第2話 初心者の女

「うーん」


 宿屋の部屋から外に出るも、街は全体的に廃墟と化しており、誰かが活動してる雰囲気も無い。


 しかし、街の構造はどこか見た記憶があり、それを確かめる為、足を城門に向けた。どこの街にも入口には街の名前を示す標識があるので、見れば分かるはずだ。



 城門に辿り着き、壁に設置されたプレートの埃を拭う。


「……アリアンバラ? 嘘だろ?」


 街の名前はアリアンバラ。通称〝始まりの街〟。パンドラの新規スタート時に最初に配置される場所だ。ちなみに、モンスターである〝異形種〟を選んだ場合にのみ、別のエリアになる。


 新規プレイヤーは、この〝始まりの街アリアンバラ〟でゲームシステムを学び、各々パンドラの世界へ旅立っていくのだ。


 ゲームリリースから十年経った今では、このような序盤の街でプレイヤーの姿を見ることはない。俺も何年も訪れてはいなかったが、本来なら今もここには多くの店と施設が並び、NPC達で賑わいを見せているはずだ。


「なんでこんなに寂れてんだ?」


 街の荒れようは何十年も前からこんな状態だったように年季が入っている。建物の殆どは崩れ、草木に覆われた箇所も多い。建物の中から生えている木の大きさを見る限り、数年どころではない。


 それに、人間の骨らしき骸骨、干からびたミイラのような死体があちこちに見られ、不気味な雰囲気を一層引き立てていた。


「何かのイベントにしても、アリアンバラをこんな状態にしたら、新規を完全に見捨てて――」



「あっ! あのッ!」



 物陰から顔を覗かせた女が突然声を掛けてきた。フード付きマントで顔は半分しか見えないが、やつれていて顔色も良くないように見える。


(NPC?)


 以前の仕様なら、街などの安全地帯セーフティーエリア内のキャラクターにはカーソル表示があり、カーソルの色でプレイヤーかNPCかを判別できた。しかし、今はゲーム情報の表示が一切無いので、女がどちらかは分からない。


「あ、あの……プレイヤーの方……ですよね?」


(ん? プレイヤー?)


 NPCならファンタジーな雰囲気を壊すような用語は使わない。ということは、フードの女はプレイヤーということになる。だが、一見、貧相な低ランクの服しか着ておらず、プレイヤーには見えない。見た目は偽装かもしれないが、もう少しマシな格好に見せないと逆効果である。


 安全地帯でPKプレイヤーキル、もしくは戦闘行為をすると、街に入れなくなったり、特定の施設が利用できなくなる等のペナルティーが発生するが、できないわけではない。それに、状況が状況なので、嫌でも警戒感が高まる。


「ごはん……何か、食べる物……ないですか?」


「はい?」


 突然、女は変なことを言いだし、意表を突いてくる。


「え? 何?」


「お願いします! 何か食べる物を下さい! お願いします! お願いします!」


 女は祈るような仕草で必死に懇願しはじめた。やつれた顔のリアルさも相まって、ちょっと怖い。


「何かのイベント、これ? ……キミ、NPCなの?」


「違います! イベントとか知りません! お腹が空いて死にそうなんです! お願いします! 何か食べ物を持ってたら頂けませんか!?」


 似たようなイベントが偶にある。道端で腹を空かせてるNPCに食料をあげると、情報やアイテムをくれるというヤツだ。だが、プレイヤーから言われるのは初体験である。


 パンドラでは飢えや渇きにパラメーターがあり、定期的に飲食をしないと動きが鈍くなったり、魔法の発動が遅くなったりする。その他にも睡眠や疲労などにもゲージがあり、飲食と同じように管理が必要だ。


 しかし、そのような弱体化デバフの掛かるパラメーターは、マジックアイテムやスキルで対策するのが基本である。管理の面倒さもあるが、一々、食事や睡眠でプレイ時間と費用を掛けるのは無駄だからだ。


 当然、俺も飲食の必要は無い。特殊な効果を付与したり、ステータスを強化する為に、敢えて飲食することはあるものの、高位種族はデフォルトで飲食や睡眠が不要な種族が多く、対策する必要が殆どない。


 空間収納インベントリーには薬草類やポーション類も入ってはいるが、空腹ゲージを回復させるものは持っていなかった。


「悪いけど食料は持ってないよ。別に空腹ゲージがゼロになっても死ぬわけじゃ無いし、大げさだな……というか、今時、マジックアイテムで抑制してない奴いる? 演技ならもう少しリアリティーを出した方がいいと思うぞ?」


「マジック……なんですか、それ?」


「え? まさか初心者?」


 リリースされて十年経つゲームで初心者というのは、なんとも嘘臭い。


 しかし、飢えに関しては食費を抑える費用対効果が高く、金が不足がちな序盤の内に大抵のプレイヤーが対策する。ゲームがリリースしたばかりの頃なら通用したかもしれないが、流石に十年経った今、知らないフリをするのは無理がある。


 本当に知らないなら、ゲームを始めたばかりに近い。それに、女の外見を見る限り、初期装備の服装にも見える。偽装系のマジックアイテムや装飾品の類も見当たらない。


 無論、外見は魔法で変えることも可能なので、見た目だけで判断するのは危険ではある。


「は、はい……だ、大学の先輩に誘われて……でも、ログアウトできなくて」


(あー そういう系? あるっちゃある話だけど……)


「悪いが確かめさせてもらう」


 ――〈鑑定アプレイザルLV5〉――


 鑑定魔法を唱えて、目の前の女のステータスを確認してみる。


 PvPプレイヤー対プレイヤーのあるパンドラでは、プレイヤーに対し、承諾もなくいきなり鑑定魔法を掛けるのはマナー違反どころか、喧嘩を売っているに等しい行為である。


 当然だが、自分のステータスを仲間以外に知られて良いことは無い。パンドラに慣れてるプレイヤーなら、鑑定系や探知系には当然のように対策してるし、高位の種族ともなれば、何もしなくても高い魔法耐性により抵抗レジスト、もしくは無効化される。また、マジックアイテムやスキルにより虚偽情報を相手に見せることも可能だが、レベル5の鑑定魔法は欺けない。


 高レベルのプレイヤー相手に、本当のステータスを見られたくなければ、鑑定魔法を無効化するしかない。


 故に、鑑定魔法にあっさり掛かるという時点で、女が初心者ということが確定する。現に、女はキョトンとして、何らリアクションもしない。対策どころか鑑定されたことも、その意味も理解していないようだ。こういったゲーム自体にも、慣れていないのかもしれない。


 アップデート前とは違い、鑑定情報が直接頭に流れ込んできた。


 これも、謎仕様だが、今はスルーする。


――――――――――――――――――――

LV:1

名前:アケミ

種族:人間(LV1)

職業:――

HP:40

MP:10

物理攻撃:1 / 魔法攻撃:1

物理防御:1 / 魔法防御:1

敏捷性:40

器用さ:1

運:5

属性耐性:――

弱点属性:――

特技・特殊:――

魔法:――

カルマ値:中立

――――――――――――――――――――


「ゴミだな」


「え?」


「いや、なんでもない」


 失言だった。誰でも初めは一からスタートだ。俺だってパンドラを始めた時は同じだった。相手のステータス数値が低いからといって、馬鹿にするのは人として恥ずべきことである。


 しかしながら、流石にゲームリリースから十年も経っているので、レベル1のプレイヤーに出会うことはまずなく、思わず口走ってしまった。


(初心者どころか、完全にご新規さんだな。職業が無いってことは、今日、新規でスタートしてログインしたばかりか……)


 ゲームの新規スタート時、与えられた100の数値をステータスの各パラメーターに自分で割り振る。この数値は最初にどんな種族を選んでも同じだ。種族によってレベルアップ時の数値の伸び率に差はあるものの、このゲームでは装備品やアイテムの恩恵が大きく、ステータス数値の成長差はあまり気にする必要は無い。


 パンドラでは、種族を進化・転生させたり、様々な職業を経て魔法や特技スキルを習得していくことがキャラクター育成の基本だ。習得した魔法や特技を取捨選択し、自分の目的に合わせてキャラクターを育成・構築していくのが、このゲームの醍醐味でもある。


 また、戦闘においても、魔法や特技、武器や防具など、何が最適な構成かは相手や環境、自分の種族や職業によって大きく変わり、対応する装備や戦術が多岐にわたる。全てにおいて最強、または万能といわれる構成は存在しない。


敏捷性アジリティにほぼ全振り。残りを運に振るとか性格出てるなー。というか、名前がアケミって、本名じゃないよな?)


 現在では、規制によりネット上の全てのアカウントは個人情報に基づいて一つずつしか作成できず、同一媒体で複数のアカウント作成や、作り直しも簡単には出来ない。パンドラも、別アカウントやサブキャラクター作成などは出来ない仕様になっている。ちなみに個人情報には生体情報も含まれており、年齢や性別を偽ることも不可能だ。〝ネカマ〟や〝ネナベ〟といった言葉は既に死滅している。


 目の前にいるプレイヤー、アケミという女は、完全に新規のプレイヤー、超初心者で間違いない。それも、もし本名ならだが、自分の名前をそのままプレイヤー名にしてしまうぐらい、ネットリテラシーの低い人間、と思われる。


(今、大学生ってことは、〝ネオゆとり世代〟か。成長期におけるデジタル機器、ネットの使用は脳の発育に良くないといって極端に制限された世代だな。ネットの常識に疎いのも頷ける。本当に本名かもな……)


「とりあえず、その大学の先輩っていうのは? 一緒じゃないのか?」


「……し、死んじゃって……いない……です」


 アケミはそう小さく呟いて視線を落とした。顔色が更に悪くなり、僅かに身体も震えている。というか、そんな細かい感情が表現されてることに驚く。まるで本物の女子みたいだ。


「うーん、なら、そのうち復活リスポーンするだろうし、ログインした場所で待ってれば――」


「死んじゃったんですよッ!」


 突然、アケミが激昂したように叫んだ。そして、恐る恐る腕を上げ、震える手で通りを指差した。その先には、一人の男が倒れていた。


(誰?)


 近づいて見てみる。後ろからアケミもついてきたが、一応、罠の可能性もあるので警戒はしておく。


「……酷いな」


 男は血塗れでピクリとも動かない。戦士系だろうか、ランクが高そうな軽鎧や衣服を着ているが、防具以外がズタズタに斬り裂かれている。辺りにもドス黒く変色した大量の血と内臓が辺りに飛び散っていた。


(あれ? 妙だな)


 パンドラではモンスターを含め、死体が長時間残ることはない。HPがゼロになると、十五秒後にドロップアイテムを残して、跡形もなく消えてしまう。それに、出血のエフェクトはあれど、変色するような時間経過の描写も、内臓が飛び出るなどのグロテスクな描写も無かった。


 ふと、周囲にある骸骨や干からびた死体を見る。どれもやたらリアルだ。頭の中で一瞬、これがゲームなのかという疑問が浮かんだ。


(まさか……な)



「せ、先輩……うっ」


 アケミが口元を押さえて、死体から目を逸らす。


 確かに酷い状況だ。不快な臭いもするし、実写のようにリアルな映像。気分が悪くなるのも無理はない。だが、不思議と俺は何も感じなかった。別に死体を見慣れてるわけでも、グロ映像に耐性があるわけでもないが、何故か何とも思わない。


 死体には身に着けている防具の他に、武器の長剣や装備品が全て残されている。何故残ってるのか、復活するまでこのままなのか、これを剥ぎ取ったらどうなるのかと様々な疑問が浮かぶ。しかし、それ以前に……


(安全地帯で襲われた。PKだな)


 死体の状態がどうあれ、セーブポイントでもある安全地帯で戦闘が行われたということは、プレイヤーによる襲撃が濃厚である。アップデート後の死亡エフェクトの変化も気になるが、今はプレイヤーに警戒する方が先だ。


 チラリとアケミを見る。


(あの女が実は囮……には見えんな)


 高レベルのプレイヤーが持つレア装備目当てに、プレイヤーを襲う人間は未だに一定数存在する。この死体が本当にアケミの先輩とは限らない。アケミを囮にして、別のプレイヤーが襲撃する罠という線も考えられる。


 しかし、アケミはしゃがみ込んで泣き出してしまった。演技には見えないが、俺に女の涙の真偽を見分けるスキルなどないので、判別はできない。


「色々訳が分からんが、俺はもう行くよ。メシが食いたいなら、東西南北、どの方角でも、街道沿いに行けば別の街があるから、そこに行けばいい」


 普通なら一応は慰めたり元気づけたりするのだろうが、そんな甲斐性は十年前に置いてきた。悪いが、ここは関わらない、の一択だ。


「嫌です! 行かないで下さい! 近くに恐ろしい化け物がいるんです! 他の先輩達も、街の外に出て誰も帰ってこな――」



 ドチャッ



 会話の途中で、いきなり空から人が落ちてきた。

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