第6話 黒猫の告白

「それで?あなたはノワル様になにを言ったのかしら」

「えっ?いやまぁ、そのぉ……」


 オスヴァルトはエリーザの質問に口ごもり、たじろいだ。コホン、と一つ咳が鳴る。


「エリーザ様そのへんで。わたくしのほうも、お二方ふたかたの反応が見たくて、随分と曖昧な表現でお応えしておりましたから。ご無礼を謝罪いたします、オスヴァルト様」

「い、いや……」

「そうなんですか?まぁ、ノワル様がいいのであればそれでいいんですけど……」


 ちょっと気になるじゃない、と言いつつもエリーザは、この場でそれ以上の追求はしなかった。ノワルのフォローにより、エリーザの圧から解放されたオスヴァルトは、恐縮しつつも、胸を撫で下ろす。ただ、向かいの席にいるマルクスが平然とした表情でいるのをみて、お前は……、とオスヴァルトは若干眉をひそめたのだが。


 テーブルにお茶とお茶菓子を並べ、改めて席に着いたエリーザが、それで、と口を開いた。


「レオはなぜあの場で倒れていたのですか?ノワル様」

「ちょっと待て、エリーザ。ノイアー……いや、この方は本当に聖霊せいれいつかい……ノワル様で間違いないのか?」

「そうよ。だって本当の姿を確認したもの」

「本当の姿?」

「ええ。ノワル様、軽く説明しても?」


 エリーザがノワルに視線を向ける。3年前にオスヴァルトに名を伝えたが、ノワルの特徴を含め詳しく話したことはなかった。ヒト化の魔法を知ったのも今日のことだ。


 ノワルがエリーザにむけて頷く。


「ええ。どうぞ」

「ありがとうございます。あなた、それにマルクス。ノワル様の真の姿は黒猫よ」

「くろねこ?」

「そう。正確には〝聖猫せいびょうアンシャ〟。大聖霊様から加護を受けた猫なの。そうですよね、ノワル様」

「エリーザ様がおっしゃられたとおりにございます。今はヒト化の魔法を使って、この姿になっておりますが――」


 ノワルは胸に右手を添え、恭しく礼の姿勢をみせながら続ける。


「――改めまして、オスヴァルト様、マルクス様。わたくしは、闇の大聖霊オスクネス様の加護を賜った聖猫アンシャ。既にご存知かと存じますが、名はノワルと申します」と告げながら、元の黒猫の姿に戻ってみせた。


 オスヴァルトはその現象に驚愕しながら「本当に…猫だ」と言った。向かいの席のマルクスも同じく驚愕の表情を浮かべる。


 そんな2人を横目に、ノワルは「失礼」と言って、テーブルの上にあるお茶などを避けるように、ひょい、と跳ね、乗った。


「それでは、先程のエリーザ様からの疑問にお答えいたしますが、よろしいでしょうか」

「ええ。お願いします」


 ノワルが一つ頷き、おすわりをして、レオとの経緯を語り始める。驚愕で呆然としていたオスヴァルトやマルクスも、我に返るように慌てて姿勢を正し、ノワルの言葉に耳を傾けた。







 ノワルがレオとの邂逅から、雑木林での出来事まで一通り話し終えると、オスヴァルトが腕を組み唸る。


「うーん、なるほど。そのベルコネクトってものにマナを注いだあと、レオは倒れた……と」

「左様でございます、オスヴァルト様」

「マナ切れ……かしら?」

「その可能性もございます、エリーザ様。とはいえ、あのままベルコネクトにマナを流し込み続けていたならば、ではございますが……。わたくしがお声を掛けた時点では、レオ様のマナ量に、まだ余裕があったようにも思えます」

「だとすると、なにかしら……」


 エリーザを含め、各々が唸る。


「ところでノワル様。そのベルコネクトってのは、いったい何なんですか?」

 オスヴァルトが言った。

「左様でございますねえ……。実を申し上げると、わたくしも真の意味でのベルコネクトについては存じ上げておりません」

「真の意味?」

「ええ。わたくしがベル様からうかがった、ベルコネクトの本来の利用目的は、ベル様がお創りになられた、次元の狭間はざまに存在する〝箱庭〟へのアクセス。その箱庭へ通ずる鍵としての機能でございます」

「次元の狭間はざま……はこにわですか?」

「左様でございます、オスヴァルト様。次元の狭間とは、すなわち、この世界とは別次元。所謂いわゆる、別空間が存在する、という認識で結構でございます」

「はあ……。別空間ですか……」


 今一つ想像が出来ないオスヴァルトが、首を傾げた。三者三様。訊いていても要領を得ない3人を見てノワルは、かつての自身を思い出し、苦笑しつつも続ける。


「わたくしも、はじめはお三方さんかたと同じ反応をいたしました。まぁ、そんなに深く考えなくて結構でございますよ。聖霊様のなされることに、わたくしどもの理解など及ぶわけもございませんので」

「ノワル様でも、ですか?」エリーザが言った。

「ええ。わたくしでも、でございます」

「なるほど。じゃあ、深く考えないことにしますね」

「おいおい、そんなんでいいのか?」オスヴァルトが言った。

「じゃあ、あなたは考えたらわかるの?」

「いや、わからん!」

「プッ。なにそれ」


 エリーザとオスヴァルトが笑い合う。その光景を、冷ややかな目で見ていたマルクスは、レオがこの場にいたらツッコんでくれるのに、と思った。


「よろしいですか?」


 オスヴァルトと向き合っていたエリーザが「あ、すいません。ノワル様」と言って、ノワルに視線を戻した。


「いえいえ。仲がよろしいのは素敵なことでございますので」

「あ、ありがとうございます?」

「では、先程の続きになりますが、箱庭の話は一旦置いておきまして、ベルコネクトについて、でございます」

「あ、はい」

「わたくしははじめ、レオ様にマナを込めていただくことは、ベルコネクトの使用権利を与えるためのものだと考えておりました。レオ様のマナを確認し、認証する。というように」

「あのお……」マルクスが軽く手を挙げつつ言った。

「なんでございましょう?マルクス様」

「そもそも、ベル様はなぜレオにベルコネクトを?」

「あー、それにつきましては、わたくしが推測した、レオ様が倒れられた要因にも関係のあるお話ですので、今しばらくお待ちいただければと存じます」

「あっ、そうですか。話の腰を折ってしまい、すいません」

「いえいえ、当然の疑問でございますので、お気になさらず」

「ありがとうございます」

「それでは、わたくしの推測によるものではございますが、レオ様が倒れてしまった要因についてお話しいたします。わたくしがあの場にいて、感じたことをもとに、可能性があるとするのならば、そう、おそらく……」

「おそらく?」

「記憶の混濁かと」

「「記憶の混濁?」」


 オスヴァルトとエリーザの疑問が重なった。


「ええ。わたくし自身がベル様に伺っておりますのは、ベルコネクトにレオ様のマナを注ぐように、ということと、ベルコネクトに変化があらわれる、ということだけでございました。ですが……あの時――」


 ノワルが言葉を切り、まぶたを閉じて思案気に俯く。三人はノワルの言葉の続きを見守った。


「レオ様のマナを通して、ベルコネクトから溢れ出した輝きは、たしかにレオ様のマナを具現化させたものに感じ取れました。その光の色はまるで、〝虹〟のごとき輝き。そして、そのことがあらわす真は――」


 そう言って、ゆっくりと瞼を開けたノワル。訊いていた三人が一斉に喉鼓のどつづみを奏でた。前を見据えながらノワルは続きを告げる。


「時空属性」


 ノワルが放った言葉に、三人は一瞬思考を止めた。


「じ、時空属性?そんな属性、訊いたことありません。それは一体――」


 我に返ったエリーザがそう訊ね始めると、その言葉を制するかのように、ノワルが答える。


「ベル様の属性でございます」

「えっ?ベル様の属性?」

「左様でございます」

「でも、ベル様の属性は、一つっていうか、全ての属性をもっている、というものなのではないのですか?」


 始原・終末、全ての属性をあやつりし大聖霊。聖霊王ベル・ラシルの属性は、全属性を扱えるオールマイティなものと伝えられている。それは、ここアイゼン王国だけではなく、全世界的な共通認識としてのものだ。


「左様でございますね。表向きには、そういうことになっております」

「表向き……」

「ええ。本来のベル様の属性は時空。〝時と空間にある情報〟を司るもの。そのマナの輝きは、〝虹〟と云われております」

「じゃあ、レオは――」

「ええ。お察しのとおり、レオ様は時空属性をお持ちになっておられる。そして、マナをベルコネクトに込めた時、わたくしが想像していた以上の輝きを放たれた。虹色に染まりし光のまゆにつつまれたかのような現象でございました。あの瞬間、おそらくベル様はレオ様に対し、なにかしらの干渉をなされたのではないかと推測されます」

「どうやって……」

「ベルコネクトは、ベル様自ら創造したものでございます。詳しくは存じ上げませんが、なにかしらの仕掛けが施されていたのではないかと」


 エリーザが、焦燥するように口を開く。


「ちょっと待ってください。先程からおっしゃってる〝ベルコネクト〟は、たしかに聖霊王の名を冠していますから、百歩譲って、ベル様からの干渉という意味ではわかります。ですが、時空属性という特殊な属性を持っている、というだけで、ベル様はレオに干渉したというのですか?それに、そのことがなぜレオの記憶の混濁に繋がるのですか?いったい、ベル様とレオの間になんの関係があるというのですか?」

「落ち着け、エリーザ」オスヴァルトが言った。

「でもっ」

「分かってる。だが、ノワル様がさっき言っていただろ。それについても話すつもりだってこと。ですよね?ノワル様」

「ええ。左様でございます。……ですが――」


 ノワルは頭をゆっくり動かし、一度三人をみて、口を開く。


「――これからお話しする内容は、お三方にとって、決して納得できるものではないかもしれませんが、よろしいでしょうか?」


 ノワルの発言に、三人が自然と顔を動かし、視線を合わせた。言葉は発せず、目で語り合う。そして、お互いに覚悟を決めたかのように頷き合うと、再びノワルに顔を向けた。


「お願いします、ノワル様」エリーザが言った。

「かしこまりました。では、これから話す内容は、ベル様から伺った事実と、これまでの出来事や、わたくしどもの役割をもとにした推測を織り交ぜてのお話になることを、どうかご承知おきください」


 ノワルの言葉を受け、三人が頷き、代表してエリーザが「わかりました」と言った。ノワルも三人の覚悟を感じて、再び瞼を閉じる。


「今から995年ほど前。わたくしどもが、ベル様の庇護ひごを受け、大聖霊様から加護を賜り、そして聖猫アンシャになったばかりの頃でした。わたくしどもが、ヒト属の言葉を理解できるようになったとき、ベル様が我々のもとへ訪れ、告げました」


 数舜の間、静寂が訪れた。そしてノワルは聖霊王ベル・ラシルの言葉をつたえる。


「〝いずれ、あなた達の前に、真の主があらわれる〟と」

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