#4「同期で付き合うなんて気まずいだけ」
同期はまどかをあわせて5人だ。
まどかと絢斗の他に、販売の
別々の部署で働いているが、定期的に同期会を行い、集まるほどの関係である。
特に、まどかにとって、唯一の同性のなずなは、会社内で最も気の置けない同僚で友人でもあった。
最後に同期で集まったのは、なずなが結婚祝いの会だった。
なずなは今年結婚した、新婚だ。いつもにこやかだったが、最近は輪をかけて明るく朗らかに笑っている。
今日、久しぶりに開かれた同期会は、絢斗抜きで始まった。
絢斗は仕事が立て込んでいるらしく、少し遅れるとのことだった。
居酒屋の半個室で、男女で向かい合うかたちで座っている。
話の中心になっているなずなの横顔に、まどかは見とれていた。
「なずな、幸せそうだね」
言うつもりはなかったのに、思わず口からこぼれ出ていた。
大平が「そうだよな」と同調する。
「そう?」
なずなは満更でもなさそうに、頬に手を添えて、より一層笑みを深くする。
「大平も結婚、そろそろじゃないの?」
「前会ったとき、今付き合ってる人と結婚考えてるって言ってたもんね」
なずなが大平へと話題を振り、まどかもその話題に乗る。
「向こうの親御さんと挨拶する予定は決まってるらしいよ」
静観を貫いていた横井が、ボソッと言った。
「えっ」
「本当にそろそろじゃない」
ぐっと前のめりになるなずなとまどかに、大平は面倒そうな顔を浮かべ、「横井が言うなよ」と隣の横井を小突いた。
そんな大平も何だかんだ幸せそうで、小憎らしい。
「横井は結婚願望ないとして……」
横井がこくこくと頷いて、ビールを飲む。
まどかは嫌な予感がして、横井と同じようにビールを呷る。
「まどかは? 最近どうなの?」
ビールを傾けたまま、聞こえないふりだ。
なずなや大平のように幸せなこともないし、横井のように今は結婚する気はないという確固たるものもない。
グラスをテーブルに置きながら、3人全員の視線が集まっていることに居心地の悪さだけを感じる。
「……別に何もないよ」
仕方なく答えたときだった。
「何もなくないじゃん。何人かに口説かれてるくせに」
横から声がしてギョッとした。
ひょいっとのれんの奥から顔を出したのは、遅れて来た絢斗だった。
また絶妙なタイミングで現れたなと、まどかは絶望する。
「何であんたが答えるのよ」
「事実じゃん。こないだ打ち上げ一緒になったときに言い寄られてたの、実際見たからな」
ビールを飲みたくなって、グラスを持ち上げようとしたが、もう飲み干していたことを思い出す。
「そうなの?」
なずなが少し驚いた顔をして、まどかを見つめてくる。
それも当然だ。
なずなには――というより、誰にも話していない。
実際に目にした人であれば知ることはあるだろう。
だから、目にする前に知っていた絢斗は、おかしいのである。
「いや、あれは、そういうんじゃないのよ」
「早く帰る手助けしたら、助かったって言ってたじゃん」
あれは本当に助かったから、何も言えないのが悔しい。
絢斗は余計なことしか言わない。
これ以上、訊かれても、答えるようなことはないというのに。
「あー、また電話だ」
スマホを手に取った絢斗は、「すぐ戻る」と言って、再びのれんの奥へと消えていった。
しばらくのれんを見つめていたなずなが、ハッとして、その次の瞬間、まどかに距離を詰めてきた。
「本当に中埜と何もないの?」
「それ、何回訊いたら気が済むの?」
ビールの代わりにだし巻き卵に手を伸ばす。
箸で一切れ掴み、小皿に置き、半分に切る。
その半分を口に含めば、だしの味が口の中に広がった。おいしい。
「……本当に?」
「どう考えたら、あたしたちがそんな仲になるように見えるの」
残りの半分を口に含む。
普通に振る舞おうとしているのが自分でも分かった。
どうしてこんなに動揺しているのだろう。
今までは絢斗との関係を疑われることが煩わしいだけだったのに、今は少し違う。
感情を乱されるだけ乱されて、自分のことをよく知っていることだって不快でしかなかったはずなのに、一瞬怯んでしまい、真っ向から拒絶することができなくなっている。
頭の片隅で少しだけ考えてしまう。
周りから付き合っていると思われてしまう、絢斗との関係について。
「同期で付き合うなんて気まずいだけ。あり得ない」
まどかの発言からは、絢斗と付き合うことを少しでも考えたことが筒抜けで、臍を噛む。
「先輩で同期同士で結婚した人がいたよね?」
「あぁ。子ども生まれても、同じ会社で働いてるもんな」
なずなと大平が顔を見合わせて話す。
横井はこくこくと頷いて同調している。
どうやらここには味方はいないようだ。
「あり得ないって。付き合うとか結婚とか……絶対にない!」
腕を組んで、背中を背もたれに預ける。
やけになってしまう自分が嫌だ。
絢斗の話になると、冷静に判断ができない。
「逆に意識してない? 中埜にだけじゃん、三戸がそんな態度取るの」
息が詰まる。否定ができない。
「最初から割と中埜にはそんな態度だったよな」
「中埜もあんな感じだった」
「そうそう。2人ともずっと痴話喧嘩してる感じ」
大平も横井もなずなも、他人事と思って好き勝手に言っている。
そんなことを言って、どうなるのだ。
同期よりも深い関係になってほしいとでもいうのか。
そうでなければ、放っておいてほしい。
「俺の話してた?」
その場にいた全員が驚いて、声のした方を一斉に見た。
再び戻ってきた絢斗は、軽い調子で顔を覗かせ、まどかの隣に腰掛ける。
「何でこっちに座るのよ」
「空いてたから」
「横井の隣も空いてるじゃない」
「そうだねぇ」
もう動く気はないらしい。
呆れて何も言えない。
まどかはため息を呑み込んで、絢斗の横顔を見た。
鼻筋が綺麗に通り、顎のラインはシャープだ。残業続きで疲れているはずなのに、全く疲れが見えない。
初めてこの顔を見たときに、見続けてはいけないと、とっさに思った。
遊びに来ているわけではない。仕事をするためにこの会社に入社したのだと、気持ちを律した。
絢斗が軽薄なことをいいことに、冷たく当たって、近づきすぎないように一線を引くのが当たり前になった。
絢斗に罪はないはずなのに、どうしてこんな態度を取っているのかと、罪悪感がじんわりと込み上げてくる。
「何飲もっかなぁ。あ、三戸も飲み物頼む?」
空いたまどかのグラスを見て、絢斗はドリンクのメニュー表をまどかにも見せてくれる。
優しさがまどかの良心をジリジリと痛める。
まどかは頭を抱えたくなった。
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