第15話 ジロウは友達が少ない

「桜木って友達いないよね」

「……なんで駿河はいきなり言葉で斬りつけてくるんだ? 通り魔なのか?」

 翌日、月曜の昼休み。ミヤコの席にソラ、ジロウ、ネビュラが集まっての昼食の最中の会話だった。

「だって早乙女くん以外の男子と喋ってるの全然見ないし、お昼も私たちとばっかりじゃない。いるんだったら友達と食べればいいのに」

 女子になってまだ数日だが、ネビュラはともかく確かにミヤコとソラとは毎日昼食を共にしている。ソラが呼びに来るからという理由もあるにはあるのだが。

「……いるに決まってるだろ、友達くらい」

 心外という顔で立ち上がり、ジロウは男子グループのほうに歩いていった。

「なあ、橋本」

「桜木…………さん。あ、やべ! 先生に呼ばれてんだ!」

「……じゃあ立川」

「あ痛たたた……今食ったメロンパンに当たったみたいだ。悪い、ちょっとトイレ……」

「……」

 声を掛けた男子がことごとく教室から姿を消し、ジロウは肩を落として戻ってきた。

「なんかごめん」

 ミヤコはとりあえず謝った。かける言葉が見付からなかった。

「……いたんだよ、こんな俺みたいのにだって。友達ってやつ……」

「ジロウには俺がいればいいだろう」

「そういう話じゃない」

 思えばこの現状にはネビュラの存在の影響も大きい。というよりほぼネビュラが原因なのに、のうのうと言い放つこの宇宙人がジロウは恨めしかった。


 この図太い宇宙人がジロウを女子にし、かつ周囲に常に目を光らせているため、男子はもとよりクラスの女子すら近寄りがたくなっている。そんなネビュラを男子が陰でSPと呼んでいるのも聴いたことがある。ちなみに女子からは揃って別のあだ名を付けられているのだが、ジロウもネビュラもまだそのことを知らない。

「うーん。桜木ちゃん、ちょっと可愛すぎるからねー。それが原因じゃないかなー?」

 顎に指を当てて上を向いたソラにジロウは眉を寄せた。

「? ……どういう意味だ、斉藤さん?」

「えっとね。……どう言えばいいんだろ」

「ソラの言うこと分かるかも」

 ミヤコがソラの言葉を引き継いだ。

「ねえ桜木。もし男子の友達が突然可愛い女の子になったら、それまで通りにできる?」

「……無理だな」

 少し考えてみたが考える必要もなかった。

「でしょ。そういう話」

「いやだからって、俺は俺なわけで」

「こういうのって相手側の問題だから」

「……じゃあ、俺にはもう友達ができないってことか……?」

「そこまで悲観的にならなくても」

 ミヤコがフォローしたが、ジロウの心はすでに折れに折れて複雑骨折していた。

「大丈夫だジロウ。俺はちゃんと分かっている」

「……」

 ジロウはネビュラを一瞥して黙り、俯いてモソモソとコッペパンを齧った。なので。

「そっかあ。桜木ちゃん、大変なんだ」

 そんなことを呟いたソラが、何かを思いついたような顔をしたのを見逃してしまった。


「え? どういう状況なんだ? これ?」

 放課後。駅前のカラオケルームのそこそこ広い部屋。テーブルの上には持ち込み菓子の山と、ドリンクバーのグラスが六つ。

 ジロウの両隣にはミヤコとソラ。向かい側のソファには織田ナデシコとその仲間の安倍川と馬場が座っている。

「……斉藤さん、これは……?」

「ん? もちろん女子会だよ?」

「女子会? …………女子会!!?」

 勢い良く立ち上がったジロウはテーブルの角で股間を打って悶絶した。男でなくても痛いものは痛い。

「男子と友達になるのが難しいなら、女子の友達作ればいいかなって。我ながら名案だよねーっ!」

 あっけらかんと笑いながら話すソラに、今さらながらジロウは恐怖した。

「……いや。その、俺、……こんなでも一応男子で」

「往生際悪いよ桜木」

 ナデシコに座れと手で合図されてジロウは顔を引き攣らせた。

「いや、でも」

「もう女子でしょ。はいこの話終わり」

「…………うう」

 断崖に追い詰められたような呻き声を出して座ったジロウを、ミヤコは表情を消した目で眺めた。

「ねえ桜木ちゃん、放課後空いてる?」

 帰り際。普段よりさらに上機嫌なソラに声を掛けられたとき。向かった先がカラオケルームだったとき。そこでナデシコらと合流したとき。受付の時間。部屋に入って座るまで。何度も逃げ出す機会はあったのに、ジロウは戸惑うだけで逃げなかった。

 つまりジロウは自分から虎口に飛び込んだのだ。残念なことに、ここからジロウを助け出す術を、ミヤコは一つも持ち合わせていなかった。




「で、どうなの?」

 数日ぶり二度目のナデシコの質問。以前のジロウには意味が通じなかった。だが現在のジロウには嫌でも通じてしまった。ネビュラとのその後について聞かれていると。

「どうって……いや、別に何も」

「何もってことないでしょ。あの王子さまのプロポーズを受けたからビビデバビデして女子になったんでしょ?」

「なっ!?」

 とんでもない誤解が生まれていた。まず誤解を解くことをジロウは考えたが。

「きゃあ、恋バナだよ恋バナ!」

「やっぱ女子会はこうじゃなきゃ!」

 安倍川と馬場の黄色い声に脳が破壊された。その程度に「恋バナ」「女子会」という単語の威力が強すぎた。

「……って言うか、ここカラオケだろ? カラオケって、歌う場所じゃ……」

 それでもどうにかジロウは踏ん張った。踏ん張って話を逸らそうと試みた。しかし。

「えっ、歌いたいの桜木ちゃん!?」

「いや全然違う……!」

 ソラという余計な怪魚が掛かってしまい、危うく別の危機に身を晒すところだった。

「桜木、ほら」

 ミヤコが壁にベタベタ貼られたポスターの一枚を指差した。そこには大きく「女子会歓迎!」と書かれていて、ジロウは敗北を認めて力なくうなだれた。しかしだ。

「こういうとこで集まるのわりと普通だけど、まあ桜木は分かんないよね。この前まで男子だったんだし。実際、結構苦労してんじゃないの?」

「……???」

 不意打ちでナデシコから労いの言葉を掛けられて、ジロウの頭は闇鍋のようになった。

「ほら桜木、とりあえず食べて」

「そうそう。お腹膨れれば落ち着くし」

「……安倍川さん、馬場さん……うん。ありがとう……」

 受け取った菓子をポリポリ食べるジロウ。ナデシコらとソラの四人が微笑ましくそれを眺める。突如訪れた穏やかで優しい時間。

「え? なにこの状況?」

 ミヤコだけがわけも分からず取り残されていた。


「……って感じなんだ。ネビュラはあんなだし、女になって家族は大喜びで、男だった俺なんか最初からいなかったみたいになってるし。だから家には居辛くて。……しまいには友達もいなくなってたし……」

 ポツポツとジロウは自分の身の上についてを語った。もちろん魔法少女や宇宙人の辺りは上手くぼかして。それでも溜め込んでいた感情を吐き出すには十分で、最後のほうは涙声になっていた。

「……ガチで苦労してんじゃん桜木。想像の二〇〇倍くらい」

「桜木……可哀想」

「頑張ったんだね……」

 聴いていたナデシコたちも目を潤ませていた。ソラも鼻をかみながらウンウン頷いている。

「よし。決めた」

 ナデシコが立ち上がってジロウの両肩を掴んだ。

「友達になろ。ウチら、今日から」

「……え?」

「困ったら何でも相談して。ここの五人は桜木の味方だから」

「……え。いいのか、織田さん? 安倍川さんと馬場さんも。こんな俺なんかと……」

「なんかじゃないでしょ」

「頑張ったじゃん、桜木」

 馬場と安倍川も賛同し、それぞれがジロウと固い握手を交わした。

「……何が起きてるの?」

 展開の速さについて行けていないのはミヤコ一人のようだった。


「良かったね、桜木ちゃん!」

 自分のことのように喜ぶソラに、ジロウは照れ笑いを返した。

「斉藤さんのお陰……だよな。ありがとう」

「いえいえ。でもねー。王子と姫っていうのもお似合いだから、そっちも上手くいって欲しいんだけど」

 ソラが口を滑らせ、ついミヤコが「あ」と声を漏らして、すぐ顔を背けた。

「王子と……姫? って何だ?」

 ジロウはソラではなくミヤコに向かって尋ねた。

「それはそのー……」

「駿河」

 これはもう誤魔化せない。素早く視線を走らせた先のナデシコたちも小さく首を振った。

「……あのね。女子の間で王子と姫って呼ばれてるの、早乙女くんと桜木。ほら早乙女くん見た目がそれっぽいし、桜木もまあ、プロポーズの件とかあったじゃない? 桜木? あれ? ちょっと桜木?」

 後半部分は全く耳に入っていなかった。

「姫? ……俺が、姫……?」

 呆然自失してそれだけを繰り返す。

「まただ。結構すぐテンパるねー、桜木」

 呆れた顔をしたナデシコがリモコンとマイクを取りにいった。

「ほら、桜木。とりあえず一曲歌って。まだ時間あるから、カラオケで発散しよ」

「え? ……あ、いや。俺は歌は」

「あ、ナイス織田ちゃん! 桜木ちゃん歌いたそうだったもんね!」

 これで本当に悪気がないのだからソラは恐ろしいと、付き合いの長いミヤコは思い知っていた。

「アニソンいける?」

「声可愛いからね桜木、この辺は?」

「いやだから」

 困り果てているジロウを女子四人に任せてミヤコは息をついた。

 どうやらジロウに友達ができた。良いことには違いないが、一方で「いいのかな?」とも思う。一層、ますます男子に戻りにくくなっているのでは、と考えずにはいられなかった。

 

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