#23「好きじゃない」
下条による新商品のインタビューは予定通り、自社の会議室で行われた。
インタビュイーは、企画開発と製造、それから販売の社員から1人ずつ選んでおり、今日は製造の社員のインタビューが行われた。
まどかはインタビューの様子を傍で見守り、場合によっては情報を補足する役割をこなした。
インタビューは順調に終わり、インタビュイーを見送って、下条と次回の打ち合わせを行う。
「そう言えば、缶詰買われました?」
「はい。教えてもらったスーパーでたくさん買っちゃいました」
「“たくさん”ですか」
「……見ます?」
まどかはスマホを取り出し、缶詰の山を撮った写真を下条に見せた。
「思ったより“たくさん”でびっくりしました」
陳列されていた全種類を買ったと言っても過言ではない量だった。下条が驚くのも無理はない。
「おいしそうで、つい。パッケージの写真がとてもおいしそうですよね」
「それは広報の方も推してるポイントらしいですよ」
「まんまと策略にはまってますね」
「喜ばれると思います」
下条とここまで打ち解けて話したことはなかった。仕事の話以外、まどかが積極的にしようとしていなかったからだ。
「三戸さんって結構アクティブなんですね」
「そうですね。よく意外って言われます」
「全然知らなかったです」
以前、まどかを“清楚で控えめでおしとやか”と評していた人が、正反対のことを言う。
人の見え方はいくらでも変わるらしい。
「私も下条さんのこと、こんなに気軽に話せる人とは思ってませんでした。半年も定期的にお会いしてたのに、今更ですね。すみません」
「それはお互い様です」
顔を見合わせて、ふき出すように笑った。
「でも、話せなかったのは、僕に下心があったからかも」
茶目っ気を含んだ、寂しげな表情は、やはり今まで見ることのできなかった顔だ。
下条に好きな人がいると知ってもらったから、接しやすくなった。
以前は、変に警戒して、本音が話せなかったが、今はほどよく肩の力が抜けて会話がしやすい。
仕事に恋愛が絡むとろくなことがないということでもある。
ドアがノックされ、まどかと下条は同時に開かれたドアを見る。
「すみません。そろそろお時間が……」
顔を覗かせたのは絢斗だった。
次に会議室を予約していたのは絢斗だったのだ。
腕時計に目を落とし、使える時間の終わりが差し迫っていたと気づく。
「すみません。長く喋りすぎました」
「こちらこそ長居してすみませんでした」
まどかと下条はお互いに頭を下げ合い、慌てて立ち上がり、ドアへと向かう。
絢斗がドアを開けてくれていたので、「ありがとう」と小さな声でお礼を言ったが、目は合わなかった。
胸をちくりと痛めながらも、絢斗が開けてくれたドアを抜けて、下条とともにいそいそと廊下へ出た。
***
絢斗とまともに話せないまま、社内の飲み会に参加する日がやって来た。
広報は横の繋がりが大事なので、飲み会にはよく参加する。
今回は企画開発と営業、広報での飲み会で、絢斗も参加すると聞いていた。
まどかと絢斗が付き合っているという噂が流れてから初めての飲み会で、居心地が悪そうだと、乗り気にはなれなかった。
まどかは仕事で予定時間より少し遅れて到着したため、席がほぼ選べなかった。
大平の隣が空いているのを見つけてホッと胸を撫で下ろした。
上司に挨拶をして、その空いた席につく。
「新しいパンフレット、好評だよ」
向かいに座る営業部長が、座るや否や、話しかけてくれた。
新商品発売に際してリニューアルした、営業パンフレットのことだ。
「よかったです。かなり時間をかけてこだわったので嬉しいです」
「かなり調整したもんなぁ」
「部長の貴重なご意見がとても役立ちました。ありがとうございます」
会話が途切れると、離れた席の絢斗の存在が気になってくる。
盗み見た絢斗も上司と話しているようだった。
こちらに会話がなければ、そのやり取りが自然と耳に入ってくる。
「僕は見かけ倒しなので」
「所詮顔だけで、中身はそんなに魅力はないですよ」
何の話をしているのか、絢斗はネガティブな言葉ばかり並べていた。
絢斗らしくなくて、まどかはもやもやした。
絢斗に気を取られているせいで、自分のことはないがしろになっていた。
それを補うように、隣の大平が遅れてきたまどかを気遣って、遠くにある大皿をまどかの前に持ってきてくれ、まどかが取り皿によそったら戻してくれることを繰り返していた。
あまりにも甲斐甲斐しくしてくれていたからか、上司も気になったらしい。
「2人は同期だったな」
「はい」
隣の先輩が「ここの同期は他と比べても仲がいいですからね」と言う。
「月1回は飲み会してますね。全員じゃなかったら、もっと頻度は高いです」
「それを10年近く続けてるってすごいですよね。うちはもう全然会ってないですよ」
先輩は5個ほど年上で、5年経てば、まどかたち同期も会わなくなる可能性はある。
会いたくないというよりは、会えなくなるかもしれない。
「前よりは減りました。皆本も結婚して、大平も婚約中だから、どんどん減ってしまうでしょうね」
まどかは寂しい気持ちになりながら、こぼした。
上司は「結婚するんだったな」と大平の婚約話に食いつき、その後しばらくは大平の話題で持ち切りとなった。
大平には悪いが、自分の話はできる気がしなかったので、とても助かった。
1人で帰路についたはずなのに、同じ方面であるがゆえに、駅のホームで絢斗とばったり会ってしまった。
お互いに顔を合わせていきなり離れるのも変だが、かと言ってにこやかに話す雰囲気でもなかった。
だから、線路の方を向いて、横に並んで立った。
2人きりになって話すのは苦手だった下条が、今では気楽になって、絢斗の方が気を遣う感じさえある。
あれほどまでにぐいぐい迫ってきていた絢斗が、隣にいても、何もしかけてこない。
「……さっき、何の話してたの?」
「“さっき”?」
「飲み会で、随分ネガティブなこと言ってたから。“所詮顔だけ”とか」
言っていて嫌な気持ちになるので、例を挙げるのは1つでやめた。
「……そんなに気になる?」
「気になるよ。だって、自分を下げるようなこと言うなんて、らしくない。自信満々なのが中埜のいいところでしょ」
「……じゃあ、嫌い?」
どうやらかなり落ち込んでいるらしい。
これほどまでに落ち込んでいる絢斗は初めて見る気がする。
前に、クレームがあって元気がなさそうな姿も見たが、それほどのダメージを感じなかった。
「……そんなうじうじしてる中埜は、好きじゃない」
本当は優しく甘えさせてあげるべきかもしれない。
しかし、絢斗がそれを望んでいるようにも見えない。
「一緒にいて、つまんないよ」
とどめの一撃だったかもしれない。
絢斗が自嘲の笑みを浮かべるのを見て、後悔を押し込む。
まどかは電車が来たのを確認し、別の乗車口に向かって歩き出した。
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