2①
俺の予想は正しかった。
ルカの部屋に乱入してきた男はルカの兄貴で、成宮家の次男だった。
それが分かったのは、兄貴が乱入してきた翌日。
家庭教師の平野が教えてくれた。
事実を確認するのに一晩掛かった理由は、兄貴が乱入してきたその日の夜、環兄ちゃんに聞こうと思ってメッセージをしたのに返信がなかったから。
どうやら環兄ちゃんは仕事が忙しいらしい。
結局返事がきたのは三日後で、その時にはもう事実を把握してたから、質問するまでもなかった。
一応メッセージに「仕事忙しい?」って書いてみたら、「忙しい」って書いてるだけの返信がきた。
その後、「時間が出来たら一緒に飲みに行こうぜ」ってメッセージを打ったのに、もう返信はこなかった。
相当忙しいみたいだ。
環兄ちゃんの体が心配だ。
仕事のしすぎで倒れたりしないだろうか。
環兄ちゃんとは逆に、俺はすこぶる暇な毎日を送ってる。
ルカの兄貴が突然登場して以来、お役御免状態になった。
この一週間、一応仕事終わりとされてる時間よりも早く帰宅してる。
毎日、昼過ぎくらいに「帰っていい」と言われてる。
ルカの兄貴は噂で聞いてた通り、妹を溺愛してる。
兄貴がいてもニコリともしない、可愛げのない妹を、そりゃもう可愛くて仕方ないって感じで構いまくる。
毎日部屋にやって来る。
勉強してるルカの隣に座って、何やかんやと喋り掛ける。
三十分に一度か二度は「可愛い」と言う。
俺には見えない何かがあの兄貴には見えるようだ。
そうして散々ルカの勉強を邪魔してから、「よし! お兄ちゃんとデートに行こう!」とルカを誘う。
それが大体、昼過ぎだ。
無表情のルカは、兄貴の誘いを断らない。
断わっても無駄ってのが分かってるって感じだ。
一度、「もう少し勉強してから」とルカが言ったら、ルカが勉強をやめるまで、「まだか?」を連呼してた。
傍から見ててもウザい兄貴だ。
何なんだコイツは――と思ったのは一度や二度じゃない。
ルカとは違う意味で、人として大事な何かが欠落してる奴だと思われる。
とにかく、兄貴は毎日ルカをデートに誘って、ルカはそれについていく。
そしてその時は必ず俺に「今日はもう帰っていい」とルカが言う。
まあ、有り難いと言えば有り難い。
兄妹のデートになんかついて行きたくねえし、あの変わり者の兄妹と出掛けるって、考えただけで眩暈がする。
確実に、俺が想像も出来ないようなとんでもない事を、行く先々で繰り広げてるに違いない。
ただ、全く引っ掛からない訳でもない。
俺を散々犬呼ばわりして、視界に入る範囲にいないだけで奇怪な言動を繰り返し、宇宙人を探すだか捕まえるだかと言い張って豪く遠い所まで拉致して連れていくようなルカが、兄貴と出掛けるとなるとついて来なくていいって言うのは、おかしい気がしないでもない。
ルカの兄貴に対しての反応からして、兄妹水入らずで楽しみたいって訳でもなさそうなだけに、多少の引っ掛かりは覚える。
最初は兄貴が俺の事を疎ましがってるのかと思った。
兄貴が俺をつれて来るな的な事をルカに言ってるのかもしれねえと。
でもどうやらそれは違う。
思うに兄貴は俺の事を、何とも思ってない。
わざわざ向こうから話し掛けてくる事はないけど、こっちが挨拶したらちゃんと返してくれるし、邪険に扱ってくる事もない。
どちらかと言えば、俺はアウトオブ眼中だ。
あの兄貴はルカの事しか見てない。
たまにルカが俺の方を見ると、視線に促されるように兄貴もこっちを見てくる事があるが、その目はすぐにルカに戻っていく。
それはそれで気持ち悪い。
溺愛度合いが非常識だ。
妹が妹なら兄も兄。――いや、この家は仙人爺様からして非常識の塊だ。
まあ、そのお陰でこっちは仕事が楽になってるんだから有り難い。
――んだけど。
「暇なのね」
会社帰りのサツキは、マンションの前で待ってた俺を見るなり、呆れた笑いを口許につくった。
そんなんじゃねえよ――と反論しようかと思ったけど、そんな強がり虚しい気がしたから、目を逸らして無言を行使。
なんて事しても、何の意味もねえんだけど。
「あたし今日、飲みに誘われてたんだけど?」
やれやれって感じで俺の横を通り過ぎてマンションに入っていくサツキのあとをついて行きながら、「だったら行ってくりゃいいじゃねえか」って言ったら、「はあ?」って表情で振り向かれた。
半分冗談、半分本気。
そんな顔してる。
まあそうなるのも仕方ない。
「マンションの前で待ってるから早く帰ってこいってメッセージしてきた奴が言う台詞!?」
サツキの言う事はご尤もとしか言えん。
「そんなに怒らなくてもいいだろ」
「怒ってんじゃない。呆れてんの」
「最近、しょっちゅう来るからか?」
「まあ、それもある」
「他にもあんのかよ?」
「ある。ってか、他の女は? セフレ他にも何人かいるでしょ。何でそっち行かないの」
「半分以上、水商売だから、夜はいねえの」
「残りの半分弱は?」
「そいつらよりサツキがいい」
「あたしが呆れてんのはそれ」
「あん?」
「あんた、何であたしがいいか分かってる?」
共用廊下を歩いて部屋の前まで来てたサツキは、いまいち意図が汲み取れない質問をしながら玄関の鍵を開けた。
「サツキが可愛いから」
そういう言葉を求めてんのかと思って言ってみても、
「違うでしょ、バカ」
バカと言われる始末。
「セックスの相性がいいから」
シモネタで笑わせようとしてみても、
「本当に分かんないの?」
クスリともしねえ。
更には、玄関先でヒールを脱いで部屋に入ってリビングに鞄を置くと、顔を見ながら大きな溜息を吐かれた。
「何だよ」
「それはこっちの台詞」
「ああん?」
「理由も理解してないのにしょっちゅう来るってどうなの」
「だから、理由は――」
「本当の理由よ?」
「ほん――とのって何だよ」
「表向きの理由じゃなくてって事」
「意味分かんね」
意味不明な事ばっか言われて不貞腐れてソファに座ったら、「やっぱり分かってないんだ」ってサツキが隣に座ってきた。
その口許にはやっぱり呆れた笑いがある。
小さいガキを相手にしてるみたいな、大人の余裕みたいなもんも感じる。
サツキにガキ扱いされる事はちょいちょいあるけど、今日の感じは何かすげえ嫌だ。
「俺が来んの迷惑なんだったらそう言やいいだろ。訳の分かんねえ事言うんじゃなくてよ」
「そんな事思ってない。ってか、あんたが来んの嫌なんだったら、今日飲み会行ってるっつーの」
「本当か? 嫌な訳じゃなんだな?」
「嫌じゃない」
「じゃあ、何で訳分かんねえ事言うんだよ? 俺がここに来る本当の理由って何だよ」
「お姫様」
「ああん?」
「ルカちゃんよ、ルカちゃん」
「はあ!? サツキに会いに来んのとあいつと何の関係もねえじゃん!」
「直接的にはね。でもあんたを介して関係がある」
「あん!?」
「あんた、ルカちゃんの話、他の女にしてないでしょ。あたしにしかしてないんじゃない? だからあたしの所に来るんでしょ? ルカちゃんの話をしに」
「はあ!?」
「違うとは言わせない。最近あんた来る度に、ルカちゃんの話してるからね」
図星――って言うほど納得した訳じゃなかった。
けど、「そんな事ねえよ」って否定すんのは無理だった。
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