5②


 でもまあとりあえず、当初の目的は達成出来た。



 この男の名前が分かった上に、自然な感じでルカに伝える事が出来た。



 何で俺がここまでしなきゃなんねえんだって気持ちは充分にあるけど、放っておく事も出来ないから仕方ない。



 やっぱり俺はサツキの言う通り、面倒見がいいらしい。



 ルカを見遣るとその顔からは凶悪さが消えていた。



 でも「いつも」の表情をしてる訳でもなかった。



 ルカは今まで見た事もない笑顔をつくってテツに頭を下げる。



 その仕草はまるで「普通の人」だった。



 非常識って言葉しか入ってない辞書を持ってるようなルカが、常識人に見えてしまった。



 ただ会釈をしたってだけなのに、とんでもなく立派な事をやったような気になるのは、ある意味いつものルカに洗脳されてる所為かもしれない。



 しかも厄介な事に俺はどういう訳か、この立派な事をやってのけたルカが気に入らなかった。



 別に俺には笑わないくせに他の奴に笑ったからって訳じゃない。



 俺にはまともに挨拶もしねえくせに、他の奴とは会釈というカタチで挨拶をしたからって訳じゃない。



 そういう次元の事が気に入らないんじゃないけど、何が気に入らないのかよく分からなかった。



 とにかく気に入らないと、何故か思ってしまった。



「久しぶりですね、瑠花さん」


 使い慣れてる感たっぷりのほがらかな笑顔をつくるテツは、俺越しにルカに挨拶をする。



 そしてルカが何か言うよりも先に俺を追い越し、今の今まで俺が座ってた席に腰を下ろした。



「いや本当に久しぶりだ。三ヶ月前のパーティー以来かな? いや、あのパーティーは四ヶ月前だったかな? とにかく久しぶりですね。お変わりなく元気そうで何よりです。僕はあのあと、風邪を引いて暫く寝込んでたんですよ。あっ、いや、今はもう大丈夫です。ご心配なく、物凄く元気です。風邪なんて滅多に引かないんですけど、ほら、あのパーティーの日はやけに寒かったでしょう。なのにガーデニングパーティーだったから。あの寒さで外はいけない。主催者側も考えるべきですよね。本当に。あれは誰が主催してたんだったかな? というか、何のパーティーだったんだろ?」


 座るや否や矢継ぎ早に話し始めたテツは、身振り手振りで話すもんだから五割増しに騒々しく思える。



 ルカはそれをほんのりと口許に笑みを浮かべた表情で見つめ、時折相槌を打つように小さく頷く。



 そして俺は、突っ立ったままだった。



 座ってた場所を取られたから座れねえって事もあるけど、テツの執事が全く座る様子もなく、数歩下がった場所で背筋を伸ばして立って待ってるから、俺だけ座る訳にもいかない。



 まあこういう場合、カタチは違っても金持ちに仕えてる者としては、後ろに控えておくのが常なんだろうとは思う。



 俺の場合、決して後ろではないけど。



 テーブルの真横に突っ立ってんだけど。



 逆にこんな場所にいるのは邪魔でしかないんじゃないかと思う場所に突っ立ったまま今更動けなくなってんだけど。



 でもまあ、



「それにしても今日は天気がいいですね。散歩日和だ。僕も今日は散策なんかをしようと思ってるんですよ」


 俺がどこにいようと、テツには関係ないらしい。



 アウトオブ眼中とでも言うべきか、全くこっちを見ないでルカに話し掛けるテツは、どこか「必死」って感じがした。



 全面にそれを出したりしてる訳じゃないけど、そんな印象を受けた。



 元々そういう話し方なだけかもしれねえけど。



 とにかく身振り手振りが大きくて、見てるだけで疲れてくる。



 ルカに目を向けると、相変わらず口許にほんのりと笑みをつくったまま小さく頷いてた。



 らしくないその態度に不気味さすら感じた。



 ただ「らしくない」っていうのがどういう意味だか自分でも分からない。



 いつもらしくないのか、ルカらしくないのか。



 どちらにしても俺は「らしくない」と思うほど、ルカと一緒にいる訳じゃないのに。



 そんな風に、俺に妙な気分を抱かせるルカが俺の視線に気付いたらしく、不意にこっちに目を向けた。



 それに気付いたテツも俺に視線を向けたらしい。



 俺はルカを見てるからテツが見えてる訳じゃないけど、向けられた視線を感じた。



 そうしてテツがルカから視線を逸らすタイミングを見計らったのか、それともただの偶然なのか、ルカが僅かに眉を顰めて俺を睨み付けた。



 今度は一体何なんだと、その表情から真意を読もうとした矢先。



「ああ、すみません。話に夢中で存在を忘れてました。さあ、座って下さい」


 テツが俺にルカの横に座るようにと手で促した。



 存在を忘れてました――などという腹の立つ言葉が混じってたけど、何とか耐えた。



 余計な言葉を吐くってのは金持ちの道理なんだろうと、無理矢理自分を納得させて耐えた。



 金持ちってのは基本的に庶民を見下してんだろう。



 その気持ちがちょいちょい言葉に表われる。



 そういう奴らなんだと思えば、耐えて耐えられないものじゃない。



 なんて自分に言い聞かせてみても、やっぱり腹立たしい気持ちをすっかり抑えられはしなくて、ルカの隣に座った態度に怒りが少々含まれてた。



 ドカッと荒々しく座った俺は、直後にテツの執事と目が合った。



 見るつもりはなかったんだが、ちょうど俺が座った場所の、視線の直線上にいたんだから仕方ない。



 執事は俺と目が合うと微笑みを浮かべて、頷くように僅かに顎を引いた。



「あれは執事だからいいんです」


 突然そんな言葉を投げ掛けられ、きょとんとしてテツに目を向けると、



「執事が座る必要はない」


 テツは説明するようにそう付け加える。



 俺が執事を見てたから、座らないのかと疑問に思ってると思ったらしい。



 特にそこまで考えてなかったが、俺がそう考えてると思って親切に説明をしてくれたらしい。



――だとしても、「あれ」ってどうなんだ。



 ルカといい、このテツって奴といい、執事を何だと思ってんだ。



 自分より遥かに年上の人を掴まえて、「あのおじさん」だの「あれ」だのとよく言えたもんだと思う。



 常識がないのか、金持ちとはそうする事が常識なのか分からないが、正直聞いてて気持ちのいいもんじゃない。



 それでも視線の先にいる執事は、「あのおじさん」のように何ら気にする様子もなく、表情ひとつ変えずに同じ姿勢で立ったまま。



 だから俺には絶対出来ない仕事だと思った。



 しかもテツの言い方からすると、「執事」より「犬」の方が扱いがいい感じだから、この場合に於いては「犬」でよかったとちょっと思った。



 チラリと隣に目を向けると、ルカはもうさっきまでの表情に戻り、テツの方を向いていた。



 それに倣ってテツに視線を向けたら、どういう訳かテツが俺を見てたから目が合った。



 テツは何故か興味津々って感じで俺を見てる。



 その中には珍しいものを見るようなものも混じってる。



 そう感じたのは気の所為じゃなかった。



「今回の犬は今までの犬とはまた少し毛色が違いますね」


 吐き出された言葉に「珍しい」って思いが十二分に含まれてた。



「あー、今までの犬と違うって事は、俺以外の犬も知って……?」


 話し掛けていいのか分からないけど、ルカが笑みを浮かべて頷くだけだから、場を繋げる為の気遣いで口を挟んだ。



 もしかしたら無視されるかもしれねえな――と思いながら話し掛けた訳だけど、



「もちろん」


テツはルカよりはいい奴らしく、分かる言葉で答えてくれた。



「なら、環兄ちゃんにも会った事が?」


「タマキ――ああ、前回の犬。会った事あるよ。あれは綺麗な犬だった。パーティー会場ではご婦人方の噂の的だった」


「パーティー? 環兄ちゃんが?」


「何? 僕、何かおかしな事言った?」


「いや、そういう訳じゃなくて、環兄ちゃんがパーティーに行くってイメージ湧かなくて……」


「イメージとかよく分からないけど、瑠花さんの犬なんだからそりゃ行くよ。瑠花さんが行く所にどこでも一緒に行くでしょ。君だって今ここにいるじゃないか」


 テツのその言葉に、「来たくて来てんじゃねえんだよ」と本音を言いたかったけど、テツがルカに目を向けたから何も言わないまま会話は終了した。



 ルカは相変わらず笑みを浮かべてる。



 もうどうしても不気味に感じて仕方ない。



 まさか高熱でもあるんじゃねえだろうかという疑いすら湧いてくる。



「それより瑠花さん、ご提案があるんです」


 ルカは笑ってる。



「了承して頂けると嬉しいんですが」


 気絶してんじゃねえかと思うくらいにずっと同じ表情のまま、テツの話を聞いてる。



「今夜は僕の別荘で一緒にディナーをしませんか?」


 ルカはずっと笑ったまま――。



「昨夜瑠花さんが別荘に向かわれたって聞いてすぐ僕も急いでこっちに来たんですよ。あのパーティー以来ずっとお会いしてなかったからお会い出来るかなと思って。出来れば食事なんかを一緒に出来たらなと思ってね」



――バレてんじゃねえか!



 何が別荘に来てる事は屋敷の人間しか知らないだ、バカ野郎!



 めちゃくちゃ外部に漏れてんじゃねえか!



 しかも昨日の時点でバレてんじゃねえか!



 更には追い掛けて来られて、護衛が着く前にこうして会ってんじゃねえか!



 知り合いだったからよかったものの、これが暴漢だったらどうするつもりだったんだ、この大バカ野郎!



 何が「心配ない」だよ!



 心配事しかねえじゃねえか!



 お前、何やってんの!?



 マジでお前何やってんの!?



 悠長にパンケーキ食いに来てる場合じゃ――。



「…………」



――少しは動じろ、この野郎!



 思わずそう叫びたくなるくらい、ルカはさっきと全く同じ表情のままだった。



 こいつ絶対テツの話を聞いてねえって思った。



 聞いてる振りして聞いてないに違いない。



 聞いてりゃもう少し何かしらのリアクションがあるに決まってる。



 俺もバレてた事に気を取られてちょっと聞き流しがちだったけど、テツは思いっきりストーカー発言をしてる訳で。



 そんな事を言われたら普通は何かしらのリアクションが起こって然りなのに、ルカは微塵の変化も示さない。



 そんなルカをテツは微笑みながら見つめてた。



 今夜のディナーの誘いの返事を待ってるんだろう。



 執事を見ると執事も微笑みながらルカを見つめてた。



 こっちも主人の誘いに対しての返事を待ってるんだろう。



 俺もルカに視線を戻した。



 ルカは同じ表情のままだった。



 全員の視線が集まってる事には気付いてるようだった。



 ルカの唇が微かに動く。



 言葉を発するつもりらしい。



 話を聞いてないのかと思ったけど、実はちゃんと聞いていたらしい。



 ルカが小さく息を吸い込んだ音が聞こえた気がした。



 そしてその息を吐き出すのと同時に、



「お久しぶりです。谷林さん」


 ここでまさかの挨拶が飛び出した。



 ルカはずっと挨拶するタイミングを計ってたんだろう。



 いつ言ってやろうかと思ってたんだろう。



 その挨拶が出来たからちょっと満足げだ。



 しかも「谷林」と名前を言えた事で、ちゃんと苗字を覚えてたってアピールが出来てちょっと得意げになってるらしく、鼻の穴が僅かに膨らんでる。



 そうか。



 そうだったんだな。



 最初に会釈してからずっと挨拶するタイミングを計ってたんだな。



 俺の奇策に助けられてテツの苗字が分かって、「よし、これならちゃんと挨拶出来るぞ」的に思って、挨拶してやろうって張り切ってたんだな。



 そうか。



 そうだったのか。



 俺、全然気付かなかったよ。



 これまでの時間、まさかずっとそんな事を考えてたなんて、微塵も気付かなかったよ。



 そうか。



 そうなんだな。



 うん。



――バ カ ヤ ロ ウ !

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