第20話 戻った日常
あの後、特に何事もなく僕は数日後に普通に病院から退院した。
当初予定されていた警察の聴取は何故か無くなったという。いったいどこからか圧力がかかったことやら。
そうなると、今回起きた2つの事件に関して何らかの報告がなされるべきであるが、顛末はこうなった。
まず、パチンコ屋の件は例のグラウンドに侵入した犯人が警官隊と揉めたと地方紙のニュース欄に掲載された。町外れの県道でロボットがガトリング砲をぶっ放し、警察車両が数台破壊され、消防車も出る騒ぎとなっていたというのに、実に簡素に地方紙の隅っこの方に記載されただけだった。
次いで、砂利採取場の件は原因不明の事故として処理された。発表によると土木用の大型ドローンが暴走したとの事。暴走の原因は調査中だそうで、その解答は一生出そうになさそうだった。
最後に。僕の誘拐事件については特に触れられず、犯人達の行方は相変わらず見当もつかない状況だった。
◇
「だから心配ないって」
朝。父親の車で学校まで送ってもらった僕は市役所の駐車場で自家用車から降りた。
「しかしだなぁ、犯人はまだつかまってないんだろう」
運転席の父は車内から不安げな表情で僕に言った。報道はされていないものの、未だ犯人が捕まっていないことは警察関係者から聞かされていたのだった。
「…………あー、それは大丈夫なんじゃないかな、多分」
言われて変わり者の博士が脳裏をよぎり、父の心配をよそに思わず口走った。
「何が大丈夫だ! いつ犯人が戻ってくるか分からないんだぞ!」
聞いた父が声を荒らげる。その様子にギョッとなった。こんなに怒っている父を見るのは初めてかもしれない。
父もハッとなってバツの悪そうな表情をした。
「兎に角、お前が心配なんだ」
不安げな父の様子に複雑な感情が混じる。
「まぁ、何かあったら必ず連絡するから」
「すぐに連絡するんだ」
心残りがありそうな父はそう言い残すと走り出した。
そんな父を見送った後、ため息をこぼした。そして、顔を上げたところでギョッとする。
視線の先。駐車場に止まる乗用車の中にハンドルに腕を乗せ、その上に顎を乗せてこの世の終わりでも迎えたような不機嫌な表情を浮かべた横水刑事がいた。そして、こちらを見ていた。見ていたというかおもいっきり睨みつけていた。
その様子を見て思わず引き攣った笑みを浮かべた。笑みを浮かべて隣にいる田嶋刑事に気づき、彼が同様に引き攣った笑顔で手を振っているのに気づいた。それに手を振り返す。隣の横水刑事は変わらず不機嫌な表情のままだ。
これ、行っていいのかな?
引き攣った笑顔で手を降ったまま立ち去る。車内の2人は変わらずな様子でこちらにアクションしてくる様子はない。監視なのか警護なのか、直接的な接触は禁止されているようだった。
そのまま横断歩道を渡る。彼らの視界から外れた後、また自然とため息が出た。
なんか朝市からどっと疲れた。ぼうっと歩いていると、偶々前から来る自転車の生徒と目が合った。
「「あ」」
自転車に乗った瑞稀だった。
◇
「で、結局何があったのよ」
ホームルーム後の教室。いつもと変わらぬ様子のクラスとうってかわって何やら訳知りで話を聞きに来た瑞稀。
「色々ね」
はぐらかすように答えると、色々ねぇ、と口元をつり上げて瑞稀は言った。
「箝口令って奴?」
「みたいなもの」
まさか自主的に黙っているとは思うまい。
そうか、と短く瑞稀は言うと席から立ち上がり僕の後ろに回って両手で肩を叩いた。
「ま、お前が無事でよかったよ」
珍しくしおらしい事を言う。照れくさくなって口を開いた瞬間、頭部に腕がまわった。
「なんていうかと思ったかこの野郎! 何が色々ね、だテメェアホか!? ふざけんなよ、クソが!」
怒りのヘッドロック。瑞稀はいつも通りだった。
「痛い痛い痛い痛い! ごめんごめん! 悪かった、悪かったよ!」
瑞稀の腕をタップしながら言う。
よし、と瑞稀は言うと締め上げた腕を話して対面に座り直した。
「…………そもそも、僕から失踪したわけじゃないから」
「なんか言ったか?」
机を小突いて瑞稀は言った。
「あ、いえ。何でもないです」
「ところでもう一人、話を聞きたそうな雰囲気の野郎がいっけど?」
机に寄りかかり悪い顔をした瑞稀が僕の後ろの方に目をやっていった。
振り返ると、次は現国だというのに理科の資料集を反対に立てて開いているだけそうな保津君がいた。
「河岸を変えっか」
◇
学校の屋上。普段は閉め切られているはずなのになんでか僕等はいる。理由は閉め忘れ、なんだってさ。
「しっかし、面白可笑しな状況になってたってぇのに随分と元気だな?」
屋上の出入り口。その横に寄りかかって空を仰いで言った。
「一応、僕高熱で入院してたって事になってるんだけど?」
その反対。出入り口を挟んで隣に僕は座っていた。
「今更だろ?」
空を仰いだまま瑞稀は言った。
「瑞稀氏、一体全体どういう?」
僕らの正面。入り口の真ん前に体育座りの保津君がいて、若干食い気味に聞いてきた。
「うちに警察来たの」
瑞稀は僕のことを親指で指しながら言った。聞いた保津君が憐れみの表情を浮かべた。
「…………氏、いつかはやると思っていましたが、そうですか」
「テメェは俺のことをなんだと思ってやがる」
保津君の反応に瑞稀は半目で睨みつけた。
「大丈夫ですぞ、瑞稀氏。報道関係者が来ましたら"えぇ、素行不良でしたからいつかやると思ってました"としっかり話します故。ちなみにどういった暴行で?」
「あ、それ僕もしたい」
顔なし上半身で、と僕は付け足して。モザイク声変えかもですぞ、と保津君。
「テメェらを被害者で新聞に載せてやろうか?」
犯行予告だ、犯行予告ですな、と僕ら二人。聞いた瑞稀が心底不愉快そうな表情を浮かべた。
「俺のことをじゃねぇよ、コイツだコイツ。大体わかってて言ってんだろオメェ」
腕を組んだまま人差し指で瑞稀は僕を指した。
「まぁ、はい、そうですが。それではやはり高熱で入院は嘘と?」
思いの外冷静に保津君は言った。
「やっぱりそう思ってたんか?」
「あ、いえ。シンプルにうちの姉が看護師でして。その患者はいるが熱でなんぞ入院しとらん、と」
あ、ご家族いらっしゃったのね。
それとは別に瑞稀は空を仰いで指を折っていた。
「…………お前ら何歳差だよ」
少し驚いたように瑞稀は言った。というか、年数えてたのか。
「12ですな。と、言うか聞くのはうちの家族構成でして?」
「正直少しそっちが気になる」
申し訳ないけど僕も少しだけ気になった。
「あんまり面白くないですぞ? それより警察のくだり、詳しく」
お、おう、と瑞稀は少し名残惜しそう言った。
「コイツが学校休んだ前日、というか当日深夜と言うか、うちの家に警察が来たんだよ。お友達の裕志くんが行方不明になりましたってさ」
は? と保津君は目を白黒させた。
「いやいや、だって目の前にいますぞ? だいたいそんな話、証拠もなしに」
『保津様。瑞稀が言う通り4日前の深夜警察が聴取に訪問しています』
いつの間にかスマホを取り出していた瑞稀はハルに話させていた。それを聞いて保津君は再び目を白黒した。
「一日で解決?」
「そうだな。驚きのスピード解決だ。で、だ。警察がうちに来た数時間後には県道であの騒ぎ。挙句明け方山ん中での騒動。で、こいつは2、3日の入院だとさ」
「ちょっと裕志君!? 一体何が起こってんの!?」
四つん這いのまま僕に近づいてきて肩をつかんだ。
「先生先生、メッキ剥がれてんぞ」
コレは下手に言い訳しても仕方ないと観念する。
「その、なんていいますか、ちょっと誘拐されてまして」
両手を挙げて引き攣った笑みで答えた。
「そのちょっとで誘拐されないと思いますが小生。小生間違ってます?」
保津君は瑞稀を見た。
「先生、珍しく同意見で何一つ間違っちゃねぇ。でだ、その誘拐事件に関して警察が話しを聞きに来た訳だ。うちに。真夜中だぜ。それもFBIを引き連れてよ?」
聞いた保津君が固まった。
「…………あの、瑞稀氏。聞き違いか本格的に小生の頭がおかしくなったしか考えられないのですが、今、連邦捜査局とおっしゃいました?」
今度は瑞稀が固まった。
「なんて?」
瑞稀が保津君を指して言った。おそらく、漢字五文字の部分だろう。
「FBI」
ああ、と言って瑞稀は納得した。
「そう言ったが?」
「裕志君! 裕志君! 後生、後生だから何があったか詳しく、できるだけ詳しくお願いします!」
血眼で保津君が僕を揺らす。
「詳細も何も普通に誘拐されただけだけど」
ガンガンと頭をコンクリートにぶつけながら僕は彼に返した。
「普通になんか誘拐されないし、日本にFBIが捜査に来ることなんてまずないでしょうが! なんなの!?」
『裕志。その件について当方も疑問があります』
不意にそんな事をヘレナが言った。
「ん? なんでお前のヘレナがそんな事聞く訳?」
僕に聞かれても。ヘレナもヘレナでなんでそんな事を聞くか。
『瑞稀様、事件当時の当方のログがありませんので』
あれ? 少なからず倉庫では話したような気がするが……………。
もしかして、"魔法使い"仕事した?
「そんなことある?」
瑞稀が首を傾げる。
『瑞稀、電源が入っていなかったのかと考えます。そもそも、誘拐なのですから犯人は証拠が残ったほうが問題かと考えます。もっとも、それならば当方達自体捨て置けば済む話ですが』
ああ、と瑞稀。まぁ、常識的に考えたらそうなるのか。
「というこってゴタゴタ込みで真実味が帯びてきたが?」
「大体、僕の誘拐とその2つの事件が関連してる、なんていうのは瑞稀の憶測じゃない?」
いや、まったく関係しているのだけれども。
「少し前に起きた事件の現場を偶々目撃した裕志君が都合よく誘拐されて同じ犯人が起こした騒動に関わっていないとは考えづらいよな?」
聞いた保津君は力強く頷く。
「そもそも、僕は事件の現場を直接目撃した訳じゃない。爆発した様子を見ただけで」
「"空飛ぶ女"」
瑞稀に言われた途端、馬鹿正直に言葉に詰まる。見事に過去の自分に刺された。
「え? あ! はぁ〜、はぁはぁはぁ、はいはい!
オッケー、小生完全に理解した」
話を聞いた保津君が納得したように頷いた。
「2人とも大袈裟だなぁ。大体2人だって妄想だとか見間違いとか言ってたじゃないか。いくらなんでもそれは陰謀論の類だよ」
取り繕ったように話す。明らかにボロがでていた。
「その主張が俺らん中で逆転してんのが証言してるようなもんだ」
珍しく論理的にですね、とハル。うるせぇ、と瑞稀。こちらも必死で何かを考えようとするが、何も考えつかない。
「いたんだな」
沈黙を肯定と判断して瑞稀は言った。
「ありえますなぁ、アメリカが絡んでるなら、十分。と、いいますか、なんかアメリカ政府自体が絡んでそうですなぁ。そうなると警察というより国家安全云々の方が関わってそうでして、CIAとかFBIを騙ります?」
彼はアメリカの事をなんだと思っているのだろう。
「ありそうだぜ。きた外人は警察って感じじゃなくて軍人みたいな見た目してたしよ」
面白がって瑞稀もそんな事言うが、正鵠的を射てる。もうちょっと頑張れCIA。
「それこそ想像の飛躍じゃないかな? 映画じゃあるまいし」
「あるじゃねぇか、イーサン・ハントにジェイソン・ボーン、あとジェームズ・ボンド」
いや、全部映画じゃないか。
「瑞稀氏、最後はMI6ですぞ」
何が違うんだよ、と瑞稀。
アメリカとイギリス、と保津君。
「兎に角、二人が考えるようなことはなかった。僕はただ誘拐されただけで、無事に帰ってきた。それだけ。はい、おしまい」
そう一方的に告げて屋上を先に立ち去った。
「それをそれだけって言わんと思うのですよ、小生」
「そりゃ、これだからじゃないか?」
何やら後ろでやっている二人。瑞稀の反応に保津君の、ああ、と納得したような声が聞こえてくる。なんとなく、下世話な事をしている気がして足早に階段を下った。
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