第17話 王子と姫②
ネビュラには迷いがあった。
一年三組の教室に突如襲来した一匹の怪人、タコ先生。変身が困難な状況にあるジロウに代わって、この場の対処が可能なのは自分しかいない。当然ネビュラはそう考えた。
だが出現した怪人がよりによってタコ型だったこと。それがネビュラの中に迷いを生んだ原因だった。
宇宙にはタコやイカのような外見の知的生命体が多く、もしこのタコ先生がその仲間なら、迂闊に攻撃すれば外交問題にもなりかねない。なのでネビュラにはこのタコ先生が地球産なのかあるいは宇宙産なのかを見極める必要があった。それゆえに質問を重ねた。
「水揚げされたということは、地球のタコで間違いないだろう」
ならば話は簡単だ。ネビュラは机の横に掛けてあるバッグに手を伸ばした。だが。
「やっぱ怪しいなぁ、オメエよおっ!」
タコ先生の触手のほうが速い。ネビュラのバッグは没収され、教卓の上に乱暴に置かれた。
「なんか取ろうとしてたな。やっぱ魔法ステッキとかか?」
「だからそんなわけないだろう」
「ちょっと黙ってろ! ……先生が荷物検査してやる」
タコ先生はバッグの中に触手を突っ込み、最初に触れたものを引き抜いた。光線銃だった。
「……」
「オモチャだ。モデルガンというやつだな」
無言で真顔になったタコ先生にネビュラがまた涼しげに嘘をつく。
「……そうか、オモチャか……」
タコ先生が安心した顔で銃口を上に向けて引鉄を引くと宇宙ビームが出て天井に穴が空き、生徒の一部から悲鳴が上がった。
「……おい! 本物じゃねえか!!」
「出力は抑えてある。オモチャみたいなものだ」
「口の減らねえヤツだな!!」
「ほんとに」
「全くだ」
ミヤコとジロウが似たような感想を漏らした。ここまでのやり取りで心に多少の余裕が生まれていた。しかし。
「……動くなよ」
タコ先生が照準をネビュラに合わせた。
「こんな物騒なモン持ってるってことは、案の定テメエが魔法少女で決まりだな」
「だから違うと言っているだろう。見た目通りに頭が悪いんだな、タコ先生」
ネビュラが煽るとタコ先生の全身が真っ赤に染まった。警戒色というやつか。誰の目にも明らかなほど怒っている。
「……ゴチャゴチャと。もういい。テメエが変身したくなるまで、一人ずつ殺してやる」
「きゃあっ!?」
銃を構えたままタコ先生が触手を飛ばした。運悪く捕らえられたのは近くに座っていた安倍川だった。
「……その生徒を離せ」
ネビュラの目が剣呑な光を帯びた。
「離して欲しけりゃ変身してみろ。テストにゃ答え合わせが必要だろ?」
「違うと何度言わせる?」
「そうです、なんて言えるわけねえよなあ! 男で魔法少女なんて、俺だったら恥ずかしくてユデダコになっちまうぜ!!」
「…………っ!!」
「……桜木……」
ミヤコが視線を走らせると、ジロウがタコに負けないくらい赤い顔で拳を握り締めていた。
「違ったら違ったで構わねえ! ムカつくテメエを含めて全員殺すだけだ!!」
タコ先生が銃口を安倍川のこめかみに突きつけた。安倍川はただ恐怖で固まっている。触手が引鉄を引き絞ろうとした、そのとき。
「……ここにいるぞ!!!」
ジロウが勢い良く立ち上がった。
「……桜木!!」
「ジロウ!!」
ミヤコとネビュラの声はほぼ同時だった。
「ああん? なんだテメエ! テメエから死にてえのか!?」
「桜木! 危ない!!」
叫んだのはナデシコ。タコ先生は引鉄に触手を掛けたまま銃口をジロウに向けた。だがジロウは臆さなかった。
「俺が、男のくせに魔法少女なんかやってる、恥ずかしいヤツだ!!」
ジロウは手の中に握っていたブローチに念を込めた。眩い七色の光のリボンが一瞬でジロウの身体を包み、ピンク色のフリルドレスへの換装が完了した。
「そうか、そうか! テメエだったか! これでやっと憎い魔法少女を……っ」
「うるせえええええっっっ!!!!」
ジロウ渾身の魔法パンチがタコ先生に直撃した。カーテンを巻き込み、窓を突き破り、タコ先生は遥か彼方へと飛んでいった。
「……はあ、はあ……」
怒り。恥ずかしさ。後悔。安倍川を助けたいという気持ちのために置き去りにしてきた感情たちが、ジロウの脳内に遅れてやって来る。
「俺は……」
なんてことをしてしまったのかと、ジロウは押し寄せてくる負の感情によって、茫然とただ立ち尽くしていた。
もうこの学校にはいられない。最も恐れていた秘密がついに明るみに出てしまった。それもクラス全員の前で。
しかし。
「……カッコよかったよ、桜木」
その第一声はナデシコのものだった。
「桜木、……助けてくれてありがとうっ」
涙の混ざった安倍川の声。遅れてパン、パンと手を叩く音は馬場のもの。そこに、他の生徒たちの歓声と拍手が一斉に加わった。
「よくやった!!」
「スゲえ桜木!!」
「魔法少女だったんだ! 全然分かんなかった!」
「え…………」
先ほどまでとは少し異なる理由で、ジロウは呆然と周りを見回した。その肩をポンとミヤコが叩いた。
「頑張ったね、桜木」
「駿河……でも、俺……」
「みんな感謝しかしてないし。ねえ」
歩寄ってきたナデシコの台詞にクラス全員が頷いた。
「……でも俺、みんなに、織田さんたちにもこのこと隠してて」
「言えないでしょ、こんなこと。秘密なんでしょ?」
ナデシコはクラス全員を振り返った。
「だからこのことは三組だけの秘密ね。言いふらしたい人いる? いないよね!」
賛同の声と拍手。
「ありがとう……織田さん」
「よかったね桜木、分かってもらえて」
笑顔のミヤコにジロウは大きく頷いた。
「……うん。みんないい人で良かった」
こうして怪人によるサイタマセントラル高校襲撃事件は幕引きとなったが。
「……そうだ、ネビュラに」
今回の件でも礼を言う必要がある。ネビュラがジロウを庇い続けたことにジロウは当然気付いていた。身動きを取れなかった自分の代わりに動いてくれたのだと。
「ネ……」
「そう言えば早乙女くん、なんで銃なんて持ってるのー?」
ちょうど声を掛けようとしたところにソラがやってきた。ジロウの背中を戦慄が走る。ネビュラが宇宙人だという秘密はジロウのそれよりもさらに重大で深刻だった。なのに、ネビュラは自分の秘密を晒すリスクを顧みず行動に出たのだ。
「その、斉藤さん! ……ネビュラはっ」
どうにか誤魔化そうとジロウは割って入ったがそれ以上言葉が続かない。ソラが首を傾げ、ジロウは唇を噛んだ。そこにネビュラが一言。
「護身用だ。王太子だからな」
「あーそっか! なるほどねー、王子さまだもんねーっ!」
ネビュラの謎理論で満足したソラは自分の席に戻り、ジロウは改めてネビュラのポーカーフェイスをまじまじと眺めた。
「どうしたジロウ? 何か俺の顔に付いているか?」
「……凄いな、お前って」
「そうか? 褒められるほどのことでもないが」
「いや。褒めてはない」
ジロウは手と首を同時に振った。そこまでの様子を横目で見ていたミヤコも安心して胸を撫で下ろした。
ジロウが魔法少女だという秘密は三組だけで伏せられることになり、ネビュラの光線銃についても見事に煙に巻かれた。GPSはあとで叱って外させるとして。
またジロウの周囲が騒がしくなりそうだが、ひとまず危機は脱したと、そんなふうにミヤコは思ったわけだが。
「……何か、忘れてるような……?」
それが何かはまるで思い出せない。しかし胸の中にモヤモヤが残っているようで、ミヤコはしばらく考え込んでみたがやっぱり何も出てこなかった。ここ最近色々ありすぎたのが原因だろうと、最後には諦めてしまった。
その頃。サイタマシティの外れにあるゴミ集積施設で。白く丸っこい物体がノソリと動き出した。その物体はしばらくゴミ山を彷徨って手頃な『道具』を見付けると、それを引き摺りながらどこかに向かって不恰好な足取りで歩き出した。
もちろん、サイタマセントラル高校のある方角だった。
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