第6話 ~エキドナの子は急降下する~

「ジョンソン、攻めあぐねてるわね……」


 自前の羽で空を滑空する益努奈々えきど ななは、ジョンソンと少女の戦いを静観していた。


 霧はとっくに晴れ、戦いの細部まではっきりと見えるようになってはいるが、未だに決め手がないまま、既に数十分は経過している。


 奈々はなにか少女の隙となる瞬間を探りながら、ジョンソンがピンチになった時にすぐ駆け付けられるように警戒をしていた。


「あぁもう!じれったいわねぇ!ジョンソンは仕事を終えてから数カ月ほど休むってリズムだから、結構腕なまってんじゃないのかしら?私と会った時はもう少し冷酷な感じだったのに、今ではなんか常識人ポジションにいるつもりなのかしら?最初はもうちょっとカッコよかったのに……」


 奈々とジョンソンが初めて会ったのは、約150年前であり、ジョンソンが日本に移住し始めて少し経ったある日である。


 その日は奈々が日本に住み始めて数年の段階であり、人治衛じんちえい株式会社(インヒューマ株式会社の昔の名前)は、設立されてから20年が経っていた。


 その時のジョンソンは、新しい地であることから日本という国をかなり警戒しており、冷酷さもあってかかなり近寄り難い性格をしていた。


 逆に奈々は、新しい地ではかなり委縮をするタイプなので、ジョンソンと奈々の関係は今とはまったくの逆であった。


 当時ジョンソンは、仕事を任せれば確実にこなしてくれるという評判だったため、奈々はしばらくジョンソンを目標に会社で働いていたのだった。


 だが、今となってはそれも笑い話で、ジョンソンが日本に慣れてからは、日本の空気に当てられてか年のせいか妙に温和になり、戦闘の腕も仕事に支障はないが、日本で暮らす以前のジョンソンと比べたら、その腕はなまりきっているという感じだ。


 そのため、当時のジョンソンを知る奈々から見た今行われている戦闘は、とても評判が良かった吸血鬼とは思えないほど、腕が落ちているように感じていたのだった。


「仕方ないわね。私も加勢しようかしら!」


 そう覚悟を決め、戦闘の最中の二人に向け急降下を始めるのであった。


 一方、時は数分前、ジョンソンと少女は互いに苦戦していた。


「お互い、中々決め手が見つからないですね」


「剣対無手……あーし絶対有利のこの状況で、中々倒せねぇってのが人間対妖怪のいやぁ~なトコ ……お互いそろそろ幕引きと行きやしょう!」


 少女が剣を右上手に持ち刃先をジョンソンに向けると、それに呼応するようにジョンソンも両手を少し前に構えて迎撃態勢を取る。


 少しの睨み合いの後、霧が原因で付いた街頭の水滴が落ちる音と共に二人は走り出し、両者が乗っていたコンテナの間に作られた溝を越えるために、ジョンソンが先にジャンプをし少女が乗っていたコンテナに着地した。


「どこへ!?」


 ジョンソンが瞬きをする前までコンテナに乗っていた少女は、その瞬きをする一瞬の隙を見逃さずにジョンソンのジャンプを越える高さにまで跳躍していた。


 そしてジョンソンが周囲を見回している隙に空中で体勢を整えた少女は、剣の刃先を下に向けて、持ち手を逆手でしっかりと両手で握りしめて、ジョンソンの首目掛けて落下をしていた。


「その首貰ったァアア!!」


「上!」


 勝利を確信した少女はそう叫び、ジョンソンもそれに反応して勘で上から降りかかるであろう斬撃を受け切ろうと、両手を上にクロスするように防御態勢を取る。


「ゲッ!」


「クッ……」


 ある程度の痛みを覚悟し防御に集中するジョンソンは、少女の少しの漏れた声を聞き逃していた。


「あれ……?」


「だから武器を何も装備しないのは良くないって言ったでしょう?」


 ジョンソンは聞き覚えのある声がする方向、つまり上を向くとそこには、奈々が先程までジョンソンと戦っていた少女を脇に抱えて空中を浮遊していた。


「奈々!……さん。もしかして殺したんですか?」


「はぁ?まずは助けていただきありがとうございましたでしょう……それとこの子は殺してはないわ。ただ気絶して眠っているだけ」


 ジョンソンの素っ頓狂な返事に半ば呆れる奈々は、飛ぶのを止めてジョンソンがいるコンテナに着地した。


「それにしてもアンタ苦戦し過ぎよ。昔のアンタならこんな小娘ちょちょいのちょいでしょうに」


「あの時は血気盛んだったからねぇ……地味に今じゃ黒歴史ですよ。人の血も日本に住み始めてからは止めましたし、もう吸血鬼としては弱いですよ」


「でしょうね。でもそれは完全に言い訳よ、人の血を飲まなくてもアンタの父親は強かったでしょう?もうとっくにこの現代社会に馴染み過ぎたのよ」


「そうかもしれませんね。私もそろそろ引―――」


 ジョンソンはコンテナ群の奥に蠢く、ドス黒い気配のようなものを感じ取り、奈々との会話を止めてその方向に目を向けた。


 級に話を止めて一方向を警戒するジョンソンに対して、まだその気配に気づいていない奈々は問いかける。


「どうしたの?」


「奈々さん、少し警戒しておいた方が良さそうです。先程からなにか嫌な気配を感じますので」


「まぁそうね。ここはまだ一応敵陣の最中だもの」


 闇に潜む吸血鬼は、同じ闇に潜む魔物や妖怪の気配にはすぐに気付くようで、一方奈々はエキドナの子と言えど、原種のような洞窟に潜み敵を狩るなどという行為はしてこなかったため、敵意を探る能力などがあまり無いということもあり、まだドス黒い気配には気付けていなかった。


 だが、その気配は中々動く様子は無く、次第に気配が薄れて行き完全に消えたのだった。

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現代吸血日誌 アスパラガッソ @nyannkomofumofukimotiiina

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