ヘンタイと変人の追跡劇
都市リベリオ最大のショッピングモール、プラズマ。
数十の店舗がひしめく十階建の施設には、全階を貫く大きな吹抜けがある。
そこを通して、レィル・クアンタムが誘拐された。
没個性な黒ずくめ。手袋、ニット帽、遮光ゴーグル。すれ違った、五人の怪しげなアクターの一人だろう。空間を自在に掴む術式を駆使して、彼は縦横無尽にモール内を駆け回る。
……が。
(なんで振り切れない……ッ⁉︎)
女性一人を担いだからといって、走力が落ちるような鍛え方はしていない。
プラズマの構造を利用して、身代金を見込める女性を攫う。追手を撒いた時点で他の仲間に人質を託し、自分はダミーに持ち替え時折追手を刺激する。はず、だった。
ピッタリと……ダンボールを被った変態と小柄なピンク髪の少女は、およそ十メートルの距離を保って追ってくる。立体的な逃走を試みても、どういう術式か、突き離すことができない。
おそらくは変態の方。アイツが先導し、少女が着いてきている。変態の方さえどうにかできれば……誘拐犯は、八階に移動し、仲間に助けを乞うた。
◆◆◆
追いやすい。
ジュラは十分ほど誘拐犯を追って、そう感じた。
男の術式は、おそらく空間の固定。壁のようにして追跡を阻まないことから、触れている箇所のみが対象なのだろう。それを踏み台などにして、モールの吹抜けを利用し逃走している。何度も階を行ったり来たりしていることから、一旦追手を撒くまでが役割なのだろう。
レィルの術式が効いている。チョーカーの形をした拘束の術式によって、ジュラはレィルから十メートル以上離れることができない。もし離れれば、重力なども無視して引っ張られていく。追跡中見失ったとしても、距離が開けば勝手にそちらへ向かうことができる。
「加速、頼む!」
「頼まれたっ!」
問題が一つ。誘拐犯が短いスパンで二回以上曲がると、ジュラが壁にめり込むということだ。その危機を察知し、都度速度で勝る少女に抱えて走ってもらい、加速して直線状態を保たなければならない。
「…………」
二人の前に、似た背格好の黒ずくめが立ちはだかった。
黒ずくめは誘拐犯に視線で語ると、魔力を帯びた右手をかざす。
「邪魔だぁあああ!」
少女のタックルに轢かれ、錐揉み回転をして吹っ飛ぶ男。
足止めだったのだろう。強化ガラスのような空気の壁を数枚張ったようだったが、それごとぶち抜かれた。残念ながら、時間稼ぎにすらならなかった。
誘拐犯は一瞬怯んだが、速度に淀みはない。人混みを縫うように、時に空中を数秒駆け必死に逃走する。
ジュラたちもまた、風のように混雑をすり抜けていく。観察眼に優れるジュラが少女の手を引くことで、一気に距離を縮めることができた。
「レィル!」
開けてところで、再び少女がジュラを運ぶ形に。
「ジュ……ペチャパイスキー!」
肉薄。
術式の要件を変更するレィル。今度はより短く、三歩と指定した。
「チッ」
空間を裏返して三人の男が現れ、立ちはだかった。
「この悪者どもがああああああ!」
術式を発動する間もなく、揃って少女に殴り飛ばされた。なんだったというのか。
「えぇ……」
よし、これから店を巻き込んだ大捕物を締め括る場面だ、盛り上げるぞ、と意気込んでいたジュラ。困惑を隠せない。
「……えぇ…………」
そんな落胆にも似たオーラを感じたレィル。ドン引きである。
◆◆◆
今回の事件は、公には有事の際の訓練ということで店の方から発表された。
吹抜けを使った派手な逃走劇と、ジュラたちの追走の鮮やかさから、表立って疑問を口にする者は少なかった。
これにて一件落着――とはいかない。
レィルの【
「連れのオーナーが攫われた。せっかくなので派手にやって、ショーとして盛り上げようと思った」
「久しぶりに大きい買い物をして浮かれていて……捕まるまで全く気付きませんでした。でもこちらのペチャパイスキーなら必ず助けてくれると信じていたので、不安はなかったです。あぁ言ってますけど、悪い人じゃないので、ちょっと追加の通報は待ってください。はい。強く言い含めておきます、はい……」
「悪がいた。倒した。また一つ悪は滅びて、世界平和に一歩近付いた。イイコトするとやっぱいいね、気持ち」
……レィルの必死の弁明によって、異常者二人(うち一人はダンボールを被った不審者)は無事解放された。
「おれたちはチームアップ用に術式まで強要されたんだ。それがどうだ、クランの経営不振とやらで配当金は2ヶ月も止められている! 七試合やって、一度もだ!」
「おれたちは“×××××”のアクターだ! オーナーの×××が正当な報酬を寄越さないからこうするしかなかった! おれたちを裁くってんなら、アイツも同罪だ!」
「くそ、離せ! こうなったらアイツを直接……! その後ならいくらでも捕まってやるよくそが!」
「………………」
◆◆◆
「どうですか、ピンクちゃん。助けていただいたお礼に、夕食でもご馳走しますよ」
再びショッピングモール。
解放された三人は、夕飯時も近くなってきたので、具合のいいところを求めて散策している。
「いらない」
提案を受けてピンク髪は、そっけなく答えた。
「まぁまぁ」
「お気遣いなく」
「まぁまぁまぁまぁ」
「ほんとに、いいから」
言葉とは裏腹に人懐っこい笑顔を貼り付けたピンク髪は、とても迷惑そうに固辞する。
「じゃ。また困ってたら助けに来るね」
そう言ってピンク髪は雑踏に融けるように去っていった。
「…………」
「……いまわたし、困ってますよね?」
「……そうだな」
洒落た食い気を削がれ、無難なファストフード店へ。
「人助けは趣味だって言ってたしな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます