ⅩⅩⅦ.選んだ終着点②

「……何、ニヤニヤしちゃって」


「めぐと明日まで一緒にいられると思ったら、嬉しいに決まってるだろ」


「そこなの? 付き合えたことじゃなくて?」


思わず体を離して、大きな声を上げてしまった。


「それも含めての“そこ”なの」


律騎は片方の口角を上げて、悪戯に笑う。


分かりやすく嬉しそうな律騎。

この顔をずっと見たかった。



「――あ、そうだ」


律騎はめぐみから離れ、大きなリュックの中を探り始めた。

振り向いた律騎の手には、手のひらに乗るほどの箱が載っていた。


「プレゼント」


「え、誕生日でもないのに?」


「付き合い始めた記念日だろ」


「えぇ?」


めぐみは納得いかず首を傾げ、差し出されている箱を見つめた。


「理由なんてどうでもいいんだよ、こういうのは」


律騎はぶっきらぼうに言って、めぐみの方に中身が見えるように、蓋を開けた。


箱がベロア生地で、もしやとは思っていたが、箱の中身はブレスレットだった。

華奢なピンクゴールドのチェーンが2つ連なっていて、キュービックジルコニアが3つ輝いている。


「……プレゼントの意味、ますます分かんないんだけど……」


今日付き合うことになるかなんて分からなかったはずだ。付き合えるという自信があったのか。


そもそも、今回渡すつもりもなく、以前から準備していた可能性だってある。


「難しい顔してんな?」


律騎がめぐみの顔を覗き込んでいた。


「理由はシンプルだよ。これでめぐみを縛りつけたい。ただそれだけ」


「え……」


律騎はめぐみの手を取り、その手の上に箱を置いて、めぐみにしっかりと握らせる。


「めぐはプレゼントされたもの、捨てられないだろ。だから、これで俺のこと思い出させて、忘れられなくさせたい」


これは、付き合えるかどうかは関係なかったプレゼントだと悟る。


目に焼きつけるようにブレスレットを見つめ続ける。

キラキラと輝いて綺麗だった。


「……引いてる?」


さすがに不安だったのか、声に覇気がなかった。

首を横に振ってから顔を上げると、やはり不安げな表情の律騎と目が合った。


「りつらしいなと思った」


「……俺のイメージ、大丈夫? やばいやつじゃね?」


“やばいやつ”の自覚があるらしい。

それがおかしくて、つい笑った。


「私も同じタイプだから大丈夫。……分かんないけど」


律騎は「それ、大丈夫って言えんの?」と、険しい顔で言った。


お互いに独占欲が強く、似たもの同士なのだと思う。


最初に付き合えたとき、お互いに好きだと確認して、通じ合ったと思ったのは、願望だったのだと今なら思う。


今は正真正銘通じ合っていると言い切れる。

だって、好きの度合いが同じだと分かるから。



「つけてもいい?」


「俺がつけるよ」


「うん。お願い」


律騎はブレスレットを細心の注意を払って丁寧に箱から取り出した。

それを見ながら、めぐみは左手を差し出す。


ブレスレットが手首にあてがわれ、ひんやりとした。


律騎の手は少し震えていた。

ただでさえ不器用なのに、慣れないことだからだろう、引き輪を上手く引っ掛けられないでいる。


律騎の焦れったさが見えるが、めぐみはその姿を見守った。


「……できた」


めぐみは手を上げて、より近くでブレスレットを見る。

箱に収まっているときより、綺麗に見えた。


「ありがとう」


ブレスレットの向こうに見える律騎は、穏やかに微笑んでいた。



「なんか、お腹すいてきた」


「そうだな」


「何食べたい? 何か作るよ」


片膝を立てて、立ち上がろうとしたら、腕を掴まれて、後ろに引かれ、元の位置ではなく、律騎の足の上に座り込むかたちになる。律騎の腕が胸の前に回ってきて、完全にハグで捕まえられてしまった。


「やだ。離れたくない」


「ごはん作るだけ。キッチンに行くだけだよ」


ふてくされた顔が見えなくてもまぶたに浮かんだ。

何と可愛い彼氏だろう。


ずっと律騎の1番になりたかった。

律騎に求められ、今、まさに、望んでいた状況になれている。


幼馴染だけであり続ける必要はなかった。


――幼馴染は結ばれない。


それは、事実であり、事実ではない。

可能性は少ないけれど、絶対ではないのだ。


多分、めぐみと律騎にはこの5年間が必要だった。

離れることで、相手の大切さを実感することができ、結ばれたのだ。


子どもみたいに無邪気に喜ぶ姿に、幼い頃の面影が重なったり、それなのに、ブラックコーヒーを飲む姿に、大人の男性を感じたり、安心感の中にドキドキがある。

それが幼馴染を彼氏に持つ良さかもしれない。


「りつもお腹すいたんじゃなかったの?」


「あぁ、そうだな」


「なら準備させてよ。すぐできるわけじゃないから、食べるの遅くなっちゃうよ」


「そうかもな」


律騎の返事はおざなりで、かつ、回された腕の力は緩む気配がなかった。


「ねぇ。食べる気ある?」


めぐみはため息を吐いて、律騎の方を振り向く。


「あるよ。でも、まずはこっちかな」


腕が緩められたかと思うと、くるりと体の向きを変えられ、顔を寄せられる。

次の瞬間には、唇が触れ合っていた。


チュッと音を立てて触れた後、律騎は唇を舌でぺろりと舐めた。

驚きで唖然とするめぐみを、挑発するような表情だった。


「俺、ずっと我慢してたんだよ」


「……そんなの知らない」


「顔赤くしちゃって、可愛いな」


そっぽ向いた顔も、律騎の手によって真正面に向かされて、まじまじと見つめ合うことになった。


「そんな目で見られたら離せなくなる」


「……その言葉、そっくりそのまま返すよ」


情欲に濡れた目に捉えられ、逃げることなどできない。

食事などもう頭にはなくなって、どちらともなく唇を寄せた。


2人の恋は、これから、やっと始まる。


【完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染は結ばれない 如月小雪 @musicalscale

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ