34 不安

 ターゲットが焼け爛れ液状化している写真と状況報告を、ヴィラン連合本部に送付する。


 次に日村は、ある番号に電話をかけた。プルルル、という呼び出し音が鳴るが、相手は一向に出ない。二十、三十、と鳴らしたところで、日村は叩きつけるように画面をタップして通話を切った。


 チッと大きく舌打ちをすると、後部座席に移動し着替えを始める。運転席にいる原田は、覆面を取りニットキャップと伊達眼鏡を掛け、上からデニムシャツを羽織っている。前回の本番で相当気に入ってしまったのだろう。着脱可能な強面イケメンタイプの変装マスクはまだ着けたままだ。


「原田、お前それもう取れ。見ててイライラする」

「ええ? 気に入ってるんだけどなあ」


 そう答えながらも、原田は素直に取ることにしたらしい。通りを左折し、街灯の光が当たらない場所にバンを停めると一瞬で脱いだ。


 便利は便利だ。覆面をしたまま運転席に座るのはあまりにも不自然なので、運転席では素顔を晒さざるを得ない。その点、これはサングラスや伊達眼鏡を掛けなくてもいい分、怪しさは減る。


 原田はサングラス派だったが、夜だと非常に見えにくく難儀だと思っていたところだ。


「俺もそれ買おうかな?」

「いいと思うよ! あ、で、沢渡さん出なかったの?」

「通常運転だな。あの人、本当業務時間外は出ないよな……」


 通常業務しかない会社だったらそれで正しいのだろうが、日村たちの仕事はそうではない。緊急事態は普通のサラリーマンよりも多く発生する可能性が高い上に、危険職だ。なのに午後六時以降は、沢渡は絶対電話に出ない。本当に出ない。


 以前クレームを付けたら、時間外に連絡する際は時間外に連絡を入れることを事前連絡するように、と返された。できるかー! と呆れてそこで会話は終了した苦々しい記憶がある。


「仕方ない、ヴィラン連合本部へ戻ろう」

「了解」


 原田が再びバンを発進させる。日村はフロントガラス越しに街灯をぼんやりと眺めながら、やはりあれはあの男の仕業ではないかと考えていた。


 でろでろに溶けたプラスチック。それだけでなく、金属まで溶解していた。何の金属なのかは知らないが、何百度という熱を加えなければ溶けないのは確かだろう。


 だが、火災の跡は見当たらなかった。ピンポイントで熱を加える異能は、それなりにこの業界に長くいる日村でも、ひとりしか思い浮かばなかったのだ。


 そして奴は、タケルと因縁がある――。


 何かしらの理由があり、あの男は日村たちよりも先にあのビルに侵入し、ターゲットを狙ったのではないか。日村たちはサーバを奪う目的だったが、あの男は破壊が目的だったとすれば、複数の異なる依頼が発生していた可能性がある。


 だがこれまで、ヒーローにヴィラン絡み以外で依頼をするなど聞いたことがなかった。だからあれが本当に奴の仕業なのか、確証が得られないのだが。


「タケル、どこ行っちまったんだよ……」


 タケルはあの男に父親のことを少しだけ漏らしてしまっている。あの時キャットが勝利したのは、あの男がそれに驚いて動かなかったからだ。


 きっとそれからずっと、気になっていた筈だ。誰かを追い詰めたと目の前で糾弾されたら、普通の感覚だったら動揺するだろう。勿論、奴が普通の感覚の持ち主だとは言い切れないが。


 不安は伝染するものらしい。日村の不安を嗅ぎ取ったらしい原田が、落ち着きのない声色で言った。


「タケルくん、無事だといいんだけど……」

「バニーさんに頼もう、もう仕方ない」


 日村の提案に、原田が「はは……」と乾いた笑い声を漏らす。


「……あの人の異能の発動条件ももうちょっとどうにかなるといいんだけどねえ」

「……だな」


 車内に日村と原田の深い溜息が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る