#25「ずるくない?」
同期会は、なずなが早く開催したいと前のめりだったため、かなりスムーズに開催が決まった。
居酒屋の個室で、まどかと絢斗は並ばされ、向かいに横井、大平、なずなの順番で座った。
まるで面接のような緊張感で、想像通り居心地が悪かった。
「――つまり、中埜が付き合おうって言って、まどかも付き合うことにしたけど、好きだからとかじゃなかったから、誰にも言ってなくて、色々あって、お互いに好きだったと確認したと?」
“つまり”と言ったわりに、全く簡略化されていない。
「そうだねぇ」
「恥ずかしいからもうやめて……」
まどかは両手で顔を覆う。
かしこまっているのはまどかだけで、当事者のはずの絢斗も肩の力を抜いて、平然としている。自分がおかしいのかと、不安になるほどだ。
「付き合ってたって……付き合ってたんだよな?」
「デートはしてたよ。仕事終わりにご飯食べにいったり、休日に出掛けたり」
「へぇ」
「まどかの家には行ったことあるの?」
大平となずなの質問の止まる気配はない。
「ちょっと待って! どこまで話すつもりで、どこまで訊くつもり?」
焦って言うが、絢斗は答えない気がない。
「あるよ」と勝手に答える。
「あるって言っても、押し掛けてきたんでしょうが!」
「これからはいい?」
「駄目に決まってるでしょ!」
「何で?」
「許可してないからよ!」
ついついカッとなって、大きく激しい声になり、3人を無視して、まどかと絢斗の争いになってしまっていた。
「好き合ってもそのやり取りは変わらないんだね」
3人がニヤニヤして見守っていることに気づいて、頭を抱えたくなる。
恥ずかしくてたまらない。
「もうっ、あたしたちの話はもういいってば!」
まどかの声が個室によく響いた。
居酒屋を出て、5人で歩き始めると、自然と男女に別れて並んで歩くようになる。
まどかがなずなと並んで、前を進んでいくと、絢斗や大平、横井はじゃれ合いながら歩いているからどんどん離れていく。
横断歩道を女子2人が渡り切った後、男子が渡る前に信号が赤に変わり、自然となずなと2人きりになった。
「付き合ってることは、隠すの?」
「会社ではね。噂は残ってるだろうから、言ってるようなものかもしれないけど」
「冗談と思ってる人もいるし、それくらいが居心地いいかもね」
くるりと振り向けば、絢斗を大平と横井が挟むかたちで、何やら楽しげに会話をしている。
余計なことを話していないか、気になってくるが、それはお互い様かとなずなの横顔を見て思う。
「あんなに何もないか訊いてたのに、いざ付き合い始めたら、変な感じ」
「何もないと思ってたんだけどね……」
まどかはうっすらと笑う。
「付き合ってることで、同期内で気まずくさせたらごめんね」
「起こってもないことで謝らないでよ」
「それもそうだね」
まどかとなずなは穏やかに微笑み合った。
信号が青に変わったことを確認し、くるりと進行方向に向き直って、歩き出す。
背後に3人が追いついた気配を感じながら、歩き続けていたら、絢斗に「まどか」と名前を呼ばれた。
足は止めないまま、ちらりと顔を向ければ、「一緒に帰ろう」と誘われる。
「いいよ、別に一緒に帰らなくても」
「どうせ途中まで一緒じゃん」
「まぁ……」
なずなは自然に大平と横井の方へと近づいていく。
なずなはニヤニヤとしていた。
「自然だね」
「え?」
「名前呼ぶのが」
「あー……」
絢斗の名前呼びは、早い段階で板についた。
まどかも、何だかんだ受け入れて、呼ばれた数も分からなくないほど呼ばれているから、違和感がなくなっている。
「まどかは呼んでくれないけどね」
絢斗がボソッと言った言葉に反応したなずなが、「えぇ? 呼びなよ」とまどかを責めるように言ってくる。
まどかはなずなではなく、絢斗を睨むように見返した。
「ずるくない? 何でここで言うのよ」
絢斗は肩をすくめて見せる。
それがまた憎らしい。
「イチャイチャすんのは、2人のときにして」
大平は、まどかと絢斗の肩に手を置いて、間から顔を出して言った。
「どこがイチャイチャしてるのよ?」
まどかは思わず声を荒らげてしまった。
何だかんだで、まどかは絢斗に家まで送ってもらうことになった。
「みんな、受け入れくれてよかったね」
話す前から受け入れ態勢が万全だった。
基本的に絢斗がペラペラと喋り、まどかは隣で聞いているだけ。
絢斗はどんな状況でも同じように話していただろう。そうも思うが、話しやすかったに違いない。
「俺らをくっつけようとしてたからね。そりゃあ、受け入れるよ」
まどかは苦笑するしかなかった。
「それと……あんなふうに言ったけど、名前は呼んでほしいからね?」
まどかは言葉に詰まる。
顔を覗き込まれ、小さな声で「分かった」と答えた。
渋々という態度を取ってしまう。
名前を呼びたくないわけではないのだ。最初にためらってしまったばかりに、ここまで呼びにくくなっている。
そんなまどかの気持ちを知ってか知らずか、絢斗は「聞いたからね」と軽い調子で言う。
こうでもされないと、名前を呼べない自分が嫌になる。
まどかは絢斗に気づかれないように、小さくため息を吐いた。
まどかのマンション前まで着くと、絢斗は当たり前のようにまどかについて来ようとする。
「今日はもう遅いから」
はっきりとは言わず、暗にもう帰ってほしいと匂わす。
絢斗は分かりやすく不服そうに唇を尖らせた。
「これからはいくらでも泊まれるんだから」
まどかはぴしゃりと言い切った。
「……前にも同じようなセリフ聞いた気がするんだけど?」
「そうだっけ?」
「俺、ずっとそれでかわされるの?」
まどかは含み笑いを返した。
正直、まだ絢斗の顔をまともに見られそうにない。
仕事のときはいい。仕事という名目があるから。
しかし、プライベートになると、恋人という関係が、名ばかりのものではなくなった今、それに伴ってまとう空気感に慣れないのだ。
心を許した者には、ずるずると流されてしまう自覚があるものだから、ある程度、自分を持っていなければと思っている。
今こそ、絢斗にどうしてほしいか、考えるときだと感じていた。
***
絢斗と思いが通じ合い、正式に付き合うことになったとき、歩にはまずメッセージを送っていた。
それから、ジムでも会う機会がなく、メッセージのやり取り後に会うのは初めてだった。
「おめでとう」
歩は会うなり、まどかに祝いの言葉をくれた。
照れくさくて、うっすらとだけ笑って、小さな声で「ありがとう」と答えた。
歩と合流したのは、フルーツパフェが人気のお店だった。
歩が仕事に行く前に、パフェでも食べようと、お店を決めたのだった。
「今、どんな感じ?」
パフェを頼んで、商品が届くのを待つ間、歩は特に何がとは言及しなかったが、近況を訊いてきた。
「あー……前から付き合ってるわけだし、あんまり変わってないかも」
「そんなことないでしょ?」
「確かに、そう思うんだけど」
まどかは苦笑いする。
「実感湧かないんだよね。忙しくてデートも全然できてないし……」
「え、それなのに、僕と会ってて大丈夫なの?」
歩は途端に前のめりになり、心配そうな顔をした。
まどかは慌てて声を上げる。
「あゆと会うのも大事! むしろ、あゆの方がなかなか会えないから、あゆ優先だよ」
歩は目を瞬かせて、笑ったかと思うと、大げさにため息を吐いた。
「そんなこと言ってたら、また後悔するよ?」
「え?」
「まどかのことだから、相手にもそうやって言ってるんでしょ、馬鹿正直に」
「うっ……」
まどかは胸を押さえる。
歩の言う通り、恥ずかしさから絢斗を邪険にすることが多々あった。
「傷つけないようにね。頑なになりすぎると、自分に返ってくるよ」
「……はい」
まどかは歩のアドバイスを真摯に受け止めた。
絢斗が冷めた反応のときに傷ついたことを忘れてはいけない。
絢斗が優しくしてくれるように、まどかも優しくあらねば。
そうは思うものの、恥ずかしさはどうしても消え失せることはなく、なかなか素直になれそうになかった。
まどかはいちごのパフェに舌鼓を打ちながら、歩が仕事に行くまでのささやかな時間を、他愛もない話をして過ごした。
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