに演出してこそ、アクターだろう』」


「大体一緒だ!」

「あ、じゃあこれも読んでくれよ」

 ページを遡り、グラビアへ。


「…………、『最強おれだけを見ていろ』」


「ポーズ、ポーズも付けてみましょう!」

「……レィルまで……」


 レィルはジュラと同じく、ジュラ・アイオライトの素性を隠す側の立場のはずだ。しかし、その瞳は期待で輝いている。


 上体を少し捻り、見下ろすような姿勢に。右腕を挙げ頭を支えるようにすることで胸元を大きく開き、浮いた裾から鍛え上げられた腹筋がちらりと覗く格好。


「…………ん、はい。はい、おしまいです。おしまい。話を戻しましょう」

「堪能の仕方がマジなんだよなお嬢さん」

「えー、面白そう! レィル、ボクモデルやってみたい!」

「お前ら覚えてろよ」


 閑話休題。ユイのモデル業の話へ。


 再び名乗りを上げた面子に目を通したジュラは二、三指差して言う。


「こことここはやめておいた方がいい。記者がスケベだ。ここは横柄で気に入らないやつがいる。信用していいのは……まぁ、“Stand up‼︎”か」

「お嬢さんの持ってた雑誌もダメなのか?」

 ジュラが指摘したよくない側のタイトルには、レィルが大事にしている“アナザーサイド”も含まれていた。


「扱いがいいのは有名アクターくらいで、無名の扱いはすこぶる悪い。ほら、こんな感じに」

 ジュラ・アイオライトが表紙を飾る“アナザーサイド”のページを進めていき、『今期の注目アクター』なるコーナーが開かれた。


「あー、よくねぇなこりゃ……」

 ギソードが辟易と眉を顰める。


 見出し通り注目アクターを紹介する記事なのだが、内容は容姿先行で興行でどう戦うかなどは二の次三の次とされている。


 特別インタビュー……おそらく、ユイもこの枠での依頼だろう……では男女問わずセンシティブな、性的なものとして扱われていた。


「……どうなんだ、レィル。ユイの売り出し方はなのか?」

「そんなわけないですよ。助かります、ペチャパイスキー。では、逆に受け得なところはありますか?」

「? ボク、いま蚊帳の外?」

「あぁ。でも、この辺の話は二人に任せた方がいいだろうよ」

「だね」


 業界の知識について、ジュラ……ペチャパイスキーとレィルはギソードやユイと比較にならない。仕事一つのメリットデメリットにしろ、ここは知恵者に任せるべきだとギソードは判断した。


「やっぱり“Stand up‼︎”だな。新人アクターを主に扱うわけだが……観客はいつも新しい推しを探しているわけだから、購買層は広い。そこから深く狭く推される大事な入り口になるわけだ」

「そういうのも詳しいんですね」

「俺もだいぶ良くしてもらったからな」

「へぇ、そんなことが……」


「ユイの人造勇者ってバックボーンと、術式なしで押し切るスタイルは唯一無二……っていうのは前に確認したな。読者の興味は、ユイが勇者たり得るかと、アクターとして今後どんな術式を選ぶか、になるんじゃないかな」

「オレもそれ知りたいしな。ユイのファンなら、そりゃ楽しみだろ」

「えー? 考えなきゃダメ?」

「ゆっくり、じっくり考えるべきだ。新人を何人か集めて将来の話をさせる企画もあるみたいだから、そこで意見を交わすのもいいだろう」

「おー! 楽しみ楽しみ! ね、それいつ⁉︎ 絶対やるやる!」

 飛び跳ねるユイ。


「あと……“キャンディ・ポップ・マシンガン”。ユイが対戦させてもらったアルファ・ザ・ブラボーも所属するクラン“タップパロット”お抱えのファッション誌なんだが、ユイは可愛いし、長い付き合いにしたいな」

「ブラボーの? そういえばオシャレさんだったね。モデルさんだったんだ」


 偏屈な絵画師のように絵の具で汚れたエプロンを身につけ、Yシャツ(腕をまくっていた)とジーンズという出立ち。顔も、メイクと合わせて偏屈で神経質そうな無精髭の男を表しており、それがバリエーション豊かな弾丸で興行を彩る彼のバトルスタイルと完全に調和していた。地下興行を代表するジョー・キャッスルと同じく、容姿・風体までもが演出として組み込まれた大人気アクターである。女性のガチ恋勢多し。


「すごいナチュラルに可愛いって言いましたね。……えぇ、ではこちらの方も、積極的な参加という風に答えておきますね」


 書類にメモ書きをしたレィルは、最後の一束に手をかけた。


「では最後に、ペチャパイスキーに試合の申し込みが来ています」

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