第48話

 レイの目の前に広がる光景は、優しさの欠片もない酷い罵倒と暴力だった。


「なぁ、これ、どうしてくれるわけ?」


 男は嘲るように言いながら、倒れた子供を見下ろす。


「なぁ? 聞いてんのか?」


 ―――ドカッ!


 鋭い蹴りが腹にめり込み、子供が苦しげにうめき声を漏らす。


「うぐっ……」


「ったく、荷物もろくに運べねぇのかよ。このロスアンダーゴミ底辺がよぉ」


 男の口元が歪む。


「せっかく、オレら勇者サマの荷物持ちやらせてやってんのによ。耳、あんのか?」


 ――ガスッ!


 鋭い拳が頬を打ち、子供の体が地面に転がる。


「あがっ……!」


「うっわ、かわいそ」


「おいおい、死んだら困るんだから、そのへんにしとけって」


「ははっ、おまえ、それ本気で言ってんのかよ?」


「はははっ、冗談に決まってんだろ?」


「ま、今回は見逃してやる。良かったなぁ、このくらいで済んで」


 ――ゴスッ!


 最後に蹴りを一発入れ、男は鼻を鳴らした。


「ほら、とっとと立てや。仕事が残ってんだろ?」



 ひどい……


 あの子、知ってる。


 オレたちをたまに、遠巻きに見てた子だ……。


 ――そのとき。


 蹴り飛ばされ、地面に転がった子と、目が合った。


 ゾクリとするほど、冷たい瞳。


 そこには、怒りも、悲しみもない。ただ、何もかも諦めきったような、感情の色が消えた瞳が、ぼんやりとこちらを見つめている。


 まるで、自分が生きていることすら無意味だと悟ったかのように。


 まばたきすらしない。


 傷だらけの唇が、かすかに動く――が、声は出ない。


 いや、違う。


 もう、声を出す気力すら残っていないのか。


 「……っ」


 何かを言おうとしたが、喉が詰まる。


 あの目は、見ているようで何も見ていない。


 まるで、暗闇の底に沈んでしまったような――そんな、絶望の色だった。


 ……オレは知っている。あの目は、かつてのオレだ。


 かつて、あの目をしていた。

 人に絶望し、世界に絶望し、何もかもに絶望して――死を願っていた。



 ダスクファングのメンバーの一人が呟いた。


「……胸糞わりぃな。いくらなんでもやりすぎだ」


 特にガランさんは、何かを悔やんでいるような表情で、拳を「ギュッ」と強く握っていた。


「……くっ。レイ、行くぞっ! おめぇらも!」


 リーダーのアベルさんが、煮え湯を飲んだような表情で言い放った。


「「「お、おう……」」」


 その号令で皆はその光景を無視して、勇者パーティーの後ろを通ろうとした。


 ――だが。


 オレは無意識に、足を向けてしまっていた。

 その甚振られ、罵られ、絶望の表情を浮かべている子のもとに――


「お、おい、レイ……お前、なにやってんだ?」


 アベルさんがオレの行動を制するように尋ねる。


「あ゛? なんだァ? おまえ、関係ねぇヤツは引っ込んでろよっ!」


 勇者の言葉など無視して、オレはその子の手を握る。


「……大丈夫。大丈夫だから……」


 オレはその子の手を取り、希望の言葉を唱え続けた。



 ……ごめん、エレナ。


 エレナのために使うはずだった、ゼロポイント結晶……


 今は、この子のために使いたい。


 いや、使うべきなんだ……!


 そう思うと、オレは結晶同士を合わせ、回復の魔力を発動させた。


 その瞬間――まばゆい光が、倒れた子供を包み込んだ。


「お、おい、なんだそら……?」


 周囲の冒険者たちが声を上げ、驚きの表情を浮かべる中、光は一瞬で消えた。


「どう、もう大丈夫じゃないかな?」


 子供がゆっくりと起き上がり、痛みを訴えることなく、手を腰にあてて立ち上がる。


「え……痛くない。治ってるっ!」


 男たちの驚きが広がる中、リーダー格の冒険者が声を荒げた。


「はぁ!?  なんだそれ!?」


 その声に反応して、他の冒険者たちも一斉にレイに視線を向ける。

 しかし、レイはただ静かに、何も言わずにその場に立っていた。


「オレらが聞いてんだよっ! なんか言えよっ! なぁ、おいっ!」


 リーダー格がレイの胸ぐらをつかみ、力強く引っ張った。だが、その瞬間、アベルが静かに歩み寄ると、彼の手がリーダー格の腕をがっしりと掴んだ。


「そこまでだっ!」


 アベルの声が低く、冷たく響く。


「んっ! だよっ! うっせぇ! うっ……」


 リーダー格はそう怒鳴った時に、その腕に係る力の強さに一瞬たじろぎ、そして腕を離す。


 リーダー格はアベルを一瞬睨むと、未だ倒れてる荷物持ちの子に言い放った。


「治ったんなら、とっと立てやっ! いくぞ、おめぇらっ! くそっ」


 と、文句を言いながら勇者パーティは出口へと向かうのだった。


 そのとき、いたぶられてた子はレイに顔を向けて、お辞儀をするとその後についていったのだった。



「……くっ、胸糞わりぃ。」


 アベルはその一言を吐き捨てるように言い放つと、再びレイに向かって言った。


「レイ、行こう。お前も、みんなも。」


 レイは何も答えず、ただうなずくと、足元で立ち上がった子供に視線を向けた。

 その子は、無言でレイにお辞儀をし、静かに立ち去っていく。


「……あれが勇者パーティーか。品も礼儀もねぇな。」


 アベルがそう呟くと、レイは軽く頷いた。


「……じゃあ、行こうか。」


 レイもその他メンバーもそれに応じるように、無言で歩き始めた。

 レイは少し後ろを振り返りながら、出口に向かって歩を進める。


 その姿が、どこか暗い影を引きずっているような気がした。

 だが、レイはそれを振り払うことなく、足元をしっかりと見つめて歩き続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔鉱石のアーキテクター 只野 段 @megahm47912

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ