第12話 喚んでねぇ! 1

「喚ぶって言ってもここと向こうはめちゃくちゃ離れてそうだから…魔力足りないだろうな。今すぐ向こうの誰かを呼ぶのは無理だ。こっちの世界で探してみるしかないな。気配感じないのはここが迷宮の中だからだといいんだが。アイテムボックスの中の精霊もきれいサッパリいなくなってるし、ここに入ってた精霊たちはシグレたち大丈夫か?」


 ゴソゴソ、ガサガサとアイテムボックスをあさりながら色々と思案するノア。

 喚ぶ対象を様々な条件で絞り込む限定召喚を使うには今のノアでは情報不足だ。

 ここはどこなのか。

 周囲に精霊はいるのか、いないのか。

 居たとして、それはどのような精霊なのか。

 名前はあるのか。

 どんな姿なのか。

 イメージが大事な限定召喚。その殆どを持っていないのだ。これでは碌に発動もできまい。

 そうなると必然的に、条件付けがない、もしくは非常に緩い無指定召喚の出番になる。

 当たり(土や植物の精霊)を引くまで追われないが、それでも発動できないよりはマシだろう。


「おっ、あった!『召喚魔法補助セット』」


 高く掲げられたのは、魔法陣からピンク色のミニドラゴンがちょこんと顔を覗かせ、その周りもやたらと女の子っぽい装飾の可愛いデザインの箱。

 これは、夢魔で研究者な変わり者の配下が作ったものだ。

 中身は魔法陣を地面に描き、魔法の維持をたすけるためのチョーク。

 魔法の魔力を肩代わりするために砕く為の魔石。

 術者のを護る魔法を自動展開してくれる魔導具等々多岐にわたる。


 どれもこれも一級品で、魔法の維持、魔力消費、使い勝手が劇的に向上する。


 実はこれらのセットは本来らすべての使い手が楽をできるようにと作られた代物ではあるものの、魔導具やら何やらの都合で結局個人の魔力に合わせた一品物となった過去がある。

 全ての調整を終えたあとに気が付いた製作者が発狂していたりするのだが、やってしまった物は仕方がないと、魔力部分の調整に協力したじっけんだいになったノアがそのまま使っている。


 ただ‥


「便利なんだけど、けどなぁ〜。このデザインだけはホントにどうにかならないか?」


 引き攣った顔で箱をグルッと回してみる。

 ピンクの箱に濃淡の違うハート、ハート、花、ハート、ハート…。

 極めつけはドラゴンの意匠。

 ピンクの箱にピンクのドラゴンを描く為にわざわざ版画の要領で箱の表面を彫り、そこを黒く塗ってピンクのドラゴンの鱗や目、体等の輪郭を描いている。


 悲しいかな、ノアが目を離した隙に最初は普通の箱だったコレをピンクをこよなく愛する別の配下バカがこんな有様にしてしまったのである。


 戻そうとしたが、魔法でガッツリ着色固定され、無理に色を剥がそうとするとアイテムボックスになっている箱自体にも悪影響が出そうであったため、泣く泣くこのまま使っている。

 この箱はとても高いのだ。



 まぁ、いつまでもメソメソしていられない。

 それに、自室をピンクのぬいぐるみまみれにされ、本来そこにあったロマンコレクションを処分されかけたときよりはマシだ。


 さらなる痛みを思い出し、なんとか正気に戻ったノアは箱からチョークを取り出すと、地面へ対象を呼び出す場所となる魔法陣を描いていく。

 本来は召喚魔法を使いつつ自分の魔力で出現場所の陣を描き、魔法と陣の双方を維持しながら魔力を流さなければ喚び出すことができないため非常に大変なのだ。

 基本的な召喚魔法を使う際の技術的な難しさの8割はこの部分だと言われる。

 だが、予め魔力伝導率の高い素材で陣を描き、魔力の流れ道を作る事が出来ればただ魔力を流し続けるだけで魔法陣の維持が可能になる。


 そして陣の中央に、魔法陣の描かれた布を魔力を込めつつぽいっと放り込んだ。

 すると、薄水色の膜のようなものが現れ、陣を覆う。

 これは、召喚された存在から術者を守る魔導具だ。

 さらに魔力制御を向上させる短杖やら、魅了やら何やらを防ぐネックレスなど、とりあえず全部を然るべき場所に置いて、身につけていく。


 そして、最後に召喚すると大量に持っていかれる魔力を補うための魔石を砕く。

 召喚魔法は、制御能力さえあれば周囲の魔力を取り込んで魔力のかさ増しに使える。

 魔石を砕き、周囲の魔力ごと取り込めば魔石から魔力を吸い出すよりロスが少なく、手早く終わらせることができるのだ。

 どうにかして制御してしまえばかなり魔力を節約でき、魔力を節約したいノアにとってはかなり重要な工程である。


 ちなみに、失敗すると城一つ吹き飛ぶくらいの爆発が起こる。

 なんとなくできそうだから。と思いついたまま試して、別邸を吹き飛ばした後に配下から雷を落とされたのはノアの記憶に新しい。


 初めてブチ切れた配下の鬼の形相を思い出しビビりながらも、すべての準備を完了させた。


 ノアは、魔法陣の前に立つと手に持った短杖をかざし、召喚魔法を構築していく。

 絶対に成功させたいので、滅多にやらない完全詠唱だ。


『我らが同祖を継ぎし者。我が魔力に応えし者よ。理なる母と歩むその御業、一端を我に与え給え。我、風の娘を継ぎし者。盟解くまで、我と共に歩まん。』


 チカチカと魔法陣が輝くと同時に、魔力が少し減る。どうやら正常に魔法は発動したようだ。


 あとはこれに答えた精霊を、魔力という対価を払ってこちらへ喚び出すだけだ。


(精霊がいないのは、この迷宮の中なのか、それともーーーこの世界にいないのか…果たしてどっちだ?)


 これで精霊が現れないなら、少なくともこの星周辺には精霊がいないということになる。

 そうなったら…そうノアが考えた時。


『ーーーー』


「っ!!」


 僅かな声がした、気がする。

 普段の呼びかけに応える声とは比べ物にならない、蚊の鳴くような声ではあるが、たしかに聞こえた。


 ノアは慌てつつも正確に、召喚対象をこちらに呼び込む段階へと魔法を進めた。

 次の瞬間。


「ぐぅっっ!?」 


 恐ろしい量の魔力を持っていかれる。

 上級精霊か、それ以上。魔力馬鹿ノアの魔力をもってしても足りない、前の世界でも経験したことがないレベルの魔力要求量。


 慌てて周辺から魔力を取り込み、ノアの魔力と共に魔法陣へと垂れ流す。


 無限に続くかと思われた数分。

 ノアの魔力がそろそろ尽きるかといったタイミングで、魔力の吸収がピタリとやんだ。


 魔法陣は召喚を始める前とは比べ物にならないレベルで輝き、一際輝いたと思えばあっという間に周囲を光が飲み込んだ。


 突然の閃光に目を灼かれ、なんとか復帰したノアが目にしたのは…


「うそん。」


 白く輝くひし形の宝石状の何かだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

3日ごと 17:00 予定は変更される可能性があります

異世界魔王は迷宮から出たい! さざなみ @kenke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ