こちらサリバン商会、トラブルだらけの魔剣開発出張所!

夏歌 沙流

第1話 魔剣開発部、その日常

 サリバン商会。『大陸一の大商会』の名を欲しいままにしているこの商会は、他の商会と違い『魔剣を売っている』という大きな特徴がある。

 高価だが、強力で使いやすい――世界的に有名な冒険者のほとんどがサリバン印の魔剣を持って日々魔物と対峙しているということもあり、サリバン商会の名は世界中に轟いていた。


「っすぅ……まずいな」

「これぇ……まずいですよね?」


 そんなサリバン商会の屋台骨である『魔剣開発部』。本部のある王都から遠く離れた辺境に存在する部署の中で、髪がボサボサになっている女性所長と目の隈が酷いことになっている――レインは目の前のトラブルに頭を悩ませていた。

 それは……。


「うむ、予算が無い!」

「思った以上に新しい魔剣がコストかかって、開発予算以外のリソースも全部ぶっこみましたからね」

「はっはっは、明日から社食はもやしだ!」

「はははっ、これもやしも買えないっすよ所長~?」


 そう、予算が無いのである。所長室にある空っぽの金庫を前に、笑うしかない俺たち。やっと出来上がった魔剣を本部に送ったら『コストが高すぎる』と一言だけ返ってきて部署内のメンバー全員でブチぎれながら連日徹夜でもう一本魔剣を制作したのだ。

 何回やったか分からない試行錯誤の末に出来た一本を本部に送った時には、俺たちは全て出し尽くしていた――精根も貯金も。

 

「まったく、本部の無茶ぶりにも困ったものだ……」

「納期はそのままに『コストは削れ、性能は下げるな』ですもんね。鬼畜の極みかって話ですよ」

「他の二人は?」

「さあ、寝てるんじゃないですか? ふあぁ……ま、この後どうするかはあいつらも集まってから考えましょうよ。俺は風呂に入って寝ます」


 俺が手をひらひらと振りながら所長室を出ようとしたとき、ガッと肩を掴まれる。早く風呂に入りたいってのに……迷惑そうに眉をひそめながら振り返れば、所長がにっこりと笑いながら俺の肩に手を乗せていた。


「今、『風呂に入って』と聞こえたが?」

「えぇ。俺、ここに来る前に風呂にお湯入れてきたので」

「ごくろう、この部署で一番偉い私をねぎらうために風呂を沸かしてくれたのだな」


 うんうんと感慨深そうに頷きながら、そんな世迷言をのたまう所長。俺はやれやれと肩をすくめてふざけたことを抜かす所長バカに再び向き直る。


「いいですかてめぇ」

「敬語が抜けてるぞ」

「おっとつい本音が。まぁいいじゃないですか」

「私への敬意も抜けてるぞ」


 ふざけたことを抜かす馬鹿に向ける敬意など、生憎あいにく俺は持ちあわせていない。

 俺が風呂に入りたいからこの部署にある風呂を沸かしたのだ、誰にも渡さん。なんなら俺が入った後に風呂の栓を抜くまである。


「俺が入れたんです。俺が先です」

「男だろう、少しぐらい我慢しろ」

「うーっわそれパワハラですよ所長! 今どき男女平等です!」

「なんだ? 男女平等だからって私と一緒に入る気か? 変態め!」


 両腕で自身の身体を掻き抱きながら頬を染める所長。たしかにスタイルも良いし美人でもあるが、今は所長の亜麻色の長髪はボサボサだし連日の徹夜で目の下の隈も酷いしで、軽いホラーじみている所長に対してそんな欲は微塵も湧かない。


 ギャーギャーと『風呂を先に入るのはどっちか』でケンカする俺と所長。普段はこんなくだらないことはしないが、寝不足で頭の回ってない俺たちはそのことにすら気が付かない。

 そんな時、口喧嘩がヒートアップしていく俺たちのいる所長室の扉がいきなり粉砕して一人の女の子が飛び込んできた。


――バキバキバキィッ!

「うっせーぞてめぇら! オレが寝てたってのにギャースカ騒ぐんじゃねぇ!」

「お、良いところに来たなユフィー! このレインの馬鹿を説教してくれ!」

「騙されるなユフィー! 所長は権力を濫用らんようしてるだけなんだ!」

「うるっ……せええええええぇ‼」


 赤いツインテールを振り回しながら所長室に入ってきた鍛冶士のユフィーが、怒声を上げながら手に持っていた巨大なハンマーを振り下ろす。あっぶねぇ⁉

 俺たちが慌てて避けると、ハンマーが所長室の床をぶち抜く。バキバキバキィと所長室の床に穴が開いたのを尻もちをつきながら見ていた俺は、思わずユフィーに抗議の声を上げた。


「いきなり何すんだユフィー⁉」

「それはこっちのセリフだゴラァ! こちとら寝不足なんだよ、静かに出来ねぇのかてめぇらは⁉」

「これは死活問題なのだユフィー、このレインとかいう男……私より先に風呂に入るつもりなのだぞ?」

「んなしょーもないことで……っ、ん? レインお前、風呂沸かしたのか?」

「あ、あぁ。入りてーし」


 ハンマーを肩に乗せながら俺の方にユフィーが聞いてきたので、俺が立ち上がってお尻の埃を手ではたき落としながら肯定すると、ユフィーは自分の身体を嗅ぐように鼻をひくつかせた。

 ユフィーもこの連日の徹夜作業で、炭や泥がいたるところに付いていてドロドロだ。ニヤリと笑ったユフィーの顔に、俺は嫌な予感を覚える。


「ケンカ両成敗だ、風呂はオレがもらう」

「んなっ⁉ 横取りなんざさせるか、風呂は俺が沸かしたんだぞ⁉」

「そうだ、ユフィーはチビだから洗う時間が少ないし、レインは男だから風呂に長く入らない! ならば先に時間のかかるである『この私』が先ではないか⁉」

「――あぁ?」


 所長の言葉にユフィーの纏う雰囲気が変わる。あーあ、所長寝不足で言葉選びをミスったな。ユフィーの地雷踏んじまった。

 ――彼女のコンプレックスは、その幼女にしか見えない自身の外見だというのに。


 黒いオーラを漂わせながらゆらりと所長に近付くユフィー。だらりと赤いツインテールを垂らして俯き、表情の見えない彼女に所長が不気味さを覚えたのか一歩後ろに下がる。

 ユフィーはドスの効いた低い声で所長にメンチを切った。


「だ・れ・が、チビで低身長でまるで幼女にしか見えないガキだ、あぁん……?」

「言ってない! そこまで言ってないぞユフィー⁉」

「てめぇをこのハンマーで上から殴ったら、少しは身長縮むだろ所長ォ!」

「ぎゃああああああ!」


 ユフィーはハンマーを振り上げて、室内で所長を追いかけまわしはじめた。ぐるぐると逃げ回っている二人の光景をボーっと見ていると、俺はあることを思いつく。

 今風呂入ったらいいんじゃね?


 所長もユフィーも互いを気にして余裕がなさそうだし、今が絶好のチャンス。俺は扉の無くなった所長室から音を立てずに抜け出すと、階段を下りて一階の風呂場に直行した。


「いっちばん風呂ー、いっちばん風呂~っと」


 ドタバタとうるさい二階の音に、まだ掛かりそうだなと思いながら手早く服を抜いで風呂場の扉を開ける。身体がベタベタで気持ち悪い、さっさと流して風呂に浸かろう――。


「――んあ~? レイン先輩~?」

「あ? セシリアか?」


 その時、湯船の方から俺の名前を呼ぶ声がした。置いていた風呂おけに手を伸ばそうとしていた俺が、その態勢のまま風呂の方を見ると、気だるそうにこちらを仰向けになりながら見てくる金髪ボブの少女が一人。


「いきなりどうしたっすか先輩~? 性欲に負けてオイラを襲いに来たっすか~?」

「俺の沸かした風呂に勝手に入ってんじゃねえええぇ! オラァ!」

「えぇ……普通怒るのオイラの方じゃ――あだっ」


 怒りのあまり俺は手に持っていた桶を彼女の顔面に向かってぶん投げる。俺のアンダースロー気味に投げた桶は、かこーんと良い音を鳴らしてセシリアの額に直撃するのであった。

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