第2話 魔剣開発部、その会議風景

「はーい、会議を始めるぞー」

「所長~。その前にレイン先輩に謝罪させたいっす~」

「俺の沸かした風呂に勝手に入ったセシリアが悪い、以上閉廷へいてい

「起きたら風呂湧いてるっすも~ん。そりゃ入るっすよ~」


 オイラもうお嫁にいけな~いと、セシリアが泣いているフリをしている。結婚より魔剣を優先してるくせに、と思ったのは内緒だ。

 俺たち三人はそれを無視して椅子に座り、所長はいつも俺たちが会議室代わりに使っているリビングのテーブルに『予算がない』と書かれた一枚の紙を置く。


「とりあえず、予算が無い。昨日本部に送った魔剣の開発ですっからかんだ」

「どっかの誰かが、オレが丹精込めて作った剣をポキポキポキポキ折りやがるからよぉ……」

「はぁ? 基礎の付与式六つ書き込む程度で折れる軟弱な土台作るからだろ?」

「やんのかてめぇ?」

「おう、やってやるよ」


 隣に座っていたユフィーと額を擦り合うようにして俺はメンチを切る。本部の要望を叶えるために俺が剣に付与しなければならなかった付与式は、最終的に八個。六個程度で折れてるようじゃ意味が無い。

 ユフィーが赤いツインテと一緒に、メンチを切りながら俺のことを煽ってくる。


「もっと効率のいい付与式ぐらい書けねぇのかよ、レイン?」

「おまっ、俺があのやわやわな剣に付与するために、どれだけ苦労して効率化したかも知らずによぉ⁉ お前こそもっと硬い剣作れよ、ユフィー!」

「あの素材で出来る限界の硬度がアレだったんだよクソが! プロトタイプじゃ上手くいってたろ! あんなゴミみたいな素材渡されて、オレがどれだけ硬度を出すかで苦労したと思ってんだ⁉」

「それは聞き捨てならないっすね~ユフィー先輩。本部の要望が『もっと安価に』なんて言うっすから、オイラ提示された金額のなかで必死にあの素材たちを探したんすよ~? 膨大にある組み合わせと、限りある金額からはじき出した最高の素材たちを『ゴミ』って言うなっす~」


 俺たちのケンカにセシリアも参加して、会議は踊れど進まない。そんな様子を見て、所長は手をぱんぱんと鳴らして俺たちの気を引いた。


「終わったことをいつまでもグチグチ言うな。それに、全員得るものはあっただろう?」

「「「まぁ……たしかに」」」

「そういう意味では『良い機会だった』と思って、次のプロトタイプに有効活用してくれ」


 話は終わりだ、とばかりにテーブルに放置されていた紙をペンでコンコン指し示してくる所長。ヒートアップした空気もすっかり抜け、俺たちは大人しく椅子に座り直して『予算が無い』という問題に頭を回す。

 そんななか、ふと何かを思ったのかユフィーが所長に質問した。


「てか、こういう時って追加予算とかねぇのかよ?」

「魔剣を送るときにそのむねを伝える手紙も送っておいたぞ、ユフィー。なんたって私は優秀だからな!」

「はいはいすごいすごい。んなら良いんじゃねえの? 届くまでは趣味の魔剣でも作るわ」


 議論終了、本日の会議時間は5秒。「風呂入ってさっぱりしたし、眠くなるまで剣打ってくるわ」と席を立とうとしたユフィーを所長が慌ててとめる。


「待て待て、そう簡単な話じゃない。我々の明日の飯も無い状況なんだ、追加予算が決定されるのもいつか分からん。すぐに決まっても、ここまで金を持って来るのに時間がかかる」

「えぇ……じゃあどうします? ほら、優秀な所長なんだからさっさと思い付いてくださいよ」

「私は優秀だから、みんなの意見を聞くことが出来る。だから何か思いつけ、レイン、ユフィー、セシリア」

「人任せじゃないっすか所長~……ん~倉庫に眠ってるプロトタイプ何本か売ればいいじゃないっすか?」


 邪魔ですしあれ、とピンと人差し指を立ててセシリアが意見を述べた。まぁ確かに倉庫の肥やしにしかならないから出来れば売りたいんだが……しかし所長はセシリアの意見を聞いて首を横に振る。


プロトタイプ試作品は出力が不安定だったり、あまりにも強すぎたりする理由で世に出してないものだからな。売ってでもして大事故になった時に、私は責任を負いたくない」

「うわぁ、清々しいほどのクズ」

「『リスク管理』と言いたまえ、レイン。というわけで却下だ」

「つってもオレは金ねーぞ? 給料全て趣味で作ってる魔剣の材料費にぶっこんでるし」


 ユフィーの言葉に、俺とセシリアも激しく首を縦に振る。俺達だって趣味の魔剣作りに給料つぎ込みまくってるから金なんて残ってない。

 一応『研究費』という名目上で予算を貰ってはいるが、そんなちっぽけな金で魔剣作りが進むはずもなく。


 俺たちは自分の給料もつっこんでは、自分たちが目指す『魔剣』を作っている。どうせ寝るところはこの建物だし、食う飯も俺たちの給料から天引きした金で近くの街から買ってたからな。安心して手元のお金全部使ってたわ。


「レインはともかく、ユフィーとセシリアは少しおしゃれにも気を使え」

「「興味ない」」

「分かる、私も興味はない。興味はない……のだが、人前に出る都合上、気を使わなければならないのだよ」

「で、本音は?」

「自分たちだけ魔剣にリソース全部注ぎ込めてズルい。私もやりたい」


 所長もこっち側の人間だった。まぁそれは置いといて、と所長は『プロトタイプの販売』と書いた文字を横線で消す。


「ほら、一番後輩のセシリアはアイデア出したぞ。先輩の二人は何も無いのか」

「そーだなー、どこかのダンジョンでも潜って冒険者の真似事でもしてみるか?」

「この四人でパーティーでも組むのかユフィー? んー、まぁ最悪それだな。ユフィーはたまに素材を自分で集めるためにダンジョン潜ってるし、私もプロトタイプの魔剣を使ったらそこそこの戦力になるだろう」

「うちの商会って副業禁止じゃなかったでしたっけ?」

「魔剣の情報漏洩の観点からな。まぁ、ダンジョンという限られた空間においてなら良いだろう」


 内密にやればバレんバレん、と『冒険者稼業』と書いた横に『内密!』と付け足しながら所長はニヤリと笑うのだった。

 セシリア、ユフィーとアイデアを出して、残るは俺。そうだなぁ……何か思いつかないかと、俺は窓から外の景色を眺めてみた。

 広い高原に風が吹いて草木が揺れている。部署の前には街に続く道が伸びていて見渡しやすく、今日は空が晴れているのもあって青い空が遠くまで広がっていた。


 のんびりとした外の景色を見て、俺はふと一つのアイデアを思いつく。


「作物とか、育てられればいいですけどね」

「あー、今の季節は春だからな。だが一年はかかるぞ」

「……その時間だけ、魔剣で消し飛ばせませんかね?」

「ほう? 面白いアイデアだなレイン」


 俺の『魔剣』という言葉に、三人の目の色が変わった。この魔剣ジャンキー共め……だが今の俺も多分、みんなと同じ目をしているんだろうな。

 なにか面白そうなことが出来そうな予感がしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る