◆9◆言えないよ
職員会議を終えた後、小笠原先生の机の上に、週刊誌が置かれていた。
珍しいと思い、ついまじまじと見てしまい、見知った名前を見つけて、固まってしまう。
「あっ! こんなの置いてるのは教育によくないですよね!」
小笠原先生が慌てて週刊誌を取り上げて、バッグへと収める。
「珍しいですね。実はよく読まれるとか……?」
「違います、違います! 貰い物ですよ!」
小笠原先生は慌てていた。苦笑いしながら否定する。
「そうなんですね」
誰からの貰い物かを気にする余裕は、私にはなかった。
週刊誌の表紙には、“今年ブレイク俳優・宍戸成海に隠し子疑惑!?”と、確かに書かれていた。
胸がざわざわして落ち着かない。
週刊誌が全て正しいことを言っているとは思っていない。
でも、火のない所に煙は立たない、とも思う。
トイレに駆け込み、個室でスマホを取り出し、ネットで検索する。見たい記事はすぐにヒットした。
隅から隅まで目を通す。語尾は“ようだ”や“ちがいない”ばかりで、概ね信用に値しないものだと思う。
その反面で、世に放たれているということは事実だからではないかと思わされる。
話したいとか、後悔したくないとかと言って、終いにはキスをしてきたくせに、子どもがいたとしたら……。
もはや腹が立ってくる。どうして付き合ってもいない、元カレのことで、こんなに悩まなければいけないのだ。
成海は、数年前から若手実力派人気俳優だのともてはやされていた。
人気が出てくると、週刊誌のかっこうの的となる。 週刊誌やネットニュースに興味がない私でも、見聞きするほどには、成海のニュースをいくつか見たことがある。
恋愛のスキャンダルは、大抵共演した女優さんとで、真偽のほどは分かり兼ねるが、恋愛ドラマでの共演であれば、好きになるのは納得でき、あることだろうと思った。
でも、隠し子なんて、成海には無縁の話に思えるのに、今の成海を知らなさ過ぎて、完全に信じることができなかった。それが何より辛かった。
◇
「――お帰りですか?」
玄関を出て、駐車場で車から降りてきた計良さんと出会う。
「はい、今から帰ります」
「そうですか」
「計良さんはまだお仕事ですか?」
「はい。まだかかりそうです」
計良さんのスーツの胸ポケットに入っていたスマホが鳴り出す。
計良さんは、誰からの着信か確認して、またポケットにしまった。
「出なくていいんですか?」
「はい。また同じ内容の電話だと思うので」
「……もしかして、週刊誌の件だったりしますか?」
私が気にすることではないのに、興味が勝ってしまった。
計良さんは体の動きをぴたりと止めて、驚愕ような困惑したような表情をした。
「……もしかして、和木さんも見られました?」
「はい……」
本当のことが聞けるという期待感と、本当のことを知ってしまう苦痛で、どんな表情をすべきか分からなくなった。
「――あれ、本当だと思いました?」
「え……本当じゃないってことですか?」
「はい。次回訂正コメントを載せてもらう予定です」
私は明らかにホッとした。
そして、すぐに別の疑問が頭をもたげる。
「事実でないなら、何ですぐに訂正しないんですか?」
「まあ……色々あるんですよ」
計良さんは、眉尻を下げて、困ったようにうっすらと笑った。
「そうなんですね……」
芸能界には、やはり私の知らないことがたくさんあるようだ。
「計良さん、ここでゆっくり私と話してて大丈夫ですか?」
「急ぎではないので。むしろ、帰るのをお止めしてますね。すみません」
「いえいえ!」
逆に謝られてしまい、そんなつもりではなかったので焦る。
「計良さんは、何で私と話してくれるんですか?」
「駄目ですか?」
「駄目というか……普通しませんよね? ロケにいらっしゃってる他の俳優さんのマネージャーさんと話す機会なんてありませんよ。普通は、一般人なんて所属俳優に近づけたくないものじゃないんですか?」
「和木さんは違うじゃないですか。普通の人のように、近づこうとしないから」
計良さんは本当に人のことをよく見ている。成海のように、私のこともよく――。
「それに、成海が執着してるから気になるんです。どんな人なのかって」
◇
帰宅して、ソファーに深々と腰かけた。
何か連絡が来ていないか、スマホを見たら、“宍戸成海”を検索したままの画面が開く。
そして、新しいネットの記事が掲載されていることに気づく。
見なければいいのに、つい開いてしまった。
SNSの画面をスクショした画像が添付されていた。 読めば、成海を見かけた一般人が写真を撮ってSNSにあげたものらしい。
パッと見たところでは、何の写真が分からなかった。
でも、文章を読めば分かる。成海が言葉を喋り出すくらいの小さな女の子と手を繋いで歩いている写真なのだと。
――本当に子どもがいるのかもしれない。
計良さんが“色々ある”と濁したのは、事実だからだったのかもしれない。
マネージャーがただの一般人に本当の話をするわけがなかったのだ。
計良さんは優しい人だと思っていたから、ショックを受けつつ、成海とはもう関係のない、ただの一般人には受け入れるしか道はなかった。
子どものいる芸能人に、本気で恋するなんて、惨め過ぎる。
――やっぱり私は成海のことがまだ好きなんだ。
改めて気づかされる。
嫌いになって別れていたらよかったのに。
好きなまま、別れるんじゃなかった。
元カノの分際で、しかも、別れを切り出した身で、まだ忘れられないなんてあり得ない。
彼女でもないのに口出す権利はない。
子どもがいる男なら、潔く諦めきれる。
だから、好きとか、どうにかなりたいとか、もう思ったらいけない。
自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、成海への思いが強くなる気がして、苦しかった。
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