第3話 翻訳こんにゃくで観光案内

「イサム、あんたぁ元気しよんね」

「なんじゃ、おかんかいな。うん、なんとか元気にしよるのぉ」

「うちの従兄弟の春江ちゃんとこの娘がおったじゃろう? アメリカに嫁いだ春江ちゃんの娘のホラ、あれ」

 

 おかんの話では、アメリカ人と結婚した親戚のメリッサ。会ったことは無いけど、俺にとっては再従兄弟になるのかな。

 聞けば、日本に一人旅をするそうで、東京を案内してほしいという。

 

「予備校で英語を勉強しているなら話せるでしょ」という、理由のわからない『おかんロジック』で俺に白羽の矢が立ったわけだ

 

「まったく、英語喋れるなら大学受かるだろってんだ」

「嫌なら断ればいいじゃない。この時代の人間は断るということを知らないのかしら」

「ヘタに断るとヒスが始まるんだ。うちの母さんのヒスは本当に恐ろしいんだぞ」

 

 ――「あんたは親戚の面倒を見るのが嫌なの? 

 ――ウチだってあなたの親戚なのよ。

 ――はいはい、ウチの事も嫌なのね。

 ――どうせ仕送りを送ってくれるATMだとでも思ってるのよね。

 ――ATMって機械じゃない。生き物でもないじゃない。

 ――ああ、わかった。あなたはウチのことを生き物とすら思ってないってことね。

 ――死んでもいいってことなのね」


 ああ、断った時にヒスを起こした、おかんのセリフが簡単に想像できる。

 面倒くさいけど、案内するか。


 

「困ったなぁ、キャシー、なんか良い錬金術ない?」

「あるわよ。三〇五〇年の時代の世界サミットで使われる統一言語翻訳の錬金術が」

「本当に便利だな。錬金術って」

「なにか弾力のある食べ物があればできるんだけど」

「こ、こんにゃくとかなら冷蔵庫にあるけど、まさか……」

「丁度いいわ、そのこんにゃくを食べたら翻訳できるようにしましょう」

「翻訳こんにゃくぅぅ!」

 

 なぜ、こんにゃくが適しているかの説明を聞いてみる。

 〝言語を理解する柔軟性と会話の応酬をする弾力性が必要〟と、もっともらしい理由だが、俺の脳裏には、頭テカテカで、冴えてピカピカなロボットしか浮かばないのであった。


 

 渋谷駅、ハチ公口。亜麻色の髪をなびかせる少女は、おかんから送られてきたメリッサの画像の実物だ。


「ハ、ハロー。アイアムイサム」

「You are my second cousin right? Hmm. My mother to send me a photo of you, but it looks different. Did you use an app that is popular in Japan?」


「待て待て待て、わからんって」


 俺はタッパーに入ったこんにゃくのピリ辛炒めをメリッサに差し出すと、訝しげな顔をしながらも一口食べる。


「辛っ! いきなり日本食を食べさせるのが流行ってるの?」

「おおお! 通じる!」

「英語を話せるってママに聞いてたけど、あなた完璧ね。ネイティブの発音じゃない」

「ま、まあね。よく洋モノも観てるからね」

「??」

「よ、よし。今日は東京観光を楽しもう。まずはスクランブル交差点だ」


 まるで、日本人と話している感覚で意思疎通ができるなんて、一〇〇〇年後の錬金術は素晴らしい。

 

「今日はとっても楽しかったわ。イサム、ありがとう」

「ああ。明日は京都にいくんだろ? 気を付けてな」

「うん。あ、これ。ママからイサムにって。ガイド代」

「おお。苦学生には助かるぜ。最近キャシーの食費もかかってるからな」

「キャシーってガールフレンド? だから英語が上手いのね」

「彼女じゃないんだけど、一緒に住んでいるというか」

「やるわね! このプレイボーイ」


 

 ベッドに座り、図書館で借りてきたであろう『火力発電とタービンの仕組み』の本を読んでいたキャシーは、パタンと本閉じる。


「どうだった? 親戚の東京案内は」

「おう! バッチリだ! これさえあればパツキンの子猫ちゃんとも。ムフフ……」

 

 トイレに駆け込んだ俺は、早速マッチングアプリを開くと、〝English Only〟タグをタップする。


「わぉ。やっぱり外人はかわいいなぁ。デート代もゲットしたし。休憩じゃなくて、お泊りできちゃうんじゃないのぉ? 池袋のラブホテル・ティファニーで朝食食べれちゃうんじゃないのぉ?」

 

 デートして、バーに行って、ホテルに行って。うん。翻訳こんにゃくを携え、懐のあったかい今の俺は無敵だ!


 

 デート当日。まるで異世界転生モノの世界から飛び出てきたような美少女との待ち合わせ場所に向かう俺の足取りは、全てのステータスをカンストした勇者さながらだ。

 

 あの子だ。

 遠くから見てもわかる。

 光り輝いている。

 聖女の如しだ。


「聖女を性女にしてやるぜぇ。翻訳こんにゃくで自作TENGAともおさらばよ!」


 

「Hi are you Isamu-san?」

「イェースイェース。アイアム、イサムサーン」

「Do you speak English?」

「あ、英語はちょっとまってね。まず、これこれ。プレゼント・フォー・ユー」


メリッサの時と同様、バッグの中からタッパーを取り出し、聖女ちゃんに差し出す。


「Oh my gosh, No! I hate Konjac(無理、私、こんにゃく嫌いなの)」


「好き嫌いの問題ぃぃ!」


 

肩を落として帰路につく僕の手にぶら下がる袋の中では、自作TENGA用の材料であるこんにゃくが、プルプルと揺れていた。

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