第三七話 結局みんなでバンザーイです

紅い教団の刺客二人は、じりじりと間合いを詰めながら、俺たちを見据えていた。

その目には、まるで獲物の隙を伺う狩人のような鋭さが宿っている。


男は双剣を、女は細身の剣を構え、身体の一部であるかのように自然な動きで武器を操っている。

まるで、剣そのものが自分たちの意思を持っているかのように──。


「……何者だ?」


俺は多節棍を構えながら問いかけるが、男は薄く笑うだけだった。


「さあ……俺たちが何なのか、お前が知る日は来るのだろうか?」


「あるいは──」


女が妖艶に微笑む。


「この場で終わるかもしれないけど?」


俺たちの未来をすでに知っているかのような口ぶり。

まるで、この戦いの結末が決まっているとでも言うように。


「チッ……!」


刹那、激突。


ガキィィン!!


剣と多節棍が交差し、夜の静寂を切り裂く火花が散る。


「くっ……!」


俺の攻撃を、男は双剣で難なく受け流す。

だが、それだけではない──俺の動きを、まるで見透かしているかのようにカウンターを繰り出してくる。


「……っ!」


咄嗟に身を翻して躱すが、背後からは女が踏み込んできていた。


「遅いわよ?」


シュバッ!!


細身の剣が鋭く突き出される。

ギリギリでかわし、多節棍を横に薙ぐが──


「甘いな」


男がすかさずフォローに入り、俺の軌道を断ち切る。


「こいつら……!」


動きが、俺自身のものに近い。

それも、俺の癖や攻撃パターンを熟知しているかのような戦い方だ。


──だが、どこか微妙に違う。


まるで、一緒に修行を積んだ「兄弟」と戦っているような……

自分と似ているが、決して同じではない、そんな違和感が背筋を冷たくする。


「……まさか、お前ら……」


俺の脳裏にある考えが浮かんだ瞬間、男が双剣を回しながら静かに言った。


「俺たちは“偽りの影”

だとしたら、どうする?」


「さあ、楽しみましょう?」


女の声が、どこまでも冷たく響いた。


その時だった。


「おいおい、アルヴィン! 一人で楽しむな!」


軽快な声とともに、アニスが戦場に飛び込んできた。


段差などモノともせず、地面を蹴り、一気に間合いを詰める。

彼女の剣が閃き、双剣を構えた男を強引に押し込む。


「この手のタイプ、私は嫌いなのよね……」


冷静な声とともに、リリスも杖を振るい、女の方へ魔法を放つ。

だが、それはただの牽制ではなかった。


大師匠直伝の遅延詠唱を使い熟し、実に絶妙なタイミングで魔法を発動させる。

まるでこちらの攻撃と噛み合うように、敵の動きを阻害する布石となる。


「ほう……援軍か」


双剣の男が余裕を見せながら後退し、女の方も軽やかに距離を取る。

まるで状況が不利になったことすら楽しんでいるかのように。


「これで四対二ね」


アニスが剣を肩に担ぎながら、挑発的に笑う。


「お前ら、もう引いたほうがいいんじゃない?」


だが、男は余裕の表情を崩さなかった。


「ふふ……なら、俺たちも“戦力”を増やそうか」


「ええ、そろそろ頃合いね」


その瞬間。


──ゾクリ。


空気が、変わった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


まるで辺りの温度が数度下がったかのような、冷たく鋭い殺気。

目の前の戦場の空気が、一瞬にして引き締まる。


「アルヴィン・フォン・ロイド」


鋭い声が、戦場を貫いた。


次の瞬間──


ドンッ!!


突風が吹き荒れたかのような衝撃とともに、漆黒の影が俺の前に降り立つ。

やはり……アランか!


「お前の相手は俺だ」


彼の目には迷いの欠片もなく、まるで俺と戦うことが宿命であるかのような、揺るぎない確信があった。


「チッ……!

またお前か……!」


俺は多節棍を構え直す。


「何度でも相手になろう」


目の端で、アニスとリリスが構えを取り、男と女と対峙するのが見て取れた。

そして、アリシアが俺のサポートにだろう、駆けてくる。


だが


「……邪魔者がいるわね」


突然、細身の剣を持つ女が、視線をアリシアへ向けた。


「!?」


次の瞬間、女は素早く剣を振るい、魔力の刃を飛ばす。


「チッ……!」


アリシアは即座に防御の魔法を展開するが、牽制の意図は明白だった。


「ふふ……戦いに“余計な手出し”はしないでね?」


「面白くないことを言うわね……!」


アリシアが睨み返すが、彼女の動きを封じられたのは事実だった。


「アリシア、大丈夫か!?」


俺が問いかけると、彼女は舌打ちしながらも頷いた。


「気にしないで、アルヴィン君。

……でも、なるべく早く片付けてちょうだい」


俺は息を整え、再びアランと向き合う。


周囲ではアニスとリリスが俺と同じ顔をした男女と激闘を繰り広げ、アリシアが牽制を受けながらも隙を窺っている。


──だが、今の俺に気を取られている余裕はない。


「行くぞ、アルヴィン」


アランが低く囁き、一歩踏み込んだ。


「上等だ!」


俺が構えた瞬間、


シュバッ──!


閃光のような踏み込みとともに、アランの剣が音すら切り裂く勢いで迫る。


「っ……!」


咄嗟に多節棍を振るい、剣の軌道を逸らす。

だが、重い──!


相変わらず一撃一撃が的確で、まるで無駄がない。

アランの剣は力任せではなく、まるで緻密に計算された機械のように正確に俺を仕留めに来る。


「何がしたいんだ……お前は!」


俺が問いかけながら、反撃の一撃を放つ。


だが、アランは僅かに首を傾けるだけで、それを回避した。


「決まっている。俺たちの計画に、貴様は邪魔だ」


淡々と告げながら、アランは剣を回転させるように振るう。


俺は多節棍で防ぐが、次の瞬間──


「チッ……!」


足元に強烈な蹴りが叩き込まれ、体勢が崩れる。


「遅い」


崩れた隙を見逃さず、アランの剣が鋭く振り下ろされる。


──避けられない!


瞬時に多節棍を折り畳み、柄の部分で衝撃を逸らす。


ギィィンッ!!


衝撃が腕を痺れさせ、わずかに遅れた隙にアランがさらに間合いを詰める。


「もう終わりか?」


「……んなわけあるか!!」


俺は叫びながら渾身の力で多節棍を振り上げ、アランの懐を突く。


アランは一歩引きながらも、その場で剣を横に払って勢いを殺す。


「お前は……確かに強い」


「それはどうも」


そして俺達の戦いと並行して、夜の湖畔の祭壇で、剣と棍が交差し、静かに、しかし熾烈な死闘が繰り広げられていた。

紅い教団の信徒達の加勢があれば量的にどうしようも無く不利になるが、信徒達は儀式に集中している。

いや、儀式に必要な最低限の人間を除くと、戦闘に参加できるのは三人だけだったと言うべきだろうか。

しかし。

アラン同様、他の二人も恐ろしく強い上に、連繋がとれている。

一人多いというアドバンテージも、あまり影響ないようで、次第次第に圧されていく。


だが……


「舐めるな!!」


アニスの怒声が響く。


敵の剣を受け流し、刹那の隙を見逃さず、

そのまま強烈なカウンターを叩き込んだ!


ガギィンッ!!


双剣の男がバックステップで距離を取るが、

確実にダメージを受けている。

その証拠に、男の唇から血が滲んでいた。


だが、敵もただでは引かない。


「おっと……やるね」


男が薄く笑いながら体勢を立て直す。


突如として……


「まだまだ!!」


リリスが杖を振り抜き、宙に描かれた魔法陣が輝く。


バシュウゥンッ!!


無数の魔力の矢が敵を包囲し、雨のように降り注いだ。

女の剣士がすかさず魔法障壁を展開するが、完全には防ぎきれない!


「くっ……!」


流石の敵も、一瞬ひるむ。


このまま一気に畳み掛ける──


その時だった。


一気に戦況が変わる!


「アルヴィン様!!」


──響き渡るのは、侯爵家の騎士たちの声。


「援軍到着! ここは我々が引き受ける!!」


ドオォンッ!!


戦場に重厚な鉄蹄の響きが轟く。

煌めく鎧をまとった騎士たちが、一糸乱れぬ陣形を組み、怒涛の勢いで突入してきた。


その瞬間、紅い教団の信徒たちの間に動揺が走る。


「な、何だ……!? なぜ奴らがここに!?」


「儀式を続けろ! こっちは持ちこたえる!」


だが、そんな指示とは裏腹に、現実は容赦がない。

突入した騎士たちは、一瞬で戦況をひっくり返し、紅い教団の陣形を粉砕していく。


「くそっ……!」


動揺する信徒たち。


「主よ、加護を──!」


震える声で祈りを捧げる者もいれば、

戦意を奮い立たせるように剣を抜き、騎士たちに立ち向かう者もいた。


「バカな! 儀式を中断するわけには……!!」


「ならば、我らが時間を稼ぐ!!」


数人の狂信的な信徒たちが、騎士団の突入を阻止しようと正面から飛び込んでいく。

彼らの瞳には、迷いも恐怖もなかった。


だが──


ガギィン!!


「甘い!」


剣を交える間もなく、騎士たちは見事な連携で敵を斬り伏せる。


「ぐっ……!?」


「ひ、引くな! まだ終わりではない!!」


必死に抗おうとする信徒たちだったが、

明らかに実戦経験の差がありすぎた。


「……遅かったな!!」


俺はニヤリと笑い、

騎士団の突入で一瞬隙を見せたアランを一気に追い詰めるべく、踏み込む。




俺の多節棍が風を切り、アランの首を狙う。


「ッ──!」


アランはバランスを崩しながらも、咄嗟に剣を振るい、それを弾く。

しかし、完全には受けきれず、その衝撃で足元が揺らぐ。


──横薙ぎの一撃が、迷いなく振るわれた。


ガッ!!


アランの体が弾かれ、彼は地面に尻餅をつく。


戦局が、今まさに逆転しようとしていた──。


だが、その瞬間。


「──そこまでだ」


静かだが、どこか威圧感のある声が夜の闇を裂いた。


シュバッ!


突然、空気を裂く鋭い音が響く。


闇の奥から、黄金に輝くドクロのような仮面をつけた人物が、音もなく歩み出てきた。

男とも女ともつかない、不気味な黄金の仮面。


長く流れるマントが月光を反射し、風に揺れる。

マントの下に纏った金色に輝く軽装の革鎧が、性別を曖昧にし、威圧感をさらに増していた。


「……誰だ?」


俺が低く問いかける。


だが、仮面の人物は答えず、滑るように前へ進むと──


ヒュンッ!!


──しなやかな鞭が閃いた。


「っ……!」


俺は反射的に後退する。


その刹那、仮面の人物の鞭が再びしなり、

アランの足元を絡め取ると、一瞬で彼を引き寄せた。


「ぐっ……!」


まるで羽のように軽々とアランの体を操る。


「……助けられる覚えはないが?」


アランが低く言う。


「ならば借りとでも思うがいい」


仮面の人物は淡々と答えながら、アランの肩を軽く叩いた。

まるで、元から助けるつもりでここに来たかのように。


俺は多節棍を握り直し、間合いを詰めようとする。


「逃がすと思うなよ……!」


しかし──


バシュンッ!!


再び鞭が閃き、俺の視界を遮るように地面を深く抉った。


「っ……!」


巻き上がる砂埃の向こう、仮面の人物の瞳が冷たく光る。


「計画が遅れるのは困る」


「……っ!?」


その一言に、アランが驚いたように顔を上げる。


「貴様は……」


「今は退くぞ、アラン」


仮面の人物が低く命じる。


「……チッ、わかった」


アランは一瞬だけ躊躇したが、すぐに剣を納めた。


「……アルヴィン・フォン・ロイド」


俺を鋭く睨みつけると、「次こそは貴様を討つ」と捨て台詞を吐いた。


仮面の人物は微かに笑みを浮かべ、軽く手を上げる。


その瞬間、鞭が再びしなり、彼らの姿は闇の中へと溶けるように消えていった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


アランたちが去ったことで、一瞬、呆然と立ち尽くしてしまった。


だが──考えるまでもない。


戦いはまだ終わっていない。


リリスとアニスが二人の剣士を抑え、侯爵家の騎士たちが信者たちを掃討している。

戦況は優位に傾いている。


だが、それよりも──


「フィオナ!!」


俺は祭壇に倒れる妹の元へと駆け出した。


足元の血と瓦礫を蹴散らしながら、必死に走る。

視界の端で、リリスたちが敵を抑えている間に、アリシアもこちらに向かってきているのが見えた。


──フィオナが、小刻みに震えていた。


薄い貫頭衣越しに浮かび上がる無数の刻印。

それらが、赤黒く脈動しながら発光している。


「フィオナ! しっかりしろ!!」


俺が彼女の肩に触れようとした瞬間──


「触っちゃダメ!!」


アリシアが鋭い声で制した。


俺は反射的に手を引く。


「……刻印のせいよ!」


アリシアがフィオナの刻印に手をかざし、苦々しげに呟く。


「このままじゃ、フィオナが……!」


フィオナの体が痙攣し、息が乱れる。

まるで、体の内側から何かに蝕まれているかのようだ。


「どうすれば……」


俺が焦りに囚われかけた、その瞬間──


「私に刻印を移す!」


アリシアの決断は一瞬だった。


「は?」


俺が驚く間もなく、アリシアはフィオナの腕を掴み、呪文を唱え始めた。


──しかし、その刹那。


「っ……!!」


アリシアの肌にも、まったく異なる刻印が浮かび上がる。


「なっ……!?」


フィオナとは違う形の刻印が、彼女の服の上からでもはっきりと見えるほどに刻まれている。強い魔力の干渉により、アリシアの体が痙攣し、苦悶の表情を浮かべた。


「なに……よ……こんな……ところで……!!」


アリシアの膝が崩れそうになる。


「アリシア!!」


俺は思わず叫び、アリシアの手を掴んだ。


「なら、俺が受け取る!!」


「ダメ! そんなこと、絶対に止め──!」


アリシアの悲痛な声が耳を打つ。

だが、俺は迷わず呪文の魔力の流れを変えるための起動呪文を唱えた。


フィオナから、俺へ。


過去に魔法の暴走を止めた時の記憶を頼りに、魔力の方向を強引に変えていく。


「っ……!!」


刻印が、次々と俺の肌へ移動していく。


その瞬間、


「やめて!! アルヴィン君!!」


アリシアの声が悲鳴のように響く。


「あなたがそんなことしちゃダメなの! そんなの、私が……!!」


俺の腕を掴むアリシアの手が震えていた。

だが、もう止めることはできない。


──熱い。


灼けつくような痛みが、俺の全身を駆け巡る。


だが、そんなことはどうでもいい。


フィオナだって、この痛みに耐えていたんだ。

妹が苦しんでいた苦痛を、俺が代わりに背負うだけだ。


「……っぐ……!!」


歯を食いしばる。

視界が歪む。


それでも、俺は最後まで呪文を完遂させた。


全ての刻印が俺の体へと移った、その瞬間──。


痛みがスッと抜けた。


だが、それと同時に俺の体から全ての力が抜け落ちる。


「……ぁ……」


支えきれず、崩れ落ちる。


アリシアの顔が見えた。

歪んでいた。


涙を浮かべたまま、俺を抱き止めようとする彼女の手が、微かに震えていた。


「これでおそろい、かな?」


俺は苦笑しながら、自分の肌に刻まれた刻印を見つめる。


しかし──


「馬鹿なこと言わない!!

何てことするの!!」


アリシアが、怒りと悲痛の入り混じった声で叫んだ。

まだ刻印の光が収まらない彼女は、震える指先で俺の刻印を指さす。


「どうして……どうして、こんなことを……!!」


彼女の瞳には、明らかな後悔の色があった。

フィオナの刻印を代わりに引き受けようとしたのは、アリシアだった。

それを俺が奪う形になってしまったのが、許せないのだろう。


「……最善が無理なので次善を目指したが……」

突然、不気味な声が、静寂を破った。


──いつの間にか、黄金の仮面が再び現れていた。


「っ……!!」


俺とアリシアが即座に身構える。

だが、それよりも驚いたのは、彼の背後にいた二人だ。

いつの間にか戦闘が終わり、俺たちを睨みつけるように立っていたあの双剣の男と細身の剣の女が、仮面の人物のもとへと静かに馳せ参じていたのだ。


「最前への布石が成った、か……」


仮面の人物が不気味に呟くと、二人の男女は何も言わずにその背後に控える。

まるで忠実な従者のように。


──その瞬間。


「アルヴィン!!」


「アリシア、大丈夫!?」


駆け込んできたアニスとリリスが、息を切らせながら俺たちを見つめた。


だが──


「……え?」


彼女たちの表情が、驚愕に染まる。


アリシアの肌に刻まれた刻印。

俺の全身を覆うように光る紋様。


そして──

フィオナの、小さな体。

白い貫頭衣をまとった彼女は、ピクリとも動かない。

まるで命の灯が消えたかのように、静かに横たわっていた。


「フィオナ……?」


アニスの手が、わずかに震えた。


「な、何……これ……?」


リリスが刻印の光を見て、言葉を失う。


アニスとリリスの驚愕。

俺とアリシアの疲弊。

フィオナの静寂。


その全てを見下ろしながら、仮面の人物は冷たく笑った。


──次の瞬間、煙のようにその場から消え去った。


「おい、待て!!」


俺が叫ぶ。


だが、返事はない。


「っ……アルヴィン!!」


アニスが叫びながら俺の元へ駆け寄る。

視界が揺れる。

全身が重い。


ふと横を見ると、アリシアも同じように力なく崩れ落ちていた。

肩で荒い息をしながらも、意識を失うまいと必死に堪えている。


──そして、フィオナ。


彼女は微動だにせず、まるで人形のように横たわっていた。

青白くなった肌に、残り香のように、移された刻印の淡い光がちらちらと揺らめいている。

だが、それまで青白かった肌に浮かんでいた淡い光が、次第にどす黒い色へと変わっていく。


「……っ!!」


リリスが血相を変えて駆け寄り、フィオナの脈を確認する。


「……微かに、まだ……!」


「すぐに治療しないと……!!」


アニスが振り返り、駆けつけた騎士たちへと鋭く指示を飛ばす。


「担架を! すぐにフィオナを本邸へ運ぶのよ!」


「急げ!! 魔術師を手配しろ!! 一刻の猶予もない!!」


騎士たちは迅速に動き出し、フィオナを慎重に担ぎ上げる。

しかし、彼女の体はあまりに軽すぎて、そのか細さが胸を締めつけるようだった。


アリシアは震える指でフィオナに触れようとするが、力が入らず、そのまま倒れ込む。


「っ……待って……! まだ……」


「アリシア、無理するな!」


リリスが彼女の肩を支えるが、アリシアは悔しそうに唇を噛んでいた。


そして、俺も。


全身の力が抜け、意識が暗闇に飲み込まれていく。


ただ、俺の肌に刻まれた刻印の熱だけが、じわりと体の奥へと染み込んでいくように感じた。


──そして、すべてが静寂に包まれた。



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