小説の詳説
仇辺 拾遺
小説の詳説
「あの、すみません。こちらの窓口は?」
「はい、どうも。こちら〝第四障壁越境局〟ですが、どうされましたかね?」
「え?」
「うん?」
「ダイヨンショウヘキエッキョウキョク……よく分からないな。」
「オーケー、何が分からない? 窓口に来たのなら答えるけど。それが仕事だけど」
「諸々全てが分からない。私は先程まで道路に居たはず。国道八九三号線に。」
「そう、で、いつの間にかここに来てた、というワケだね?」
「ああ、そうだ。そしてこの出口の無い、やけに広い密室に閉じ込められた。様子を窺っていると皆が皆、列を成してここに吸い込まれてゆくので並んだ。窓口だったのか。どうなっている?」
「それなら、まず、ここへ来た経緯から話そう。取り敢えず、君は死んだ。えーっと、交通事故か……君は車を運転してた。愛車である黒のアテンザを。信号が赤から青へ変わって走行してると、いきなり歩道から子供が飛び出して来たんだね。そして咄嗟に急ハンドルを切った。すると隣車線のダンプカーが横からズドン! 外車ならワンチャン助かったかもしんないけど、まぁね……ご愁傷さまです」
「では、ここは天国か地獄か?」
「いいや、言うなればインタールードだね」
「インター……よく分からないな。」
「何はさておき、これから君は小説の世界へと転生を果たすことになってる。勿論、役も割り当てられる。で、その為の支援なんか案内を僕がする事になってる。まぁ、要はここって〝小説転生窓口〟なんだな、ドゥーユーアンダースタンド?」
「私は生まれ変わるのか?」
「その通り。第四の壁の向こうで、第二の人生が君を待ってるのさ」
「ならば、私はどこへ行けば良い?」
「まぁまぁ、そう焦らずに。ほら、座りなよ。やる事といったら僕とお話する、これだけなんだからさ」
「そうか。妙な世界に来てしまったものだな。」
「ところで君、やけに古臭い口振りだね」
「そうか?」
「そうさ。だって末尾に『
「何を言っている?」
「あー、無意識でやってるタイプか。うん、僕も新人だからさ。まだ経験不足で悪いね」
「こちらに伝わるように話してくれ。」
「君、ほら、鍵括弧で喋ってるでしょ?」
「どういう意味だ?」
「いいかい? この言葉は、言葉だ、言葉でしかない。君が発した言霊も、君自身にヒントを与えている。それに心を傾けてみれば自ずと……」
「え。あ。おお。」
「そらきた、見えたな? 見えたよな」
「ああ、本当だ。そうか。確かにそうだな。気が付かないな。そうか。これか。」
「会話してすぐ自覚する人、割と多かったけどな。君は察しが悪いのか、適応力が凄まじいが故なのかね。で、今までの遡って僕との違いは?」
「私のは全て末尾に、丸が付いている。そちらのには無い。」
「ビンゴ。それちょっと古めかしいよ」
「これ駄目か?」
「んや、君もうちょい若いっしょ? まだ馴染んでないと思うな」
「そうか。それなりに歳を重ねているはずだが、では撤去しよう」
「意外に柔軟だね」
「新しい世界でやってゆくというのに、意地を張ってはいられまい」
「その心意気だ。それが出来るのならすぐに済むさ。会話しながら要領を掴んでこうか」
「そして十分になるまでここに居るのか?」
「時間制じゃない」
「ではなく、じゅうぶん、だ」
「あー、ルビを振れば
「そうだ」
「こっちでは使わないからさ、時間を示す十分しか。そういう場合には、
「ならば、十二分などはどうするんだ?」
「え?」
「じゅうにふんと、じゅうにぶん、これらはどうする?」
「決まってるでしょ。齟齬が生まれるのなら選ばない。何故使うんだい?」
「いや、しかし、この世には多様な言葉が存在する。表現を狭めてしまうのか?」
「全く逆さ。ほらそれこそ『多様な言葉が存在する』だろ? 代替可能な類義語が沢山ある。そんな中で、その語彙でなくてはいけない理由が大事なのさ。意図もなくテキトーに言葉を放つことが無いよう留意する。ここはそういう場所さ。外とは違う」
「外とは?」
「だからさ、音が先に来て、言葉が追随する。そういう世界なら使えるさ。誰の視点で話してる? 我々は逆さ」
「言葉が先、音は後」
「そうそう、まだ君は慣れてないよね。だけどね、君がやってきた外の世界も、そういうとこあるでしょ?」
「と、言うと?」
「要は気遣いの種類が違うのさ。あっちは音、こっちは表記。同音異義語でややこしくなる方と、ならない方。こっちはこっちなりの配慮がある。もっと言葉を選ばないと。だってそうでしょ? 瞬発的なやり取りじゃないんだからさ」
「私達の会話、これも?」
「そうさ。今、君が訊いて僕が答えるまで、二ヶ月かかってる。外でウィンドウを閉じて忘れてたらしい。駄目なライターだな」
「こちらでは刹那だったのが、それほどか……忘れてくれるな」
「ま、そういうもんで、言葉は慎重に選び取らなくてはならない。齟齬が無いように。例えば、そうだな……」
「ウィンドウとやらを閉じた気配がするな」
「オーケー、思い付いた。〝穿った見方〟とかってどんな意味合いで使う?」
「偏見や斜に構えた物の見方……ではないな。たった今調べた。穿った見方は『物事の本質を的確に捉えた見方をする』という意味なんだな」
「そうさ。でも間違える人が多くってね。インテリでさえ間違えてる。どっかの歌詞でも、これは誤用の意味で使ってんな、という事もある。『気色ばむ』とかも『色気付く』との誤解、誤読がある。だから極力避ける。伝える事を第一に考えるのが僕のスタイルでね。あ、それと、二重鍵括弧の使い方上手いね。チャレンジしてみたのかい。やるじゃんか」
「こんな具合でいいのか?慣れてきたかもしれないな」
「あーあーあー、ちょっと待った。大事なルールを忘れてた。こっちにはね、
「型?」
「別の言い方では、フォーマットさ。君は初めてこの紙面上で……電子かもしれないけど……『
「ああ。それがどうかしたか?」
「外で例えるなら、どうだろう……会話するにあたって、あまり良しとされない声調や発音、とかってあるんじゃない?」
「ある。必要以上に大きい耳障りな声、聞き取りづらい発音などが」
「そうそう、自分はその文化圏の者じゃないから詳しくは無いけどさ……そういったものがこっちにもある。守らなくてはいけないエチケットってやつが」
「この雰囲気、私は何かに抵触したな?何をしてしまった?」
「それだよ、それ。『
「こう? でいいのか? 」
「末尾は要らない」
「こうか? これで合ってるか?」
「ふぅ、オーケー。落ち着かないからな。これ以外の型だと。さぶいぼが立つ」
「他にもあるのか?」
「あるね。例えば『
「何か? 何をどう――」
「棒線、ダッシュも偶数個だ。二つ繋げたのさ。今はこちら側が割り込んだから、こちらが打った。こちらが話を遮ったんだ。君が割り込む側になれば、君が偶数個打って終わらすんだ。それと『
「勉強になるな。他には?」
「他か……んーや、もうほぼ無い。あとは数字の表記とかなんだろうが」
「教えてくれ」
「もうほとんど分かってんじゃないか。それが分かるんだ僕には。文書は幾つも作ってきただろう社長?」
「私は、準備が整ったのか?」
「そうさ。手続き完了だ。他人の台詞から技術を盗む術も会得したのなら、受付は用済みだな」
「ならば、どうなる?」
「そうだな……後が詰まってるんだ。もうそろ、お別れさ」
「別れか。次に向かうのは?」
「ここ。ほら、窓口の横。この改札から出て行けば、晴れて小説の登場人物ってワケさ」
「なあ……あの……」
「うん? どうした?」
「最後に一つ、ずっと訊きたかった事がある」
「なんだい? 言ってみ」
「あの子供は? 無事なのか?」
「はぁ……なーんだ。そんな事かい。無傷だよ。これでちったぁガキも落ち着くんじゃないの?」
「そうか。それで充分だ」
「やい待て。最後に僕から」
「聞こう」
「主役になるか、端役になるかは僕も知らない。だけど、胸を張れよ。関係無いんだ、そんなの当人にはね。言っている意味が分かるだろ?」
「ああ、そうだな、分かった。そうしよう」
「じゃあもう、はよう行け。出口はそっちだ。じゃあな」
「どうもありがとう、また……」
改札は電子音を立てて開き、退場を許した。
「えーっと? 今の案内で八頁経過っと……」
帳簿が自ずから捲れていく。ここはインタールード。今日もまた、止めどなくすれ違うように出会い、送り出す。管轄が別の、割り振り係の事を思いながら……。
鼻から息を抜き、待たせているであろうパーテーションの向こうへ言葉を投げた。
「オーケー、次の方、どうぞ――……」
小説の詳説 仇辺 拾遺 @adabe
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