猫かぶり


 彼女は本音が言えない人だった。いつも言葉を飲みこんで、相手が求めるように振る舞っていた。彼女は悪口を言われても曖昧に受け流し、余計な仕事を増やされても文句ひとつ言わずに対処し、不躾な扱いにも愛想よく応じた。

 

「そうなに我慢してつらくならない?」私は尋ねた。

「もう慣れてしまったから、大変ではないんだけど」


 はたしてそうだったのだろうか? おとなしさや従順さでは必ずしも良い人間関係を築けない。むしろ軽んじられ、悪どい連中につけこまれることが多い、少なくとも彼女を見ているとそう思えてならなかった。


「むしろ、思ってることを言う方が疲れるの。相手に自分のことを分からせるって、とても骨が折れるから」



 彼女は病気になった。肉が溶けて皮膚がたるみ、伸びて剥がれ落ち、どんどん小さくなっていくのだ。それはなかなかグロテスクで、治療法も見つからなかった。


「自分が自分でなくなっていくみたい──というか、私には自分というものがなかった気がする……だから、消えてなくなるまでこの病気は治らないんじゃないかって、それが怖い」



 最終的に、彼女は猫になった。きれいなブチの小柄な猫だ。それが彼女の本質だったのか、猫をかぶりすぎて本当に猫になってしまったのか、理由はよく分からない。彼女はふわふわの毛布の中で好きなだけ寝て、毛糸玉を追いかけて遊び、食べ物を選り好みした。彼女はもう他人に合わせる気がないだけでなく、相変わらず他人に自分を理解させる気もなかった。ただ「私は好きにやるから、あなたもご自由に」というような雰囲気があった

──いや、私がそう解釈しただけで、まったく見当違いかもしれないが。

 とりあえず、彼女は人間だった時より気楽に過ごしているようなので、これで良かったのだろう。

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