あの子

 結論が出ないまま一週間が経った。


 ジュラことマスクド・ペチャパイスキーとギソードは下級興行で順調に勝ち星を重ねたが、その対戦相手の中にも引き抜きたいアクターは見当たらなかった。


「ギソードさん、なんで初級で燻っていたんですか?」

 控室で、レィルが尋ねた。


 ギソードの実力は、下級上位に指先が届くほどだ。そこそこの規模のクランに参加しているというだけで中級の舞台に立っているようなアクターでは相手にならないだろう。


「無所属だったからな」

「工夫が足りないからだ」

 答えるギソードに、ジュラが口を挟んだ。


「……どういうことだ?」

 機嫌を損ねるでもなく、むしろ教えを乞うように、ギソードが食いつく。


「前にも話したが、単調すぎる。いまは実力でカバーできているが、下級や中級でやりあってるアクターからすれば、たとえ術式がわからなくてもその場で対策されるだろう」

「む……」


 先の試合がそうだった。

 ギソードの《一閃》が放たれるたびにキレを増すことに気付いたのか、対戦相手は三度目で地雷の術式を発動――四発目を撃つ前の着地を狩ろうとしたのだ。これはギソードの加速が著しく、なんとか起爆より先に技に入れたので勝利を掴んだのだが、振り返ってみると運が良かっただけといえる。


「俺たちは相手のプレイスタイルや術式を研究した上で試合に臨んでいる。全部知られている上で、いかにして相手を上回るか――工夫しかないだろう」


「じゃあ、どう工夫すれば……」

「俺がそれを教えたら、ギソードは必ず勝てるようになれるのか?」

「それは……」


「ギソードは強いんだ。それでも下級に上がれなかったりしたのは、運営もより苛烈なハラの読み合いで通用しないと判断されたからだろう」


 ジュラの言葉は鋭く、しかし温かい。

 同じクランのメンバーだからではない。ギソードの実力を評価し、何より期待しているからだ。


「よかったじゃないか。伸び代しかないぞ」

「正論って結構キツいんだな」

「でしょう? 反論の余地もなくさりげなく褒められるとあまりいい気分じゃないですよね」

 日頃ジュラに鋭く褒められているレィルが、肩を落としながら同情した。


「そういうペチャパイスキーはどうなんですか? 今回の反省点とか、よかったところとかありますか?」

「おぉ、オーナーっぽい」

「もっと手放しに褒めてください、ギソードさん」

「飢えてんなぁ」

 ギソードもまた、レィルに同情する。


 今回のペチャパイスキーの対戦相手は秒殺を掲げるアクターだった。自身を魔力で包み砲弾とする術式で、開幕速攻を仕掛けてきた。対してペチャパイスキーは魔力置換アストラル体の魔力を指定した秒数で使い切る[《超越者オーバードライヴ》]によって迎撃。相手を外殻の防御結界に叩き込み、めり込ませて勝利したのだった。


「[《超越者オーバードライヴ》]を日和って三秒に設定した。カウンター一発で沈めるプランは成功したが、それなら一秒の方が映えたんじゃないだろうか。魔力圧縮も高まって、期待されていた結界の破壊も、その方がもっと派手になったはずだ。秒殺を宣言した相手の二撃目を警戒したのは、リスペクトに欠けた保身だったと反省している」


「うっわ……」

「それで負けたら、とか考えないんですか?」

「考えないようにしている。最高のショーのために、俺の勝敗はあまり関係ない。互いに最大限の興行を望む以上、勝っても負けても同じことだろう。……今回、俺はそれができなかった」

「なるほど……」

 そう語るジュラは、ひどく口惜しそうに拳を握った。


「結果的に盛り上がったんだしよかったじゃねぇか」

「……より良いパフォーマンスがあった、というだけだ」

「次からはしっかりしてくださいね、ペチャパイスキー」

「……期待していてくれ」

「お嬢さんもソッチ側かよ……」



◆◆◆



「あのピンクちゃんを探したいです」


 クアンタム製術機関・エントランスの応接スペース。

 日も暮れ、わずかな職員や研究員が帰宅したそこで、レィルは祝勝会を兼ねた会議を提案した。中級昇格に必死なのだろう。


「ピンクちゃん?」

「いたんだよ。ピンクの髪で、趣味が人助けの変なヤツだ」

「お前には言われたくないだろうよ」

「え?」

 ジュラは、自身が奇人である自覚がない。


「探すってのは? 名前とか、それこそアクターなら術式とかで探せるだろ」

「それが、その子名前も名乗らず去ってしまって……」

「術式も不明だ。魔力放出しか使っていなかった」

「期待できるのか、そんなヤツ」

「通常時の出力はギソードより上だったよ」

「マジかよ。早く見つけようぜ!」


 魔力放出というのは、言葉通り魔力を放出する技術だ。クライン器官を有する魔術使いならば、術核に術式を刻まずとも使用できる基本技能である。身体強化や単純な魔弾による攻撃など、すべての基礎と言っても過言ではない。


 ギソードは、自らの魔力放出量に自信がある。よく魔力総量が水桶、放出は蛇口に喩えられるが、ギソードの蛇口は大きく勢いがある。瞬間最大出力こそ水桶そのものをひっくり返さんとするジュラには届かないが、ともかく、ギソードのそれは全体で見てもかなり上澄みにあるのだ。


 そんな自分以上の存在に対し、ギソードは強い好意と興味を示した。


「それが……本当に情報がなくて……」

「地下のアクターなんじゃないのか?」

「そのセンがあったか」

 間髪入れず携帯端末を操作するジュラ。コール音が二度鳴り、

「忙しいところすまない。ペチャパイスキーだ」

『おぉ、活躍は耳にしているよ』


 電話の先はジョー・キャッスル。地下興行で最強の名を欲しいままにする、トップスターである。


「え、ジョー・キャッスル⁉︎ ペチャパイスキー、あとでサインもらってきてくれないか⁉︎」

「ギソード、うるさい。騒がしくて悪いな。聞きたいことがあるんだが」

『あぁ、なんでも聞いてくれ』


「ピンク髪の、魔力放出がすごくて、趣味が人助けの変な女を知らないか?」

『それは……だいぶ変なヤツだな。名乗らなかったのか?』

「全く。悪いヤツじゃなかったよ」

『そうか、じゃあほぼ確定だな』

「……すごいな。さすがジョーだ」

『だろう。あとでアドレス送っておくから、明日にでも連絡するといい』

「ありがとう、助かったよ」

『なに。前に聞いた、中級興行に参加するためのメンバー集めだろう? 今度はクランでエキシビションに出てくれればそれでいいさ』

「うん。必ず」


 ……。


「ペチャパイスキー、お前ジョー・キャッスルと知り合いなのかよ!」

「そうだけど……ファンなのか?」

「男の子ならみんなそうだろ! なんでクランに誘わなかったんだ?」

「真っ先にかけたけど断られた。地下でしかやらないって」

「さすがジョーだな。……いや、だからオレを誘えよ、まず」

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