第二六話 二人とも無理難題です

学園の訓練場近くで、アニスが突然、俺――アルヴィン・レオハルト・フォン・ヴィンターハルト――に話しかけてきた。


「なぁレオハルト、聞いたか?

武道の精神を体現した庭があるって話だ。

通路を石で作ってあり、歩くだけで武道の足取りを取得できる。

それだけで無く、精神修行まで出来るらしい。

面白そうだと思わないか?」


赤みがかった茶髪をポニーテールにしたアニスは、自信満々に笑いながら俺の肩を叩いてくる。彼女の熱意に押され気味の俺が返事をする前に、別の声が割り込んだ。


「ちょっと待ちなさい、アニス。そんな武道の庭より、今評判の“魔法理論に基づいた庭”の方が先でしょ。

自然の中で魔力を感じ取り、魔力循環の仕組みを体験できる場所なんだから」


言葉の主はリリス。銀髪を肩で揺らしながら、知的な雰囲気を纏っている。彼女はじっと俺を見つめながら、小さくため息をついた。


「アル君、どうせなら、魔法の知識を広げる方があなたの役に立つと思うわ」


「ふん、何が師匠気取りで、アル君だぁ? お前の弟子だとでも言うのか?」

アニスがリリスを睨みつけると、リリスも負けじと眉をひそめて言い返した。


「あなたこそ、また勝手に“レオハルト”なんて呼び方をして、まるで騎士団に引き入れたつもりでいるけど……彼は私の弟子よ。魔導塔で正式に登録するつもりなんだから!」


「何度でも言うが、こいつは俺の小姓ペイジだ!

もうすぐ騎士として叙任される事になる」

「いいえ、アル君は黄色の塔の“期待の新人”よ!」


二人の言い争いに挟まれた俺は、思わずため息をつく。


「ええと……二人とも落ち着いてくれないかなぁって?」


だが俺の言葉など意に介さない二人は、さらにヒートアップしていく。



やがてアニスが両腕を組み、一歩俺に詰め寄ってきた。


「なぁレオハルト、剣士としては武道の庭に行くべきだと思わないか? 剣の振り方や動きの精度が磨かれるんだぞ!」


赤みがかった茶髪をポニーテールにしたアニスが、強い目で俺を見つめる。だが、その言葉が終わるのを待たず、リリスがため息交じりに割り込んできた。


「アル君、そんなものより、魔法の庭で知識を広げた方が将来に役立つわよ。貴族の嗜みとしても魔法の方が重要だわ。いくら剣が振れるって言ったって、時代は魔法よ?」


銀髪を揺らしながら冷静な口調でリリスが主張する。その言葉に、アニスはムッとした表情を浮かべた。


「おいおい、リリス。剣士として武術を磨かずにどうする? 剣術を鍛えれば心も体も強くなるんだ。そんなことも分からないなんてな」


「いいえ、アニス。そもそも剣術なんてただの力任せじゃない。それより、魔法の庭で知識を吸収して、より高度な精神性を学ぶ方がはるかに意味があるわ」


「ふん、魔法理論だと? そっちは後回しでいい。剣士にとっては武道の庭が重要だろう!」

「何を言っているの? 魔法の方が貴族として必要な教養になるのよ!」


再び俺を挟んで火花を散らす二人。どちらを優先するかで揉める気配しかない。


──これ、俺が選んだら間違いなく修羅場だな。


仕方なく、俺は一歩引いて、やや大きめの声で提案することにした。


「……じゃあさ、どっちも見に行くってことでどうだ?」


二人は一瞬黙り込んだ後、アニスは腕を組み直し、リリスは小さくため息をつきながら、それぞれ「まぁ、それならいいわね」と納得する様子を見せた。


「で、どちらに先に行くかだが……」

「それは当然、魔法の庭に決まってるでしょ!」

「あぁ? 武道の庭が先に決まってるだろ!」


再び俺を挟んで火花を散らす二人。その視線の間で俺はどうにも動けず、思わず目を泳がせた。


たもぶつかる二人を見て、俺は慌てて質問を投げた。


「ちょっと待て! そもそも、二人が言ってるその庭って、具体的にどこにあるんだ?」


二人は一瞬きょとんとした後、それぞれ言葉を濁す。


「……場所までは詳しく聞いてないけど、案内人がいるらしいわ。だいたい学園から一時間くらいのところらしいわね」

「そうだな、学園の先生から聞いたが、一時間くらい何で、行けば分かるって言ってた」


──え? 学園からだいたい一時間、それ、もしかして……


なんとなく嫌な予感がしたが、俺は黙ってそのまま二人に付き合うことにした。


数日後、俺たちは「評判の庭園」に向かうため、それぞれの情報を頼りに別々の場所から出発していた。俺はリリスと一緒に学園を出発し、アニスとは庭園の入口で合流する手はずだった。


──そして、庭園の門の前で、案内人と一緒に待っているアニスの姿が見えた。


「おっ、遅かったな、レオハルト!」

アニスが俺たちを見つけ、満面の笑みを浮かべながら手を大きく振って近づいてくる。その隣には、落ち着いた雰囲気のシンプルな服装をした男性案内人が立っていた。


「あなたたちが『魔法理論に基づいた庭』に興味があるお客様ですね。では、案内を──」

案内人が丁寧に説明を始めたところで、ふと動きを止め、横のアニスに視線を向ける。


「……あれ? 先ほど『武道の精神を体現した庭』に興味があるとおっしゃったお客様と、同じ方たちでしょうか?」


「えっ?」

リリスとアニスが同時に驚きの声を上げた。


「魔法の庭と武道の庭……それぞれの話をされましたが、実はどちらもこの庭園のことです。剣術のエリアと魔法のエリアなどと便宜上言っていますが、実は同じ庭でして。一度に双方の魅力を堪能できる場所なんですよ」


顔を隠しながら案内人の説明を聞き、俺は内心「やっぱりそうか」とため息をつく。そして、隣にいるリリスとアニスの顔をチラリと見ると、二人とも驚きから興奮に表情が切り替わっているのがわかった。


「剣術と魔法……両方が一つの庭に共存してるってこと?」

リリスが目を輝かせながら訊ねると、案内人は満足げに微笑んで頷いた。


「はい。その両方を融合させた独自の設計になっています。魔法と武術の相乗効果を体感していただけるかと」


「な、なんだそれ……!」

アニスは驚きと興奮が入り混じった表情で周囲を見回す。


「剣術だけじゃなくて魔法も? そんな庭が本当にあるなんて、想像以上だ!」

アニスは感嘆の声を上げると、まるで庭園全体を飲み込むように視線を動かした。


「アル君、最初からこういう情報を教えてくれていれば、もっと早く来てたのに!」

リリスが軽く俺を睨むようにして言うが、その声色には嬉しさがにじんでいる。


「いや、俺だってまさかそんなスゴい場所だとは聞いてなかったんだよ……」

俺は肩をすくめて苦笑いを浮かべたが、心の中では二人の反応にホッとしていた。


「でもさ、これって最高の探索になりそうだよね!」

リリスが楽しげに言うと、アニスも勢いよく頷いた。


「よし、なら早速行こうぜ! 剣術エリアも魔法エリアも全部見るんだ!」

「うん! 一つでも見逃したら後悔するかも!」


二人の楽しそうな声を背に、俺たちは案内人の先導で庭園の中へと足を踏み入れた。風に乗って漂う花の香りと、遠くから聞こえる水音が、期待感をさらに高めてくれた。


そんな二人を尻目に、案内人がそっと俺の方に寄ってきた。

「……若様、どうしたんです?」

「いや、実は剣と魔法のそれぞれの師匠が、庭を見たいって言出して……まさかと思ったら…」

「……わかりました。気付かなかったふりをしておきましょう」

「……助かる」


案内人の先導で庭園に入った二人は、目の前の景色に言葉を失った。

特に剣術エリアと魔法エリアと分かれている訳で無く、ともに調和を保っている。


「……すごいわね。本当に評判通りの場所じゃない」

リリスが驚きながら池の真ん中に設定された島を指さす。植物が並び、そこから漂う魔力の流れに目を輝かせている。


「ふん、見ろよ、あの石の並び! 木の枝の張り出しとあわせている!」

アニスは枯山水へと続く道を指さし、嬉々としてそちらに向かいそうになる。


「認めたく無いけど、魔法も剣術も、精神面を突き詰めると同じ面を見せる事になるのね」

「おまえに言われるのはしゃくだが、同意せざるをえないな」


俺は少し居心地の悪さを覚えながら、二人の後をついていった。

嫌な予感ほどよくあたるって本当なんだな。


「アル君、これを作った人は一体どんな天才なの? あなた、何か知ってる?」

「そ、そうだな……まぁ、知ってると言えば知ってるけど……」


必死に言い訳する俺を、二人はじりじりと追い詰めてくる。


さらに庭の奥に進むと、我が家の紋章が門に刻まれているのを見つけたリリスが、驚きの声を上げた。


「これ……アル君の家紋よね?」

「おい、どういうことだレオハルト!」


俺が言いよどんだその時、案内人が口を開いた。


「実はこの庭園、ヴィンターハルト侯爵家が所有するものなんです。

主人であるアルヴィン様のご指示で作られたと聞いています」

ギッとにらみつけた案内人の顔が、諦めろと言っている事に気付いた。


「えっ……!?」

リリスとアニスが同時に俺を振り返る。その目には驚きと尊敬の色が混ざっていた。


「お前が……これを作ったのか、レオハルト!」

「アル君、これ、本当にあなたが指揮したの?」


隠しきれなくなった俺は、肩をすくめ観念して答えた。。


「……まぁ、その、ここ、俺の別邸の庭なんだよ」


二人はしばらく無言のまま俺を見つめていたが、リリスがため息をついて言った。


「アル君、なんで最初にそう言わなかったの? こんなすごい庭、もっと自慢してもいいのに」


アニスも苦笑しながら頷く。


「そうだぞ。お前がこんな場所を持ってるなんて知らなかったから、別物だと思ってたじゃないか」


「だって……別邸の庭なんてほとんど見せる機会なかったし……」


二人はしばらく無言で俺を見つめた後、リリスが肩をすくめて笑った。


「アル君、あなた、最初にそれを教えてくれたら、こんなに揉めなかったのに」


「本当だぞ! お前が作った庭だって分かってたら、私だってもうちょっと冷静に話せたんだからな!」


俺は内心、もっと揉めた気がするけどな、と思いながら苦笑いを浮かべた。


庭園を探索し始めた俺たちは、徐々にその特殊な設計に気づいていった。


「ねぇ、見て、あの築山……」

リリスが小さな丘を指さした。周囲に茂る木々の配置が絶妙で、そこだけ風が渦を巻くように動いている。近づくにつれて、空気中に漂う魔力が肌で感じ取れるほど濃密になっているのが分かった。


「これは……ただの築山じゃないわね。明らかに“魔法の吹きだまり”よ。ここを通過する風が自然に魔力を集めるように設計されているんだわ」


リリスは目を輝かせながら小高い丘に手を触れた。その瞬間、指先から魔力の波が放たれ、築山全体が淡い光を放つ。


「すごい……! アル君、これ、ただの庭じゃないわ! 魔術的な構造が完璧すぎる!」


一方でアニスも、周囲の空気の変化に気づいた様子だ。彼女は地面を踏みしめながら、眉をひそめた。


「この場所……武術でいう“気”の流れと似てる気がするな。集中力が自然と高まるような感覚がある」


そう言いながら、アニスは剣を持つような仕草で一歩踏み出す。すると、築山から吹き下ろす風が彼女の動きにぴたりと寄り添うように流れた。


「なんだこれ……動きが妙に軽くなる。これが“気”ってやつか?」


リリスがすかさず反論するように言った。

「違うわ、これは魔力よ。魔力の流れが体に同調してるだけ。剣術で言う“気”なんて、大げさな……」


「大げさじゃない! 魔法だけじゃ説明がつかない体感だってあるんだよ!」


二人はいつものように口論を始めたが、すぐに気づいたらしい。リリスがふっと息を吐き、口元に笑みを浮かべる。


「……でも、結局“気”も“魔力”も、本質的には同じものかもしれないわね。エネルギーの流れという意味では」


「おいおい、今さらお前が私に同意するのかよ」

アニスは笑いながら肩をすくめる。


築山の調査を終えた俺たちは、次に枯山水へと向かった。その庭の中心に広がる石庭は、ただ美しいだけではなかった。


「……この並び方、明らかに魔方陣の構造になってるわね」

リリスがしゃがみ込んで、砂に描かれた線を指でなぞる。砂に刻まれた流線は、単なる装飾ではなく、魔力を増幅するための設計だった。


「ほら、ここ。円を中心にエネルギーが流れるようになってる。この石が魔法陣の焦点ね」


「ふん、それだけじゃないぞ」

アニスが今度は別の石を指さす。


「この石の配置、剣術の“体捌き”の動きにぴったりだ。立ち位置と重心移動がそのまま再現されてる。ほら!」


そう言って、アニスは実際に石庭に立ち、剣を振るように動いてみせる。まるで石の配置が動きをガイドしているかのように、自然で流れるような動作を見せた。


「いや、そんな意図はまったく無かったんだけど……」


俺が驚きながらそう言うと、リリスも頷いた。


「無意識で、って言うの?

そういえばフィオーレが、無意識で技術と宗教を結びつけていたって力説していたが、そういう事なのね……

剣術と魔術の融合……どちらの視点から見ても完璧な構造になってるわ」


「ははっ! おもしろいな!」

アニスが子供みたいに笑いながら石庭を見渡す。


「認めるよ、リリス。お前の言う“魔法”ってのも、こうやって剣術と融合できるんなら、悪くないかもな!」


「私も認めるわ。剣術って、単なる力任せじゃなくて、ちゃんと理にかなった動きがあるのね」


「なぁリリス、やはりレオハルトの庭ってすごくないか?」


アニスが枯山水を見渡しながら興奮気味に言った。

「剣術も魔術もこんなにうまく融合してるなんて、今まで聞いたことないぞ。なぁ、師匠にも見せたいって思わないか?」


リリスは石庭の中央で足を止め、小さく笑った。

「そうね……確かにこれは私の師匠にも見てもらいたいわ。彼ならこの魔力の流れにどんな理論が隠されているか、すぐに解明してくれるでしょうね」


アニスは腕を組みながら、得意げに鼻を鳴らした。

「私の師匠だって、ここを見たら絶対興奮するに違いないな。あの人、武術の“極意”ってやつを探してるんだ。これがそのヒントになるかも!」


リリスはその言葉に軽く肩をすくめながら、少し挑発的な笑みを浮かべた。「でも、剣術だけじゃこの庭の本当の価値は分からないと思うわ。魔法理論を知って初めて、この庭の設計がどれだけ高度か理解できるんだから」


「おいおい、魔法だけじゃ片手落ちだろ!」アニスが指を突きつける。「剣術と魔術がどっちも揃ってこそ、この庭の価値が分かるんだよ!」


俺は二人のやり取りを横で聞きながら、ため息混じりに言った。「つまり、どっちの師匠も呼んで、一緒に見てもらえばいいんじゃないのか?」


その一言に、アニスとリリスは同時に顔を見合わせた。そして、驚くほど素直に頷く。


「それも悪くないわね。私の師匠なら、魔法の視点でこの庭の価値を証明してみせるわ」

「私の師匠も、剣術の観点でどれだけすごいか解説してくれるはずだぜ!」


二人はそれぞれに意気込むと、まるで誰がこの庭の素晴らしさをより深く理解しているか競い合うかのように、次々と感想を口にし始めた。


「そうだ、剣術の師匠には、この築山を絶対に見せるべきだよな! あの風の流れと足取りの感覚、師匠なら一発で核心をつかむだろう!」


「いいえ、まず魔術師にとって、この枯山水の魔方陣構造を見逃すわけにはいかないわ。この庭全体が一つの魔法陣として機能しているなんて……師匠なら感激するはずよ!」


二人の目はキラキラと輝き、まるで子供が大人に新しいおもちゃを見せびらかすような勢いだった。俺は苦笑いしながら、少し後ろに下がって彼女たちの熱意を受け流す。


「……まぁ、師匠たちを呼ぶのはいいとして、どうせまた意見が割れて、揉めるんだろうけどな」


そうぼやく俺の声など二人には聞こえないらしく、二人は次々と師匠に伝えたいポイントを議論し始めた。


「いや、師匠にはまず築山を見てもらわないと!」

「違うわ、枯山水からよ!」


再び始まった言い争いに、俺は肩をすくめるしかなかった。


だがその時、アニスの視線が庭の隅にある大きな岩に向いた。彼女は目を細めながら首を傾げる。


「……なぁ、あれ、なんか怪しくないか?」



俺は視線の先を見て、ドキッとした。

あそこって確か……


リリスもその視線を追い、目を細める。

「あれって……地下空間への入り口じゃない? 隠されてるけど、鍵の魔法の痕跡が残ってるわね」


アニスは興奮した様子で岩に駆け寄ると、手を押し当てた。

「なぁ、レオハルト! この庭園、まだ秘密があるみたいだぞ! さっそく開けてみようぜ!」


リリスは少し警戒するように立ち止まり、俺を振り返った。

「アル君、慎重にね。この扉、ただの地下室とは思えないわ」


俺は二人の間に立ちながら、複雑な気持ちで扉を見つめた。

「……分かった。とりあえず、調べてみるか」


こうして俺たちは、庭園のさらなる秘密を求めて地下への扉に向かうことになった。

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