2②
実際、サツキ以外のセフレにはルカの話はしてねえし、最近サツキに会う度にルカの話をしてる。
でも「ルカの話」っつっても愚痴ってるだけだし、ルカの話が出来るからサツキに会いに行こうなんて一回も思った事ねえ。
それに今は、ルカの事を話題に出すのも仕方ねえと思う。
最近のルカに対する違和感が全然拭えねえんだから。
兄貴が帰ってきてからおかしい。
元々おかしかったところから斜め方向におかしくなってやがる。
心ここにあらずっつーか、何に対しても無関心になってやがるっつーか。
とにかく、おかしい。
だから。
「ルカの話すんのは、不可抗力っつーか、最近のあいつおかしいから、サツキに意見を聞こうと思って……」
ルカの話になっちまうだけ。
それ以外の理由はない。
ある訳ない。
「お兄さんが帰ってきてからおかしいのよね?」
「そうだよ」
「何だっけ? 意味不明な事言わなくなったんだっけ?」
「そうだよ。何言ってんのか分かんねえ質問してこなくなったし、俺が離れても気にしなくなったし、散歩ん時も枝も小石も投げねえんだよ」
「しかも無表情なんだっけ?」
「無表情っつーか、ずっと同じ顔してるっつーか。微かに目が据わってやがる」
「それが気になって仕方ないのよね?」
「は? 別に気になるってほどじゃ――」
「そっか。気になるってほどじゃないけど、今までは暇じゃなかった時間が暇に感じちゃうんだね?」
「あん?」
「そういうの世間一般じゃ、すっごく気にしてるって言うのよ」
ケラケラと楽しそうに笑ったサツキは、「あんたのそういう分かりやすいところ好きよ」と適当な感じで言った。
ガキ扱いの次は、雑な扱いを受ける羽目になった。
これも元を正せばルカの所為だ。
「気にしてねえよ! 別に!」
ムキに否定したらまたガキ扱いされるから絶対にやめようと思ってたのに、勝手に口から出た言葉はまんまガキだった。
案の定、サツキは「はいはい」って感じの表情でこっちを見てくる。
口許に笑みまで浮かべて。
今日はツイてねえ日なのかもしれねえ。
「あんたが気にしてないって言うならそれでいいんじゃない? 自覚してるかどうかなんて然程重要な事じゃないし」
「何だよ、その言い方。マジで気にしてねえって言ってんだろ」
「分かったって」
「俺があいつの話すんのは、あいつの事が気になるからじゃなくて、俺がすっきりしねえっつーか、何か気持ち悪いっつーか……上手く言えねえけど、糞詰まりみたいな感じで落ち着かねえから……」
「本当、上手く言えてない。選りにも選って糞詰まりって」
「しょうがねえだろ。どう言えばいいか分かんねえんだから。初めてなんだよ、こういうの」
「知ってる」
「知ってる?」
「そうよ。あんたとは付き合い長いから知ってる。こういうのが初めての経験だって事も、だからこそ戸惑ってる事も」
「サツキは何でもお見通しってか?」
「あんたの事なら分かるのよ」
眉を上げた、得意げな表情をつくったサツキは、ソファの背凭れに深く寄り掛かると、「ビール飲みたいなあ」と独り言には思えない呟きを口にした。
仕方ねえからキッチンに行って冷蔵庫から缶ビールを二本取り出したら、「ついでにチーズも持ってきて!」と追加注文された。
状況からして、「俺を小間使いに使うんじゃねえよ」って冗談でも言えないだけに、サツキの言葉に嘘はない。
確かに俺の事ならよく分かってる。
缶ビールとチーズを持ってソファに戻ったら、「ありがと」って笑顔で言われた。
その笑顔の中に疲れを感じ取れたのは、俺もサツキの事を分かってるからだろう。
「仕事、忙しいのか?」
隣に座り直しながら聞いてみたら、「まあ、ちょっと色々あんのよ」と曖昧な答えが返ってきた。
「俺、邪魔か?」
「うん?」
「疲れてんのに、こうやって来てんの邪魔じゃね?」
「邪魔じゃないわよ。あんたはどっちかって言えば癒し」
「ルカの話ばっかしてても?」
「成長していくあんたを見んのが癒しなんじゃない」
サツキはクスクスと笑って缶ビールをひと口飲むと、徐に口を開いた。
親が子供に諭すような口調で。
「あんたは今まで、誰かと深い付き合いした事ないでしょ」
俺の事を語る。
「あんたは友達も多いしセフレも何人もいるけど、あたしが知ってる限りじゃ親友って呼べる相手もいなきゃ本気で好きになった女もいない。意識的にか無意識にかは分かんないけど、どっかで他人と一線引いて深入りしないようにしてる。それがダメって言ってるんじゃないよ? 人によってはそういうのがいいって思う人もいるし、実際今のあんたの周りにいるのはみんなそう思ってる人間だと思うし。人ってさ、生きてく上で必要とあらば変わっていくもんなの。あんたがずっとそんな風でいたのは、他人との深い関わりが今まで必要なかったって事。ただの環境の問題。で、その環境が仕事を始めた事で変わった。仕事とはいえ、他人と深く関わる羽目になった。だから戸惑ってんのよ。初めての事ばっかで。分かんない事が多いのも当然なのよ」
そんな事ねえよ――って否定したかった。
でもそれは、「したい」だけで「出来る」訳じゃなかった。
他人と一線を引いてるって、何か冷たい人間だって言われてるみたいだから否定したい。
他人と一線引こうって思った事もないから否定したい。
けど出来ない。
サツキが言うように、親友って呼べるほどの友達はいないし、本気で好きになった女もいない。
憧れの環兄ちゃんとですら、年の差の所為だとかお互いの時間が合わない所為だとかで深い関わりがある訳じゃない。
だから無意識に他人と一線引いてんのかもって思ってしまう。
思ってしまうっつーか、サツキに言われて納得するくらいだから、実際そうなんだろう。
――けど。
「ルカと深い関係じゃねえよ。俺なんてただの犬扱いだぞ!?」
これだけは言える。
胸を張って言える。
他の誰とでも深い関係だって言われてもいいけど、あいつだけはご免こうむる。
全力で否定させてもらう。
ムキになった俺をサツキは洟で笑った。
既に雲行きが怪しい。
諭される感満載だ。
そして案の定。
「あんたの今までの人生に於いて、あのお姫様以上に深く関わってる相手っていないでしょうに」
得意げに言われる。
俺の事なら何でも知ってますって感じと、あたしの言う事に間違いはないって感じを全面に出して。
「てかね、一日の大半を一緒に過ごして、深く関わってませんって有り得ないから。大きい会社に勤めてるならまだしも、狭い空間でずっとお姫様の隣にいるんでしょ。しかも殆ど毎日よ。そういえば旅行も一緒に行ってたしね」
「りょ、旅行じゃねえよ! あれは旅行じゃねえ! 宇宙人を探すとか訳分かんねえもんに付き合わされたんだ! てか、あれは拉致だ! 拉致されたんだ!」
「でも一緒に過ごしたでしょ? 夜明けを共に迎えたんだよね?」
「だからそれは、あいつに夜中連れ出された挙句に、あいつが無神経で寝ちまったから――」
「一緒にいたのは違いないじゃない。それだけ一緒にいる時間が長くて、関わりないってのはおかしいでしょ。あんた今までそんなに長い時間、他人と一緒にいた事ある? ないよね?」
「ある――とは言えないけども……」
「でしょ? それにあんたはあのお姫様の家族の事を多少は知ってるし、あのお姫様を取り巻く環境も理解してる。それって深く関わりがある証拠でしょ。あんたが知ってる情報量を以って、表面上の関係だなんて言わない。あのお姫様の変化に気付いたのだって、それだけ相手を理解してるからって事。あんたにとってあのお姫様は、今まで出会った誰よりも関わりを持ってる」
「……気に入らねえ」
「何が?」
「俺があいつと深い関係築いてるって事がだよ。そんなつもりねえし、つーかあいつと一緒にいんのは仕事上仕方なくだし、深く関わりたいって思ってねえし」
「変化に戸惑う気持ちは分かる。あたしは、そういうあんたを見んのが楽しいけどね。成長していく姿を見てると癒される」
「何だ、それ」
「あんたがお姫様の話をあたしにしか出来ないところも可愛くって仕方ないわ」
ケラケラ笑ったサツキの見慣れた笑顔に付き合いの長さを感じた。
笑い方はずっと変わらない。
俺の前でだけする表情。
だからちょっと虚しくなった。
「俺、サツキとも一線引いてるか?」
問いにサツキは笑うのをやめて、「当たり前でしょ」と言う。
「だから何にも聞いてこないんじゃない」
それが有り難いって感じに言葉を吐き出して、サツキはシャワーを浴びに風呂場に行った。
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