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「焼くのがいいんやと」
結論は、それだった。
その朝の騒動が落ち着いたころ。祖父があらゆることに詳しい旧い知人を、わざわざ隣町まで訪ねていって持ち帰った答えだった。
全身の毛(耳の産毛から足の指に生えていたものまで、本当に全身だ)を失った父は、放心状態で「まあ、連休だしな」という言葉を繰り返すことしかできなくなっていた。
「お父さん、元気だして」
「まあ、連休だしな」
「お父さん、コーヒー沸いたよ」
「まあ、連休だしな」
「そこのマーガリンとって」
「まあ、連休だしな」
そんな父を見かねてか、祖父がひとはだ脱いだ、といういきさつだった。
「雑草をきれいに丸に刈って、石もどけて、塩まいて、その真ん中でこの【ニエモドキ】を焼く。火が消えたら、そこに穴掘って、埋める。埋めたあとにも、塩をまく。そしてどけた石や草で、囲いを作る。場所は花壇の脇を使う」
祖父はまるで何かが乗り移ったかのように、旧い知人のものと思われる言葉を伝えた。誰も何も言わなかった。父だけは「まあ、連休だしな」と返事のようなものを返した。
作業が始まった。
【ニエモドキ】を閉じ込めた大きな段ボール箱は、庭に運び出された。
庭はぐるりと私の胸くらいの高さの石垣に囲まれており、その向こう側から濃い草と土の香りが漂ってきた。
祖父と父は薪を、祖母は草刈りを、母は昼ご飯の支度をそれぞれしている間、私はずっとそこで【ニエモドキ】を見守っていることになった。
【ニエモドキ】は静かだった。
周りで自分を焼く準備が着々と行われていることを知ってか知らずか、蛇がとぐろを巻くようにして段ボールの隅でじっとしていた。
白い体毛の一本一本が、鱗の表面のように艶めいている。長い体に比して小さな顔には、無垢な色が宿っているように見える。つぶらな瞳。短い手足。どこを眺めていても、この生き物が父の体から毛を一本残らず毟っているところを想像できなかった。
「焼かれるんだって、おまえ」
私は大きな硬い段ボール箱の内側に語りかけた。
「どうして、毛を毟るの」
ふと思いついて、手ぐしで髪をすくと二本の毛が指に絡まった。それをつまんで、箱の隙間からさしいれる。
毛が底に落ちるとき、ぴくり、と【ニエモドキ】が小さな顔を上げて反応した。しかし、またすぐに元のとぐろの状態にもどってしまう。
「やっぱり違うよね」
庭の少し奥まった方で、小石がぶつかる、かつん、かつん、という音がする。薪が地面に散らばる、こんころん、という音も。お屋敷の中からは、温められた昆布の出汁の香り。とん、とん、とん、と包丁が何かを刻む気配。それに比べれば、雲が流されていく空や、葉が一枚ずつ降りつもる林や、体を丸める【ニエモドキ】は無音に等しかった。
私はガラス板をどかし、大きなダンボール箱を横ざまに倒した。
すると戸惑ったような間をおいて、【ニエモドキ】が外に飛び出す。林に向かって駆け出し、するすると石垣を登り、その向こうに姿を消した。
ほんの一瞬の出来事だった。
【ニエモドキ】の動きは、私の目に滑らかな一本の白い軌跡になって残った。
しばらくの間、私はその軌跡を何度も何度も、目でなぞっていた。
了
ニエモドキ 乙川アヤト @otukawa02
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