災厄の地パンドラ ~最強キャラのままゲーム世界に転移したので、とりあえず魔王を倒そうと思います~
MIYABI
第1話 プロローグ
フルダイブ型VRMMORPG『パンドラ』。2040年、日本国内限定でリリースされたこのゲームは、ファンタジー世界を自由に楽しむことをコンセプトに、当時無名のインディーズ会社が開発した新型VR用ゲームである。採算度外視で詰め込まれた膨大なデータ量、出来ないことは無いと言われるほどの圧倒的な自由度が話題となり、発売直後から多くのゲーマーに支持された。
時は流れ、ゲームリリースから十年。かつての賑わいはとうに過ぎ去り、プレイヤー数は激減。しかしながら、今なお一定数のファンがパンドラのファンタジー世界を楽しんでいた。
俺、
そして気づけば十年。仕事そっちのけでゲーム世界にハマり、時間と給料をつぎ込んでいた。ゲームを勧めてきた同僚や部下達はいずれもパンドラの世界を去っており、話題になることもない。
だが、基本的に
現実では味わえない体験や興奮、癒しを求めて、今日も俺はパンドラの世界に赴く。
◆
――『データを更新しますか?』――
画面に表示された案内に迷わず「イエス」を選択し、ゲームのアップデートファイルをVR機器に読み込ませる。
今日はリリース十周年の大型アップデートの日。
アップデートの内容は一切告知されておらず、ログインしないと分からないシークレット仕様。こんな催しは今までなかったことだ。しかし、いつサービス終了になってもおかしくない状況なだけに、運営を続けてくれるだけでも感謝である。
修正パッチやイベントクエスト、装備、アイテムなど、結構な追加項目があるのか、更新時間がやたら長い。いつもなら瞬時に更新されるのに、今回は時間が掛っている。
(これは期待しちゃうな)
事前にネットやゲーム内の知り合いから情報を一切遮断したこともあって、年甲斐もなくワクワクしてきた。
そう思ってる内に視界が暗転。ようやくゲームが始まった……
と、思っていた。
◆
「ん?」
視界が戻り、すぐに目の前の光景に違和感を覚えた。昨日ログアウトした時とは違う景色なのと、画質が非常にクリアで解像度も驚くほど上がっている。まるで現実のようなリアルさだ。
しかし、そんなことよりも……
「表示が無い?」
必ずあったはずのゲーム情報の表示、コンソールやステータス画面の一切が無くなっていた。これは拙い。
なぜなら、仮想と現実を区別するため、作られた映像には、製作者名か創作物と分かる表記を必ず入れることが法律で決められているからだ。これは現実と変わらない映像、仮想空間を体感することが技術的に可能となったことから定められた法律であり、世界共通で厳罰に処される。
それに、変わったところは画面表示だけではなかった。
「臭い? それに感覚が……ある?」
部屋に漂う埃やカビた臭いが鼻を突いた。それと寝ていたベッドの質感をリアルに感じる。これはあり得ない。仮想空間における五感へのフィードバックは規制が設けられ、現実と同じように感じるレベルは複数の法律に抵触する。そもそも、市販のVR機器にそこまでの機能は付いていない。匂いや感触があるはずが無いのだ。
「なんだこれ?」
疑問に思いつつも、流石に拙いのですぐにログアウトした方がいい。しかし、コンソールそのものが存在しないのでコマンドが無い。当然だが、通報ボタンも消滅している。
「ゲーム、ログアウト!」
音声入力を試すも、何も起こらない。
「参ったな……」
このままプレイするのは躊躇われる。しかし、ログアウトできないのだからどうしようもない。これはこれで致命的なバグではあるが、その内、運営が気づいて修正されるか、違反が検出されて強制終了されるのを待つしかなさそうだ。
そんなことを思いつつ、改めて周囲を見渡す。
通常なら、ログアウトした場所で再開されるはずだが、昨日ログアウトした場所とは明らかに違う。
古びた木造の狭い部屋。ベッドの他には机と椅子、荷物入れらしい木箱しかない。しかも、どれも埃だらけで激しく劣化している。ベッドのシーツなど、軽く引っ張るだけで裂けてしまうほどだ。
誰かの部屋というような個性的なモノも無く、殺風景で生活感が全くない。
(……宿屋?)
風景がリアル過ぎて気づくのに遅れたが、内装だけ見ればパンドラ内のどこの街にもあるような安宿の一室に思える。窓の外に目を向けるも、どこかの街には違いないが、部屋と同じくボロボロの廃墟にしか見えない。
ログイン時の出現ポイントは
パンドラでは、初めて訪れる場所は魔素濃度をチェックすることが推奨される。基本的に人間種が住む街や集落は魔素の濃度が低く、モンスターの生息域では高い傾向にある。魔素計の針が示す数値と反応で、出現するモンスターの数や強さ、遭遇頻度をある程度予測できるので、限りある装備枠を一つ潰しても、魔素計は装備したままにしておくプレイヤーは多い。
(魔素濃度は低いな。一応ここは〝街〟ってことでいいのか?)
しかし、魔素計はあくまでも参考程度である。敵性
パンドラでは他のゲーム同様、プレイヤー死亡時にペナルティがある。レベルダウンや所持金が減るのに加え、死亡時に装備品や所持アイテムの中からランダムで一つドロップしてしまう。しかも、ドロップするのはレア度が高いものから選択される鬼畜仕様。希少なレア装備やアイテムを所持しているベテランプレイヤーほど、死亡ペナルティーは洒落にならない。死なない立ち回りは嫌でも身についていく。
「とりあえず、先ずは確認だな……」
部屋を出る前に自分の状態を見る。アップデート後にはゲームバランスの調整の為、様々なことが変更、もしくは修正が入ることが多い。極端な例でいえば、強い武器や魔法が弱くなったり、性能が微妙で誰も使用しないモノに補正が掛かって使いやすくなったりする。また、その逆も然りだ。
事前に公式サイトで内容が公表されていても、アップデート後は装備や魔法の数値、効果を実際に確認するのは必須である。
とはいえ、確認するといっても、ステータス画面は開けないので、外見ぐらいしか今は分からない。外装ビジュアルが変わっていれば、内容も変更された可能性が高いので、性能の確認は追々確かめればいいだろう。
部屋にある姿見鏡の埃を拭い、自分の姿を見る。
胸まで伸びた漆黒の長髪と、目鼻の整った顔立ち。額には角が二本、金色の瞳。均整の取れた身体の背中には一対の黒い翼が生えている。
現在までにパンドラで確認されている種族の中で、〝最強〟と噂される――
『堕天使【モデル:ルシファー】』だ。
全身の装備は
武器は
……いつもどおりの通常装備。外装に変更は無く、前回ログアウトした時のままである。だが、グラフィックがアップグレードした所為か、どれもやたらリアルな上、感触もある。まるで実物のようだ。
(まあいいか……)
続いて魔法の確認だ。
――〈
問題無く目の前の空間が裂け、アイテムボックスが開く。
魔法の行使は画面のコマンドから視線で選ぶ選択方式と、音声方式の二つのやり方で発動できる。それぞれメリット、デメリットがあるが、パンドラでは音声方式が多用される。主な理由は、戦闘中は視線を逸らすと隙が出来るのと、直感的に発声して放つ方が早いからだ。無論、自分が習得している魔法とその効果を全て把握してることが大前提である。
一方のコマンド選択方式は、プレイヤー間で〝無詠唱〟と呼ばれ、相手に気づかれ難いという利点がある。しかし、高レベル同士の戦闘では複数の魔法を連続、且つ、高速で使用する為、使用頻度の高い魔法のショートカットキーや
「アイテムはウィンドウが開けないと不便だな……って、あれ?」
目当てのアイテムである指輪を自然に取り出せたものの、ウィンドウにあるアイテム一覧から選んだわけではないのに、何故取り出せたのか、ふと疑問に思った。
「今、俺どうやった?」
もう一度、試しに
すると、思いどおりに回復薬を取り出せた。
仕組みがイマイチよく分からない。
(思考操作? いや、まさか……)
そんな機能はVR機器には付いて無い、はずである。
とりあえず、謎の現象は一旦棚上げし、取り出した『偽装の指輪【人族】』を人差し指にはめる。堕天使の身体特徴である額の角と翼が消え、服装も地味な冒険者風に変わった。
偽装系のマジックアイテムは、例外なく身に着けるとステータス値が大幅に下がるデメリットが発生する。だが、街中など他のプレイヤーに出会う可能性のある場所では、俺には必須のアイテムだ。
俺の種族、〝
パンドラでは初期に選べる種族の他に、進化や転生などでなれる種族が数千を超える。簡単になれるものから複数の条件、必要アイテム、特定イベントのクリアなど、方法は多岐にわたる。
現在、〝堕天使〟になる方法は公には判明していない。僅かに流出した情報だけでも、最強の種族とほぼ確定しており、情報を欲しがるプレイヤーは今も多い。
他のプレイヤーに姿を見られれば質問攻めに遭い、下手をすると攻略サイトやSNS上に晒されてしまう。相手が人気ゲーム実況者や配信者だと更に拙い。それまで必要無かった偽装アイテムを手に入れるまで、しばらく大変な思いをしたものだ。
強力な種族や武器、戦術などの情報が広まって、良いことなど一つも無い。パンドラでは死亡時のペナルティー、レアドロップ狙いの
しかしながら、どうやって〝堕天使〟の進化・転生条件を満たしたかは、実は俺もよく分かっていない。ゲームのシナリオ攻略とは程遠い、かなり非効率で遠回りなプレイをしていた自覚はあるが、気づいた時には進化条件を満たしていた。
「とりあえず、他の確認は外に出てからだな……」
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