第11話 女子高校生、桜木ジロウ
「でもほんと可愛いねーっ。あ、髪だけじゃなくて目もピンクなんだ。カラコン?」
「……いや、どっちも自前で。っていうか斉藤さん、あんまり見ないでくれると助かるんだけど……」
「そうなんだ! ハーフツインがちょっと子供っぽいけど、似合ってるからいいかな。可愛い子の特権だよねっ!」
「……」
「ソラ、ソラ。その辺にしてあげて」
傷口にジョロキアを塗られたような顔色のジロウを見かねたミヤコが制止をかけた。
五限の体育。この日はバレーボールで、出番を終えたジロウ、ミヤコ、ソラの三人は仲良く壁際に並んで座っていた。
このソラが何かとジロウを気に掛けていて、多少でもジロウが困った様子を見せると手や口を出してくれるのはありがたいのだが。
「天然って言うのか……?」
遠慮なくジロウを「可愛い」と褒めまくるのと、時折とんでもない行動に出るのが悩ましかった。
この体育の前にも普通にジロウを女子更衣室に入れようとして、ひたすら固辞してどうにか事なきを得た。トイレだけは仕方なく、ミヤコと話し合った上で女子トイレを使っているが、いずれ男に戻ったときに致命傷になりかねない事態は避けねばならない。
そんなこんなで女子高生としての初日を終えて、ジロウは真っ白な灰となって崩れ去った。
「いや燃え尽きてないで、桜木」
「そうだぞジロウ。新生活はまだ始まったばかりだ」
アーケードの喫茶店。今後の学校生活について話し合うという名目でジロウとミヤコはこの店を訪れたのだが。
「なんで早乙女くんがいるの?」
「二人揃って下校したから、おそらくこの店だろうと先回りしていた」
「……」
ジロウは不貞腐れた顔を窓の外に向けて黙っていた。しばらくネビュラとは口を利きたくないという意思表示だった。
「……で、どうするの? 桜木、これから」
「……何も変わらない。明後日ユメユメさんと会って、そのあと婆ちゃんのとこ行って魔法少女を辞める。そうすれば男にも戻れるだろ。全部予定通りだ」
自分に言い聞かせるような口調だった。
「そういえばお婆ちゃんって、近くに住んでるの?」
「いや、京都なんだ」
「京都?」
「引退してから引っ越したらしいけど、それがまた山奥で。だから行くのはどうしても夏休み……になるな」
「じゃあそれまで頑張んないとだね。ソラほどじゃないけどできることは協力するから」
言葉ではそんなふうに慰めたが、ミヤコは考えずにいられない。
当然のように混乱しながらも、なんだかんだ三組のクラスでは女子のジロウが受け入れられつつある。ジロウの見た目の良さと、コミニュケーション能力に長けたソラの助力があってのことだろう。
だが別の見方をすると、時間が経つほど男子のジロウの居場所が失われていくということだ。これはジロウが懸念していたことでもある。
ジロウが男に戻らない選択をしても良し、居場所を失って戻るに戻れないのも良し。
もしネビュラがそこまで計算していたのなら。ミヤコは空恐ろしさを覚えて考えるのをやめた。宇宙の深淵を覗いた気がした。
「はいはい、お待ちどうさま」
注文していた食事を店のお婆さんが運んできた。ジロウとミヤコは親子丼のハーフ。ネビュラは大盛りのカツ丼だった。ミヤコが「小腹空いた」と言い出してこうなったのだが、ここでネビュラがまた余計な話を始めた。
「どうしても納得いかないことがあってな」
「どうしたのいきなり? 早乙女くん?」
「それだ」
ネビュラが指差したのはジロウの前の丼。
「……?」
「親子丼? ……がどうしたの?」
「そうだな……。例えばこの街を宇宙恐竜が襲ったとしよう」
「宇宙恐竜?」
ミヤコは首を傾げたが、語感からなんとなくイメージは湧いた。
「辺境に生息する巨大な肉食生物だ。その宇宙恐竜が人間を二人、それも大人と子供を捕食したとする」
「う……ん??」
「それはもちろん無作為に選んだ二人だ。たまたまそこに居合わせた大人と子供で、当然親子関係はない。果たしてそれは『親子丼』なのか?」
「……何が言いたい」
ジロウが割ったばかりの割り箸を置いた。ミヤコも自分の丼から視線を外す。
「つまりだ。親子丼を名乗るなら、鶏卵と、実際にそれを産んだ親鶏の肉を」
「やめて。分かったからもう」
「……なんてこと言い出すんだこの宇宙人」
すっかり食欲を失った二人だったが、親子丼は完食した。味は良かった。
「私も納得できない……っていうか、疑問があって」
「駿河もか」
ジロウがウンザリという声を出しミヤコは「一緒にしないで」と眉を寄せた。
「なんでバレないの? って話。見た目そのままなのに、誰も桜木のこと魔法少女って言わなかったでしょ?」
魔法少女としてのジロウの画像や動画はネットを通じてそれなりに広まっていて、サイタマシティの住人なら一度は必ず目にしているはずだ。なので今日の学校で誰一人その話に言及しなかったのがミヤコは不思議でならなかった。
「……ああ、そっちの話か。魔法少女モードをオフにしたからだろ。ブローチが壊れてもそれだけはできたんだ」
「魔法少女モード?」
また例によって妙な単語だ。
「ほら、魔法少女って普通は女子がやるものだろ」
「普通はそうだよね」
「……だよな。普通は……」
「自分で言って落ち込まないでくれる?」
「……ともかく。その場合、見た目がそのままでも正体はバレない。魔法少女モードをオンにすると、そういう魔法が自動でかかるんだ」
「分かったような分からないような……」
「つまりステルスとかジャミングとか、認識阻害の魔法なんだろう。宇宙にも似たような技術がある。地球にもあると思うが」
「なるほど?」
ネビュラの補足で八割ほど理解した。
「要するにミヤコのように変身の瞬間をその目で見るか俺のように詳しく調査を行うか、あるいは第三者に明かされない限り、ジロウが魔法少女と発覚することはないということだ」
「なるほどね。私も早乙女くんも言いふらしたりしないし。ならみんなの前で変身とかしなければ大丈夫ってことだね」
「ああ。それか悪意ある第三者が現れなければな」
「……なんか二人してフラグ立てようとしてないか?」
今度はジロウが納得いかなそうな顔をした。
「明後日ユメユメさんとはどこで会うの?」
「一時にヒカワ神社って言われてる……けど、まさか駿河も来るつもりじゃないよな?」
「え、行っていいの?」
「いやいや。遊びに行くんじゃないから」
「ジロウの言う通りだぞミヤコ。当然俺は同伴するが」
「なんでだよ!」
「えーっ、早乙女くんが行くなら私も行きたい。実物のユメユメさん見てみたいし。あ、サインとかもらえるかな」
「いやだから……」
結局押しに負けて、ジロウは二人の同行を許可した。
☆‧⁺ ⊹˚.⋆˖ ࣪⊹☆‧⁺ ⊹˚.⋆˖ ࣪⊹☆
一方その頃。隣町にある、とある高層マンションの一室。
撮影機材と編集機材、多数の衣服に生活用品、エナジードリンクにストロング缶。まちまちの属性の物体が散乱した空間で。
「ヒヒッ……と」
ボサボサ頭に下着とTシャツ、ブルーライトカットの眼鏡という姿の女性が、モニターを眺めて低い笑い声を上げていた。
夢丘ユメミ、二二歳。またの名を魔法少女ユメユメ。大学生と魔法少女と配信アイドルという三足の草鞋を履いている、多忙極まりない人物だ。もっとも大学生という草鞋はすぐ脱げてしまい、目下二留中。半ば卒業は諦めているが、それは別の話となる。
そんな彼女の元に、サイタマシティの魔法少女を名乗る人物からDMが届いたのはちょうど一週間前。
この手の悪戯は多い。だがユメミはそれが本物だと一目で見抜いた。魔法少女の勘だと本人は嘯くが、あながち誤りではない。この勘を頼りに世間一般では成功者と呼ばれる地位を確立してきたのだ。
勘が囁くままユメミは行動に出た。アポイントの返信を打ち、残りの時間はひたすら調査に充てた。そして。
「……間違いないねー。金脈だよコレ。掘り当てちゃったよ。どうしよっかなー」
ツンツンとモニターを指でつつくと、そこに映ったジロウの顔が拡大された。
「……待っててね、桜木ちゃん。ヒヒッ」
ユメミはもう一度低く笑った。
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