第23話 桜木ハルエ
夢丘ユメミからビデオ通話が入ったのは陽が落ちてからだった。
「いやー苦労したした。ジロウくん、あんなに用心深く動けるんだね。カメラに引っ掛からないとこばっかり通るし、こっそり付けてたGPSも壊されちゃったし」
「……」
コイツもかと思ったが、すでにその人間性についてジロウから聞かされていたので、ミヤコは驚かなかった。
「それで成果は? ジロウの所在は掴めたのか? ユメミ?」
「ここから先は有料だけど」
「言い値を払う。結論だけ話せ」
「せっかちだねえ。ビジネスだから私はいいけど。……進路からシミュレートした行き先は京都で間違いなさそう。山の中とか走ってるから結構時間かかってるみたい。この調子だと着くの明日じゃない?」
ミヤコは山中を夜通しで走るジロウを想像してみた。
「……それって用心深いんじゃなくて」
「ヤケクソなんじゃないか? そっちのほうがジロウらしいっちゃらしいが」
似たような光景を思い描いたハルヒコがミヤコの台詞を代弁した。
「途中で捕まえるのは難しいんじゃない? 一応位置情報と進路予測送っとくけど。またよろしくー」
通話を終えてすぐに、ネビュラのスマホにメールで情報が入る。報酬に見合う内容なのかネビュラは無言で頷いた。
「俺としてはすぐにでも出発したいが」
「だが行き違いになってもアレだ。彼女の言った通り、途中で捕まえるより現地に迎えに行くほうが賢明だろ。何があるか分からんから、十分休養して明朝出発しよう」
「……分かった」
ネビュラは素直にハルヒコの意見に従った。ジロウの消息を掴んでようやく安心したようだった。
一度解散して翌朝。ハルヒコの運転するネビュラの車にミヤコとコタロウも乗り込み、一路京都を目指した。
高速に入ってすぐ、「言っとくが」とハルヒコが切り出した。
「俺は送るまでで、婆さんの家には行かないからな」
「何故だ?」
助手席のネビュラがずっと眺めていたスマホから顔を上げた。何か不測の事態があればユメミから連絡が入る手筈らしい。
「……ウチの婆さん、凄え怖いんだよ。孫は全員敬遠して近寄らない。本当ならジロウも絶対会いたくないだろうな」
「そんなに……?」
そう言えばジロウも何かを言っていたが、その内容までミヤコは思い出せなかった。
「ああ。でも身内以外にゃそこまででもないと思うから、駿河さんは気にしなくていい」
「って言われても」
頭に浮かんだ鬼婆のような老女をミヤコは両手で追い払った。
途中休憩を挟みながら約八時間で京都に入り、観光客で賑わう市街地を抜けて山々が連なる京都の北側へ。
「この山じゃ」
クネクネした山道をしばらく走ってから、コタロウが指定した場所でハルヒコは車を停めた。
「……この山って。どこにも家なんかなさそうだけど」
ミヤコは周囲を見回した。古く小さい無人の神社があるだけで、あとは一面の深緑色。空さえも見えない。
「ほれ、そこの神社から登れる」
「え? ……ええ……」
コタロウが腕を向けた方向に、道と呼ぶのもおこがましいような獣道があった。
「よし登ろう。レーダーからすると、ジロウの反応もこの上だ」
「俺は飯の美味い温泉宿取ってるから。全部終わったら呼んでくれ」
「え? え?」
意気揚々と歩き出したネビュラと、逃げるようにさっさと車に戻ったハルヒコを見比べて、ミヤコは実に今さらなことを考えた。
「……私、なんでついてきたんだっけ?」
どうせなら温泉が良かったが、ネビュラとコタロウが行ってしまったので仕方なく山のほうに靴先を向けた。
「…………」
「そんな顔するなミヤコ。もうあと半分くらいじゃ」
「半分って」
すでに陽は大きく傾き、木々の影は濃さを増していた。これでも十分以上に辛く怖いのに一晩中ずっと山の中を走るなど、やはり魔法少女は普通の人間とは違うのだとミヤコは改めて思った。
「……でもこんな山奥で、お婆さんはどうやって暮らしてるの? あ、よくある自給自足みたいな?」
ミヤコはテレビとかで観るような、ポツンと山に建つ畑のある家を想像したが、コタロウに不思議そうな顔をされた。
「何を言っとる? 今はアマゾンもウーバーもあるじゃろ」
「……ああ、そういう……」
「見えてきたぞ。コタロウ、あれか?」
ミヤコはネビュラと同じ方向を見上げた。木々の合間から覗く頂上付近に開けた場所と瓦屋根の建物が見えた。
辿り着いたそこは昔話に登場しそうな雰囲気のある日本邸宅で、小綺麗な茅葺き屋根の門があった。
「わざわざ遠いところからご苦労さま」
柔和な笑顔で出迎えてくれたのは小柄な老婆。ジロウにはあまり似ておらず、どちらかと言えばハルヒコ、それに男のときのジロウと同じ系統の顔だった。
「お前がハルエか」
「ちょちょちょっと……っ!!!」
ミヤコはネビュラの耳に手を伸ばして思いっきり引っ張った。
「流石にそれは痛いぞミヤコ」
「痛いぞじゃなくて! 早乙女くんが痛い子みたいになってるから!」
「ああ、ああ。ええんですよ。お二人共ジロウのお友達さんやね。そこのコタロウから話はちゃあんと聞いてます。ウチがジロウの祖母の桜木ハルエです」
ハルエの丁寧な挨拶にミヤコは運動部のような勢いのあるお辞儀を返した。
「あ、駿河ミヤコですっ! ほら早乙女くんもっ」
「ネビュラだ。この星では早乙女ネビュラと称している。好きに呼んでくれればいい」
「……なんでそんな偉そうなの……」
ミヤコは冷や汗が止まらなかったが、ハルエは気を悪くするふうでもなくニコニコと笑っていた。
「まあまあ。宇宙人さんの来訪は久々ですねえ。久々と言えばコタロウさんも」
「……そうじゃな。ジロウを守れという使命を果たせず、迂闊に死んでしもうて悪かった」
一歩下がって立っていたコタロウが頭を下げた。
「その話はあとでゆっくり聞きましょか。お客さん立たせっぱなしですし。さあさ、どうぞ中へ」
ハルエは門を開けて三人を屋敷の中に通した。庭の隅々まで手入れの行き届いた見事な家だった。
「すぐお茶淹れますんでね。居間でくつろいでてくださいな」
「左の奥が居間じゃ」
ハルエは台所のほうへ消えていき、ミヤコとネビュラはコタロウの案内で板張りの廊下を歩いた。
「ジロウはどこにいるんだ? ハルエは言及しなかったが」
「部屋はいくつもあるからの。ワシが探してくるから二人は居間で待っててくれ」
「ここか」
ガラッとネビュラが襖を開けると、広い和室の畳の上に、荒縄でグルグル巻きにされたジロウが転がっていた。
「……なにやってんの、桜木?」
呆然と、ミヤコは呑気な質問を投げた。
「………………!!!?!」
ジロウは何かを叫んでいたが、ご丁寧に猿轡まで噛まされていて声にならない。
「……どういうつもりだ、コタロウ」
ネビュラが地熱を孕んだマグマのような声を出した。
「いやワシにも何が何やら。……とりあえずジロウの縄を解こう」
居間に入った次の瞬間。ピタと動きを止めたコタロウの首から上がグラリと傾き、畳に落ちて乾いた音を立てた。
「!!?」
「動くなミヤコ! ワイヤートラップだ!」
叫び声を上げそうになったミヤコの口と肩をネビュラが押さえた。その腕に赤い線が生まれ、血が滴り落ちた。
「流石やなあ、宇宙人さん。ウチのワイヤー見切ったんは、アンタさんで二人目です」
「ひっ!?」
いつの間にか、音もなく、背後にハルエが立っていた。手には湯呑みの乗った盆を持ち、顔にはニコニコとした笑顔を貼り付けて。
「これは何だハルエ。ジロウに何をした」
「ジロウ? ああ、そこの野良のメス猫のことでしょうかね」
「……メス猫?」
あんまりな言いようにミヤコが強く眉を寄せた。
「なんや庭に入り込んで、やれ男に戻せだ、魔法少女辞めるだ、甲高い声でニャアニャア鳴き喚くもんですから。言葉が通じひんのは人やなくてケモノですわな。あんましやかましいんで縛って転がしといたんですわ」
「貴様……」
ネビュラが放った殺気をハルエは軽くいなした。
「まあまあ、そんな空焚きしたヤカンみたいにカッカせんと。立ち話もなんやし、座って話ししましょ」
「……どうやって?」
ミヤコは自分の目の前にある、ネビュラの血の付いたワイヤーを眺めた。どうやら想像を超える、とんでもない場所に足を踏み入れてしまったようだった。
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