少女探偵ハルカの事件簿

早緑いろは

Introduction 少女探偵のめばえ


 「……というわけで、犯人はお前だー!つべこべ言わずにハムカツ返せ!」


 「う、うるせえ!指図するな!」


 そう言って、犯人と名指しされた彼はぱくりとハムカツを丸呑みしてしまった。それなりの大きさなので、口の中をもごもごする姿は、まるでひまわりの種を馬鹿みたいに詰め込んだハムスターみたいだ。


 犯人を見つけた彼女は、その光景を見てへたりと座り込んでしまった。そして、わたしのハムカツ、としくしくと泣き出した。ここでようやく、クラス中で彼を紛糾する空気になった。女子を泣かせた男子に人権はない。悲しき社会のルールは、小学校四年生ですでに出来上がるのだ。


 担任の先生がいないからこそ、すごいことになった。主に女子が、かわいそうと彼を責め立てた。男子は誰も味方しない。なんなら、別に小食な女子からもらえばいいだけなのに、と呆れ気味。僕もその一人だった。


 「ハルちゃん、大丈夫?」


 彼女に僕は声をかけた。トレードマークのポニーテールまで、なんだかがっくりとしょげているように見える。ハムカツなら僕の分一枚あげるよ、というと首を振られた。ハムカツを取られた悔しさで泣いていたわけではないらしい。


 「ドラマみたいにうまくいかないんだなって……」


 「そりゃあ、ね」


 どうも彼女は、まいりましたと彼が頭を下げてくれるものと思ったらしい。悲しいかな、現実は彼がむしゃむしゃと食べてしまった。


 このどんちゃん騒ぎは長くは続かなかった。様子を見にやってきた隣のクラスの先生が、彼をすごい勢いで叱りつけたから。


 女子からの糾弾には平気な顔で居られても、綺麗な先生に怒られるのは、こたえるらしい。さっきまでのふてぶてしさが嘘のように、泣きそうな顔だ。


 何が起こったかを改めて書くと、給食のメインおかずであるハムカツが、一枚足りなかったのだ。最初は配膳係が責められたのだが、彼女が彼の『犯行』を見抜いた。

 彼はハムカツを多く食べたいがために、わざと四時間目の授業の途中で抜けて、廊下に待機させた給食ワゴンから抜き取った――。


 書いてしまえばあんまり大した事の無いように思える悪事を、彼女は暴いてみせた。誰もが見過ごすような、服についたほんのわずかな汚れだけで。


 僕はこのことを、つい最近まで忘れていた。思い出した理由は、彼女が謎を解こう、と言い出したから。


 それを受けて、そう言えば、と思い出した。しかし、彼女はあんまり覚えていないようだ。そうだっけ、と不思議そうな顔をされただけ。


 まあ、大したことじゃないから、構わないけど。でも、何となくこの記録において、一番最初に乗せるべきだ、と僕は思った。だから、思い出しながら書いてみた。


 さて、この記録はいつまで続くだろう。ノート一冊で収まるといいな……。

 

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少女探偵ハルカの事件簿 早緑いろは @iroha_samidori

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