第二五話 ニコニコした修羅事です
誕生会の会場は、さすが王族の行事と言うべきか、どこを見ても豪華な装飾で彩られていた。きらびやかなシャンデリアが天井から吊り下げられ、壁には美しい刺繍のタペストリーが飾られている。俺はこの場の雰囲気に圧倒されつつ、何とか冷静を装ってセリーナの後ろを歩いていた。
「緊張しているの?」
セリーナが振り返り、微笑みながら尋ねてくる。その視線にはどこか余裕が感じられ、俺は思わず肩をすくめた。
「いや、緊張してないって言ったら嘘になるな。でも、変に目立たないようにするつもりだよ」
「目立たない? それは無理ですわよ、だってあなたは今日、私のパートナーなんですから」
セリーナはくすりと笑うと、そのまま堂々と会場へと歩みを進めた。
そんな俺たちを出迎えたのは、セリーナの妹──アイリスだ。
彼女はセリーナに負けず劣らずの美貌を持ちながらも、どこかあどけなさの残る雰囲気をまとっていた。金色の髪を緩やかに結い上げた姿は華やかでありながら、幼さゆえの無防備さも感じさせる。
「お姉様、いらっしゃいませ!」
アイリスはセリーナを見つけるなり笑顔で駆け寄ってきたが、俺に気づくと、その瞳がわずかに興味を示したように見えた。
「そちらは……もしかして、お姉様の噂のパートナー?」
「ええ、そうですわ。彼が今回私のパートナーを務めるのよ」
セリーナがさらりと紹介すると、アイリスは少し驚いたように目を丸くし、それからにっこりと笑った。
「はじめまして、私はアイリスです。今日はお姉様に代わって、どうぞ楽しんでいってくださいね!」
「あ、どうも。今日はお招きいただいてありがとうございます」
俺がぎこちなく頭を下げると、アイリスは「ふふっ」と小さく笑った。
しかし、その笑顔はすぐに曇ることになる。なぜなら──フィオナが登場したからだ。
「兄様、こんなところで挨拶してる場合じゃないでしょ。ほら、ちゃんと中に入らないと」
俺の隣に颯爽と現れたフィオナは、ピンクのドレスを身にまとい、堂々とした態度でアイリスに視線を向けた。その姿は、さすがに貴族の令嬢としての風格がある。
フィオナの美貌は圧倒的だった。きつめの目元にツンとした表情は、悪役令嬢を彷彿とさせるが、それがかえって彼女の華やかさを際立たせている。周囲の貴族たちが彼女を目で追っているのが分かるほどだ。
「はじめまして。フィオナ=アークライトです。お招きいただき光栄ですわ」
フィオナは完璧な微笑みを浮かべて優雅にお辞儀をした。その堂々とした態度に、アイリスは一瞬だけ言葉を詰まらせる。
「え、ええ……こちらこそ、いらっしゃいませ。あなたがフィオナ様……」
アイリスは笑顔を保ちながらも、その視線は少しぎこちない。フィオナを気後れしたように見つめているが、それは敵意というよりも、圧倒されているという印象だった。
そんな微妙な空気を感じ取ったのか、そこへタイミングよくカインが現れた。
「アイリス様、はじめまして。僕はカインと申します。今日は兄上やフィオナと共にご招待いただき、ありがとうございます」
カインは白の正装を身にまとい、柔らかな笑顔を浮かべながら穏やかに挨拶した。その物腰の柔らかさと落ち着いた声の響きに、アイリスの表情がぱっと明るくなる。
「あ、はい! アイリスです、こちらこそお会いできて嬉しいです!」
さっきまでのぎこちなさが嘘のように、アイリスは満面の笑みでカインを見つめた。その瞳がキラキラと輝いているのは、どう見ても明らかだ。
「アイリス様、本日の主役として、きっとお忙しい時間を過ごされることと思います。でも、どうか無理なさらずに。何か困ったことがあれば僕におっしゃってくださいね」
カインの穏やかな声には、自然と人を安心させる優しさがあった。
「まぁ! ありがとうございます、カイン様!」
アイリスの声は少し高揚しているようだった。彼女はフィオナに向けていた微妙なぎこちなさを忘れたかのように、カインに視線を釘付けにしている。
その時、カインがふとアイリスの手元に目を向けた。アイリスの持っていたグラスがわずかに傾き、中身がこぼれそうになっていることに気づいたのだ。
「アイリス様、危ないですよ」
そう言いながらカインはさりげなく手を伸ばし、アイリスが持つグラスをそっと押さえた。その優しい仕草に、アイリスは一瞬驚いたように目を見開く。
「すみません……うっかりしていました」
「いえ、大丈夫ですよ。お疲れなんじゃないですか? きっと色々と準備が大変だったでしょう」
カインが心配そうに言うと、アイリスは「そんなことないです」と首を振りつつも、頬を少し赤らめた。
そんなやり取りを少し離れた位置で見ていたフィオナが、カインの袖を軽く引っ張った。
「カイン、あまりお姫様を困らせないようにね。せっかくの誕生会なんだから」
フィオナは冗談めかしてそう言うと、カインは苦笑しながら「もちろんだよ」と応じた。そのやり取りは微笑ましく、彼らの兄妹としての絆の強さを感じさせるものだった。
だが、その光景を目にしたアイリスの表情には、微妙な影が落ちたように見えた。嫉妬……とまではいかないが、何か複雑な感情を抱いているのは間違いないだろう。
俺はその様子を見て、思わず小さくため息をついた。
──こんな華やかな場所に来ると、みんな感情が色々と忙しいよな。俺だけが置いてけぼりみたいだ。
そう思いながら、俺はグラスを手に取り、少しだけ水を飲んで気を落ち着けることにした。
通りがかった給仕から受け取った水を一口含んだとことで、セリーナが俺の隣に立ち、小声で囁いてきた。
「……アイリスったら、あんなに素直に笑顔を見せるなんて珍しいですわね。カイン様、恐るべしですわ」
セリーナの言葉に、俺は微妙な笑みを浮かべながら「そうですね」とだけ答えた。果たしてこの誕生会、俺が無事に終えられる日は来るのだろうか……。
会場の賑わいがますます高まる中、突然視界の端に緊張した面持ちの二人の姿が映った。ロイとシャーロットだ。
二人は明らかに場違いな居心地の悪さを感じている様子で、目立たないようにそろそろと歩を進めている。しかし、そんな努力も豪華な衣装や洗練された振る舞いを見せる他の貴族たちの中ではあまりにぎこちなく、むしろ逆に目を引いてしまっていた。
「ロイ、シャーロット!」
俺が声をかけると、二人は弾かれたようにこちらを向いた。
「助かった……どこに行けばいいのか分からなくてさ」
ロイは心底ホッとした表情を浮かべ、俺の元に駆け寄ってきた。一方のシャーロットは深々と頭を下げる。
「どうも、突然お邪魔してしまって申し訳ありません……でも、来てよかったのでしょうか?」
彼女の声は弱々しく、視線は不安げに床を見つめている。
「いいんだよ。ほら、堂々としてなきゃ。こういう場では余計に目立っちゃうぞ?」
俺が軽く肩を叩くと、シャーロットは頷いて小さな声で「はい」と答えた。
そんな中、ふと俺たちの近くにアイリスが歩み寄ってきた。
「あなた方が……お兄様のお友達かしら?」
アイリスが柔らかい笑顔を向けると、ロイとシャーロットは緊張しながらも一礼した。
「は、はい! ロイと申します。こちらはシャーロットです」
「初めまして。今日はこのような素敵な場に招かれ、大変光栄です」
シャーロットが丁寧に挨拶すると、アイリスは満足げに頷いた。
「素敵な友人をお持ちですね、お兄様」
「え、お兄様?」
「セリーナお姉様のパートナーですから、お兄様と。
お嫌でした?」
その後小さく「それに、カイン様のお兄様ですから」と言う呟きが耳に届く。
その言葉に、俺は「いや、まぁ、それなら」と苦笑するしかなかった。
しかしその時、場の空気を変えるかのように、リヴィアの活発な声が響いた。
「おーい、あんたたち! さっきから何してんのよ、遅いわよ!」
見ると、リヴィアが腕を組みながらこちらに歩み寄ってきた。
「ああ、悪かったな、リヴィア」
俺が謝ると、リヴィアはふんっと鼻を鳴らして俺を指差す。
「まぁいいわ。それより、皆に紹介しとくわ。あたしの“パートナー”だからね!」
その宣言に、周囲がざわめくのを感じた。リヴィアらしい自信たっぷりの態度に、俺は苦笑いを浮かべるしかない。
さらに、その後を追うようにエルザがふわふわとした足取りで近づいてきた。
「ここにいましたね。あ、紹介しなきゃ。お兄様が私のパートナーです」
エルザの柔らかな微笑みと落ち着いた声に、周囲のざわめきがさらに広がる。彼女の天然な言動に俺は少しだけ頭を抱えた。
最後に現れたのはクラリスだ。彼女は一言も発することなく、無言のまま俺の隣に立つ。そして、冷たい視線を周囲に向けた後、短く告げた。
「……彼は、私のパートナー」
その言葉は静かながらも、なぜか絶対的な威圧感を伴っていた。
──なんだこれ、全員のパートナーってことになってるじゃないか。
俺は周囲からの注目に耐えながら、頭を抱える。アイリスも驚いたように俺たちを見つめているが、どこか複雑な表情をしている。
特にカインとフィオナが仲良さそうにしているのを目にすると、その感情はさらに微妙なものになるようだった。
「……アリシアが来ていないのは幸いだな」
思わず漏れたその独り言に、どこか寂しさを感じる自分がいるのを自覚し、俺はさらに深いため息をついた。
俺がため息をついていると、アイリスが突然手を叩いて声を上げた。
「そうだわ! レオンお兄様がパートナーを4人も連れていらっしゃるんだから、カイン様だって二人くらい居てもおかしくないですよね!」
「……は?」
俺も含め、周囲にいた全員が固まる。特にその場で名指しされたカインは、一瞬ぽかんとした表情を浮かべ、それから慌てて首を振った。
「ダンスのパートナーですよ。フィオナ様の次は私がパートナーです」
そういえば、ダンスは最初特定のパートナーと踊り、その後で相手が受ければパートナー交替もあると言う流れだったな、と思い出す。まあ、リンディからの受け売り知識だけど。
「い、いや、アイリス様?
そんなことは……普通ありませんよ」
カインは柔らかい声で否定しつつも、言葉を選びながらどうにかアイリスを宥めようとする。しかし、アイリスは満面の笑顔で続ける。
「でも、お兄様がそうなんですもの! 私もカイン様とフィオナ様と一緒に踊りたいんです!」
「……あのね、アイリス様」
今度はフィオナが腕を組みながら口を開いた。その声は冷静ながらも強い威圧感を伴っている。
「あなたが主役なんだから、そんな勝手を言うべきじゃないわ。周りの人たちがどう思うか考えなさい」
アイリスはフィオナの言葉に少し押され気味になりながらも、「でも……」と口を尖らせた。
「ダメなんですか?
私、カイン様とフィオナ様と一緒に踊りたいだけなんですけど……」
フィオナの厳しい表情を目にしたアイリスは、少ししょんぼりした顔を見せる。その目元にはわずかに潤んだような光が見えて、見ているこちらが不安になるくらいだ。
「……でも……お兄様同様、カイン様が素敵なのが悪いんです」
その一言で、カインはさすがに困り果てた表情を浮かべた。フィオナは「あんた、そんなこと言われて嬉しいわけ?」と言いたげな視線をカインに向けるが、当のカインは、どう返事をしていいのか分からない様子だ。
「……まあ、少しの間だけなら、ご一緒します。でも、フィオナが良ければの話ですよ」
カインがやや控えめにそう言うと、フィオナは「まったくもう」とため息をついた。
「本当に甘いんだから。まぁいいわ。私も付き合ってあげる。ただし、ちゃんとお姫様としての役目を果たすこと。そこだけは譲らないから」
フィオナの厳しい言葉にも、アイリスはすぐに笑顔を取り戻し、「ありがとうございます!」と頭を下げた。
「やっぱりフィオナ様ってきついお顔だけど、とっても優しい方なんですね!」
「きつい顔……」
フィオナの口角が微妙に引きつるのが見えた。普段から「悪役令嬢みたい」と揶揄されることには慣れているはずだが、本人に面と向かって言われるのは別なのだろう。
「覚えておきなさい、これは優しいんじゃなくて“妥協”だからね。カインに免じて許してあげるだけよ」
フィオナがきっぱりと言い放つと、カインは苦笑しながら「ありがとう」と礼を言った。その言葉に、フィオナの顔が少しだけ赤くなる。
一方、アイリスはカインを見上げながら嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「カイン様って、とっても優しいですね。さっきの笑顔を見た時から思っていましたけど、やっぱりお二人ともお優しい方だと確信しました」
カインはその言葉に、また少し困ったような顔をしながらも、ほんのわずかに耳まで赤くしているのが分かった。
俺はその光景を横目で見ながら、大きく息を吐いた。
──なんだこれ。俺はただ巻き込まれただけなのに、何でみんな勝手に話を進めていくんだ?
華やかな会場の中で、一人だけ取り残されたような気分に陥りながら、俺は静かに飲み物を口に運ぶのだった。
会場がさらに盛り上がる中、ダンスの時間が始まった。優雅な楽団の演奏が響き、貴族たちが次々とパートナーを誘い合ってダンスフロアに向かう。
カインはフィオナの手を取ってダンスフロアに立つと、柔らかい楽曲が流れ始めた。カインは優雅にステップを踏みながら、彼女に合わせて動きを探る。
俺は壁際に寄りかかりながら、どうやってこの時間をやり過ごそうかと考えていた。ダンスなんて柄じゃないし、できる限り目立たずにいようと思っていたのだが──視線の先に見覚えのある二人が踊る姿を見つけた。
ロイとシャーロットだ。
ロイは緊張しているのが一目で分かる。けれども、ぎこちないながらも懸命にシャーロットの手を取り、ステップを踏もうとしていた。一方のシャーロットは、彼の動きを冷静に見守りつつも、時折クスリと微笑みながら彼の足元をさりげなくリードしている。
「……なんか、いい感じじゃないか」
俺はそんな二人の姿を眺めながら、少し感心したように呟いた。
「本当ね。ああいう素直さって、見ていて気持ちがいいわ」
いつの間にか隣に立っていたセリーナが、微笑みながら同意する。
「では、一曲お願いしますね、パートナーさん」
セリーナはドレスの裾を軽やかに翻しながら、俺に視線を向け、手を差し出すよう促した。その表情はどこか楽しんでいるようにも見える。
「そりゃどうも。リードしてくれるから助かるよ。俺、一人じゃまともに踊れないからな」
俺が冗談めかして言いいながら手を差し出すと、セリーナはクスリと笑う。
「でしょ? 私がいなきゃダメって、少しは感謝してる?」
「まぁ、今は感謝してるよ。正直、ここで足を踏むのは勘弁してほしいけどな」
「……それにしても、ロイさんとシャーロットさんでしたっけ、こうして見るとカイン君達と比べるとぎこちないけど、なんだか楽しそう……
やっぱり、悪くないわ」
「悪くないって、何だよ急に」
俺が問い返すと、フィオナは小さく肩をすくめる。
「レオンさんと踊るなんて、きっと普通なら考えもしなかったでしょうから」
「……それはありがたいな。でも、ダンスの腕前が違いすぎて俺んの立つ瀬がないんだけど」
俺が照れ隠しでそう言うと、目を細めて笑った。
そんな軽口を交わしていると、曲が終わり、拍手が会場に響き渡った。セリーナは俺の手を離しながら、静かに笑った。
「まぁ、この調子なら次も踊りましょうか」
「それは勘弁してくれ……」
俺が返事をしようとしたところで、エルザがふわっと現れた。
「次は私の番ですよね~。さっきの踊り、なかなか良かったですよ」
俺の手を取ろうとするエルザに、リヴィアが割って入る。
「何言ってんのよ。次はあたしで決まりでしょ? ほら、ちゃんと準備して!」
そして、クラリスも冷ややかな声を添えてきた。
「……次は私。文句は言わせない」
──おいおい、何でこうなるんだよ。
俺は焦りながら三人の間で視線を泳がせていると、ふとロイとシャーロットの方から声が聞こえてきた。
フィオナと俺のダンスが終わり、次の曲が始まるかどうかというタイミングで、会場全体がロイの声に注目していた。
「だから言っただろ! シャーロットは俺の相手なんだ!」
その宣言に、場は一瞬静まり返る。会場の隅にいたロイとシャーロットを見つめる視線の中に、先ほどシャーロットにダンスを申し込んだ騎士階級の男性もいた。
彼はロイに断られた瞬間、明らかにムッとした表情を浮かべていた。貴族の礼儀としても、直接的な拒絶は不躾だと思ったのだろう。だが、その表情は、ロイが必死にシャーロットに想いをぶつける姿を見るにつれて変化していった。
「だ、だって! 他の奴に取られるなんて嫌だし! 俺はシャーロットとしか踊りたくないんだ!」
必死に叫ぶロイの声と、それを聞いて呆れたように笑うシャーロットの様子に、騎士の男性は眉を上げ、しばらくじっと二人を見つめていた。しかし、シャーロットがため息をついてロイに手を差し出すと、ロイはうれしそうに手を取った。
「ほら、次の曲も一緒に踊りましょう。でも、さっきよりちゃんとステップ踏んでよね?」
「お、おう! 頑張る!」
再びダンスフロアに向かうロイとシャーロットを見送りながら、騎士の男性は軽く首を振りつつ、少し照れくさそうに会場の外れに戻りながら、ポツリと呟いた。
「……なんだ、お似合いじゃないか」
そして、口元にニヤリと笑みを浮かべると、軽く肩をすくめて二人を見送る。その表情は、最初のムッとしたものとはまるで違い、どこか温かな笑顔に変わっていた。
そんな一連の流れを見ていた俺は、リヴィア達に話しかける。
「なんか、ロイもシャーロットも、妙に注目されてる気がするよな」
「まぁ、それだけ堂々としてきたってことじゃない? あの二人、案外悪くないわよ」
リヴィアの、今回踊れなかったせいでツンとした声にも、どこか優しさが混じっていた。
再びダンスフロアでぎこちなくも懸命に踊るロイと、彼をしっかりサポートするシャーロット。その様子に、会場全体が穏やかな雰囲気に包まれていくのを感じた。
「……確かに、あの二人ならいいコンビになるかもな」
俺は思わずそう呟きながら、再びダンスフロアで笑顔を交わすロイとシャーロットに目を向けた。
気づくと、今度はカインはアイリスと踊っていた。
「じゃあお兄様、踊りましょう」
結局じゃんけんに似た三すくみで勝利したエルザに手を引かれて、ダンスエリアに向かう俺の耳に、「カイン様って素敵」「カイン君お兄様も悪くは無いけど、やっぱりカイン様って飛び抜けてる和よね」と言った声が聞こえてきて、カインの評価は勝手に上げってくれると言う事実に、自然と笑顔が浮かんできた。
四曲も立て続けに踊った俺は、すっかり疲れ果ててダンスフロアの端でぐったりとしていた。セリーナも優雅な顔をしているが、よく見ると少し息が上がっている。
「ふふ、少しは楽しめましたか?」
セリーナが微笑みながら俺を見つめてくる。その瞳はどこか余裕を見せているが、俺の方は完全に体力切れだった。
「いや、そりゃ楽しかったけど……限界だよ。セリーナ、まだ余裕そうだな」
俺は壁にもたれながら深く息をつくと、セリーナはクスリと笑った。
「ええ、私は幼い頃からこういう場に慣れていますから。でも、あなたがこれほど頑張るなんて驚きましたわ」
「……まぁ、みんなのパートナーだからな。放り出すわけにもいかないだろ」
俺が照れ隠しにそう言うと、セリーナは優雅に髪をかき上げて、リヴィアは少し得意げに微笑み、エルザは太陽のような満面の笑みを浮かべ、クラリスは無表情なようでいて頬が若干上気していた。
「そうですわね。それにしても、思ったより踊りが様になっていましたわよ。次はもっと練習しておきなさいね。次の社交界では、さらにレベルアップしたあなたを期待していますわ」
「次がある前提なのかよ……」
俺は苦笑しながら答えたが、その時、どこからか軽やかな声が聞こえてきた。
「兄上、大丈夫ですか?」
振り返ると、カインが白の正装を身にまとい、柔らかな笑顔を浮かべながら近づいてきた。彼の隣にはフィオナがしっかりと腕を組んで寄り添っており、反対側には恋人つなぎで手をつないでいるアイリスがいた。
「カイン……お前、全然疲れてないのか?」
「僕ですか?
まぁ、少しは疲れましたけど、兄上に比べればまだまだ余裕ですよ」
その言葉に、フィオナが小さく笑う。
「それはそうよね。カインはダンスが上手いもの。……でも、お兄様も意外と頑張ったのでは?
体力あるとは言え、ダンスはそれほど習っていなかったはずですし」
フィオナは俺に視線を向けながら、少しからかうように口元を緩めた。
「頑張らないとみんなに怒られるからな。足を踏むたびに冷たい目で見られそうだし」
「ふふ、それは正解ですわね。足を踏まれたら私でも許しませんわ」
セリーナが余裕たっぷりに微笑むと、フィオナが「やれやれ」と肩をすくめた。
「まぁ、いいわ。カイン、そろそろ少し休憩したら?
私も少し疲れたし」
「分かったよ。フィオナも無理しないでね」
カインが優しく答えると、フィオナは彼に軽く笑みを向けて「ありがとう」と言った。その様子を見ていると、二人の関係がどれだけ近いかが自然と伝わってくる。
「それより、お姫様が踊り疲れてるんじゃって心配なんだけど」
「私は……ちょっと疲れたかも」
「はい、そう思って甘い飲み物をもらってきたよ」
相変わらずそつが無いカインの対応だが、それ以上に王女様が二人の間に溶け込んでいることに驚いた。
だが、そんな空気を切り裂くかのように、会場が一気に静まり返った。
振り返ると、堂々たる風格を持つ国王が義父エドモンドと義母リディアを伴って歩いてきたのだ。
「……これは、すごい人が揃ったな」
俺は姿勢を正しながら小声で呟いた。
国王はアイリスの前に立ち、優雅に微笑みながら声をかけた。
「アイリス、本日の主役としてよく務めを果たしているな。さすが、我が娘だ」
「ありがとうございます、お父様……いえ、陛下!」
アイリスは少し緊張しながらも嬉しそうに答える。その姿を見て、国王は満足げに頷いた。
続けて義父エドモンドが俺たちに目を向け、穏やかな声で話しかけてきた。
「レオンもカインも今日は大変だっただろう。だが、こうして皆が集まり、賑やかに楽しんでいるのを見ると、私も嬉しいよ」
「いえ、これも皆さんのおかげです。僕なんてまだまだですから」
俺が頭を下げると、エドモンドは笑いながら肩を軽く叩いてきた。
そしてリディアが俺に向き直ると、少し申し訳なさそうに口を開いた。
「レオン、実はアリシアが体調を崩してしまって、今日は来られなかったの。彼女、とても残念がっていたわ」
その言葉に、俺は思わず驚いて顔を上げる。あのアリシアが病気だなって大丈夫なんだろうか? ……って本人の前で言ったら絶対はっ倒されそうだけど。
「アリシアが……そうなんですか」
「ええ。でもね、彼女、次の社交界には絶対に同行させるって言ってたわよ。『次こそは必ず!』って燃えているみたいだったから、覚悟しておいてね」
リディアが冗談めかして笑う中、突然リヴィアとセリーナが、両側から俺の手をつねった。
「いてっ」
「どうしたの?」
「……いえ、何でもありませんよ。
ありがとうございます、お義母さん」
俺はそう答えながら微笑み返したが、表情は上手く笑えていただろうか。
国王と義父母が去った後、俺は大きく息を吐き出し、再び壁にもたれて休むのだった。
必要以上の無能ムーブは、カインの成長からもう必要無いだろう。普通にしていれば、優秀なカインと地力の差で、今回みたいに無能な方の長男って言われるだろうから。
それよりも……
彼女たちの距離感が、微妙に近づいているのが気になる。
恋愛感情までは至っていないだろうが、距離感が掴みにくい。好意を持たれている事んすら気づかないような鈍感系主人公ではないので、なおさらだ。
……カインと比べ、こういうところでも無能な方の長男みたいだ……
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