第24話 次なる一手
ハーヴェイ・ロウが現地の治安当局に自首をしたという一報がラングレーにもたらされたのは、彼が横水巡査長達を伴って篠塚家を訪れたそのすぐ後だった。
「クソッ! あの男が非常識なのは百も承知だが、こちらにも都合というものがある!」
日付が変わろうとしている時刻。ウォーデル・マクドネル長官は自宅でベッドに入ろうとしていた矢先にその速報を受け、急ぎジョージ・ブッシュ情報センターの司令室へと戻っていた。
「状況は?」
「ハーヴェイ・ロウは目下市警察署で尋問を受けています」
「担当は?」
「当該警察署のヨコミズとタジマです」
名を告げられ思い返す。当初、CIAと共に当該地区担当警察官が捜査を行い、ハーヴェイと接触した人物の中にその名前があったことを記憶していた。確か、捜査グループの現場取りまとめではなかったろうか。
「…………あの2人か。"協力者"はどうしている!」
「それが、ハーヴェイ自身からの指名です。指示に従わない場合はどうなるか保証はできない、と」
「あの男め、やってくれる」
報告を聞いてウォーデル長官は歯噛みした。ハーヴェイに状況を逆手に取られたのだ。
元々、ダメ元で仕掛けた作戦だが、まさかあの男に無関係の人間を憂慮する精神性が本当に伴っているとは思いもしなかった。
が、奴はそれを最悪な形で利用してきた。まさか、すんなり自首をするとは。しかも、我々が確保している少年を脅しの手段として使い出した。
奴と我々の間ではそんな脅しなんぞまるで意味をなさない。だが、現地捜査当局の間ではどうか。トチ狂った犯罪者がなんの気の迷いか自分の罪を認めて自ら名乗りを上げた。しかし、交渉を進めようにも未だに人質がいるため迂闊に行動できない。合衆国で犯罪歴があるというが、現時点で日本で誘拐事件を起こしていることになっている。現地捜査当局は自国の問題を解決しようと考えるだろう。
少年の存在がまるで意味をなさなくなった。素直に開放すべきか。誘拐された少年が戻れば現地警察もハーヴェイの身柄に固執しないだろう。いや、おそらく少年が無事に開放されれば奴はあっさりと逃走する。そもそも、今いるのはやつ一人で他の三体は行方不明だ。そうなれば、次こそは奴を完全に見失かねない。
ならばいっそうのこと少年とハーヴェイを交換すべきか。現地警察とこちらの目的は一致している。自首した犯人と被害者を交換するという些か不可思議な状況であるが、この際構うものか。いや、絶対に横槍が入る。
完全に状況が煮詰まっている。我々はこれからどう動くべきか。
「長官。尋問室よりヨコミズが出てきました」
ウォーデルが思案していると、部下からの報告があった。彼は一時思考を横にやり、巨大なディスプレイを見上げた。
『少年の安否については保証する、そうだ。ただ、少年の身柄については別の者が預かっているため自分もわからない状況である。短気で粗野な連中だからいつ危害を加えるか分かったものではない。自分も気が気でない。それ以上に親御さんに息子の声を聞かせたら安心すると思うからそいつらと一度連絡を取り合いたい、だそうだ』
尋問室からでてきたヨコミズはハーヴェイから聞き出したと思われる話をつらつらと読み上げた。それを聞いた"協力者"の小間使いであるホンマは、ふざけた野郎だ、と吐き捨てるように言った。
「言ってくれる」
ヨコミズの調書を聞きウォーデル長官も吐き捨てるように言った。
「長官。これは明らかに我々に対するメッセージかと。そして、このヨコミズという警察官」
「わかっている。おそらく我々に気づいているだろうよ。でなければハーヴェイが場末の警官なんぞ指名はせんさ」
ヨコミズが一体どういう経緯で事の真実にたどり着いたかは不明だが、どうやら彼はハーヴェイと協力関係にあるらしい。彼は事の真実に自力で到達できる程の力量と人脈と豊かな想像力を持ち合わせていたのか、それとも奴の方から接触したのか、どちらにせよ新たな頭痛の種が増えたことに違いなかった。
しかし、幸いなことにヨコミズという男は分け目を振らずに一心不乱に突っ走るような馬鹿ではないらしく、あくまで自分達と我々にだけ理解できるように話を進めている。でなければあんなふざけた内容の調書をわざわざ共有するものか。もっとも、確固たる証拠もなしにイカれた犯罪者が言っている、実はCIAに狙われています、なんて妄言じみた話を誰が信じるものか。
「どうしますか?」
部下の問に再び思案する。現在、自ら進めた状況に縛られつつあった。ハーヴェイがこちらの思惑に乗っかり、それを利用した。結果としてこちらが身動きが取れなくなりつつあった。
自体がこんがらがっている。シンプルに考えよう。最優先事項はなにか?
「大至急法務長官に連絡。ハーヴェイ・ロウに関するアメリカ国内での犯罪歴を作成するように伝えろ。同時に奴の個人登録情報の作成を急げ。アメリカ国内で経歴をつくるんだ」
とある結論に達したウォーデル長官は部下たちに端的に指示を出したが、肝心の部下たちがその意図が読めず困惑していた。
「犯罪人引渡し条約だ。日本はアメリカと締結している。わざわざ現地捜査当局に出頭してくれたんだ。必要な書類を揃えれば向こうも公的に奴を送還せざるおえない。違うか?」
ため息混じりに彼は説明した。結局のところ我々の目的はハーヴェイの捕獲以外他にないのだ。
「仮に形式上必要な書類が揃っていたとして日本側が疑念を抱く事はないでしょうか?」
彼の言葉に部下の一人が疑問を呈して問うた。
「一体誰が海外の犯罪者の経歴に疑念を持ちそれを洗う? 仮にいたとしてもこちらは機密情報として扱う。調査しようがない。例えこちらの国へ来たとしても、その頃には奴も日本にはいない」
そう言ってウォーデル長官は肩を竦めた。
「ユウジ少年に関しては?」
別の部下がユウジ少年の身を案じてかそんな事を言った。ウォーデル長官としてはその言葉は正直なところ呆れたものだった。
「必要な手続きが完了したら解放するさ。どうだ、何も問題はない」
部下が期待している言葉を告げたウォーデル長官は内心ため息をついた。聞いた部下が仕事を続けた。
我々の仕事は国家に奉仕する立場にある。そこに私情を挟むものではない。あくまで我々は国家の利益のためにある。それをはき違えてもらうのは困るのだ。その為に少年一人の命なんぞ比べるまでもない。
とはいえ、早急に処理する必要はない。
「ともあれ、時間稼ぎがは必要だ。そのために少年には役立ってもらう」
現時点で利用価値はあるのだ。活用しない事には越したことはない。
エンカウント 日陰四隅 @hikage4sumi
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