#2 無職の誕生日

「25歳おめでとう!」


閉店後の“JEWEL BOX”内で、志田しだ彩織さおりは誕生日を祝われていた。


彩織の前には、雇い主である店主の志田しだ直樹なおきとその妻 真理まり、娘の千尋ちひろがいる。


テーブルには、売れ残りではなく、わざわざ彩織のために作ったホールケーキが置かれていた。


「ありがとう!」


ろうそくにつけられた火を息を吹き掛けて消すと、拍手が起き上がる。


「じゃあ今年の抱負をどうぞ」


直樹に促された彩織の頭には、1つしか浮かんでいなかった。


「就職します!」


まさか自分が無職になるとは思いもしなかった。


前勤めていた会社で、パワハラ上司と揉めて、啖呵を切った勢いで自主退職してしまったのだ。

「辞めてやる」という言葉をなかったことにするのはプライドが許さなかった。



「雇ってもらって助かります」


いつもは使わないのに、思わず敬語を使い、丁寧に頭を下げた。


「ちょうどバイトの子がやめたばっかりで、むしろ助かったよ」


「ずっといてくれてもいいくらいだわ」


直樹と真理はまるで自分の親のようだった。


元々、ここにアルバイトとして採用してもらうことになったのは、父親 英樹ひできの紹介だった。

直樹は彩織の父親の弟、つまり、彩織から見ると叔父に当たる。人手が足りないと聞いた英樹が、よかったらと娘を推薦してくれたのだ。

それを受けた直樹にも、認めてくれた真理や千尋にも、彩織は頭が上がらない。



お店から歩いて汗だくで帰宅すると、「おかえり」と久しぶりに聞く声に迎えられた。


「玄兄! ただいま。今日帰ってくるんだったっけ?」


「ああ。夕方帰ってきた」


“玄兄”とは、彩織の兄である玄輝げんきのことである。

彼女と同棲中で、普段実家にはいないが、一時的に実家に帰ってきている。そんな玄輝もそろそろ結婚予定らしい。


「ケーキ、食べる?」


「ケーキ? 何でケーキ? あ、叔父さんのとこでバイト始めたんだったか」


「それはそうだけどさ……。まさか、妹の誕生日忘れたの?」


「誕生日?」


「最っ低!」


ケーキを冷蔵庫に入れて、勢いよく扉を閉めた。


「嘘だよ。覚えるっての。おめでとう」


「それが嘘っぽいわ」


「ひでぇな」


携帯に着信があり、画面を見る。

玄輝が勝手に後ろから覗き込んでくる。


「勝手に見ないでよ」


「兄貴からじゃん」


送られてきた動画を再生してみると、長男である朋輝ともきの家族の動画だった。


「か、可愛い……!」


ソファーに座る夫婦の前で、小学生の娘2人が立ってもじもじしている。


『彩織お姉ちゃん、誕生日おめでとう』


練習したのだろう。2人で息を合わせて喋ろうと膝と手でリズムを取りながら、祝いの言葉を述べる。


『今度はお正月に会おうね』


テレビ電話でもないのに、彩織は思わず携帯の画面に向かって手を振ってしまった。


「お盆に会ったとき、彩織にべったりだったもんな」


昔からそうだった。彩織は女の子に好かれる。

バレンタインは兄とチョコの数を競って、下手したら勝つくらいにはもらっていた。


「玄兄と違って、朋兄はちゃんと覚えてくれてたんだな~」


バレンタインのチョコも、玄輝には勝てても朋輝には勝てなかったことを思い出す。


「だから覚えてたっての」


「はいはい」


彩織は軽く玄輝をあしらって、再び動画を再生することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る