#1「あたしのこと、全然好きじゃないよね」

昼休みの駐輪場。

三戸みとまどかは、同級生の神辺かんべ理久りくを呼び出し、手の伸ばしても届かないくらいの絶妙な距離感で、向かい合っていた。


「まず、来てくれてありがとう」


緊張して声が上擦りそうになる。

今まで面と向かって理久と相対したことはなかった。


「呼び出したのは、話したいことがあって……」


ここでもじもじしたって、呼び出された時点で何が起きるか、理久も薄々気づいているはずだ。


まどかは覚悟を決めて、大きく息を吸う。


「あたし、1年のときからずっと、神辺くんのことが好きです。あたしと付き合ってくれませんか?」


息継ぎなしの一息で言い切った。


怖くて理久の顔が見られない。

まどかは理久の胸の辺りを見つめ、乱れる息を整える。


「いいよ」


聞き間違いかと思うくらい、あっさりとした答えだった。


ハッとして顔を上げれば、綺麗な真顔がまどかを見つめていた。


心臓が痛いくらいに強く拍動して、苦しい。


「……今、何て……?」


「いいよ。付き合おう」


口の動きが間違いなく、そう言っていた。



好きな人と付き合える人はどれだけいるだろう。


幸い、まどかには告白する勇気はあったので、第一段階はクリアしていて、後は交際の承諾を得られるかどうかだった。

承諾と拒絶の二択しかない選択肢のうち、承諾を選んでもらえる確率を考えたら、意外と高いようにも思える。


しかし、付き合えたからと言って、好きな相手が自分を好きとは限らないのだ。




玉砕覚悟で告白をしたのに、あっさりと告白を受け入れられ、しばらくは驚きばかりで、じわじわと嬉しさが込み上げてきた。

天にも昇る心地で、付き合い始めたが、付き合ってみると、思っていたように上手くはいかなかった。


放課後、隣のクラスの理久を訪ねれば、友達と談笑している理久の姿が目に入る。

まどかといるときより楽しそうに見えて、ふつふつと怒りが湧いてくる。


理久に詰め寄れば、友達が先にまどかの方を向いた。


「今日はあたしと約束してたよね?」


ゆっくりと理久の視線がまどかへとたどり着く。


「……そうだったっけ?」


大仰にため息を吐く。

あれほど感情を表に出さないクールなところが好きだったはずなのに、今は苛立ちの方が大きい。


「理久はあたしのこと、全然好きじゃないよね」


どんなに感情をあらわにしても、理久には露ほども響かないと知っている。これはただの壁打ちだ。


「……分かってるんだから。あたしのことなんて好きじゃないし、他に好きな人がいるってこと」


初めて理久の目が揺らぐのを見た気がした。


そこで、これ以上、自分たちの関係をどうすることもできないと悟った。


付き合えて、飛び上がるほど喜んだというのに、付き合っても自分を見てもらえないのは辛く、付き合っている意味を見出せなかった。




大学生のときも、自分から告白した人としか付き合うことをしなかった。


友達には面食いと言われたが、自覚はあったので、否定しなかった。


大体好きになる人は一目惚れだった。

見た目を好きにならないと気にならないのは、真理だと思う。


しかし、薄々気づいていた。

相手からしたら、付き合ってと言われたから付き合っただけで、自分のことを好きなわけでもないのだ。しかも、好きにもなれないのだから、関係が上手くいくはずがないではないか。


付き合った人は大抵、他に好きな人がいたり、好きな人ができたりばかりだった。

自分が好きになる魅力的な人が、周りから放っておかれるはずもなくて、自分を一番に思ってもらえるほど、自分には女としての魅力はなかったのだ。


好きな人と付き合えることが、必ずしも幸せでないと悟った。



社会人になり、好きな相手から告白されるように頑張ればいいと思ったが、そうそう簡単に好きな人は現れなかった。

だから、告白されても全くなびかなかったのに、今は告白を受け入れ、付き合ってみることをしている。


今の自分が過去の彼氏たちに重なる。

告白されて付き合ったけれど、好きになれなくて、上手くいかない。


両思いになることがどれだけ難しいかが分かるばかりだった。

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