TAKE12︰放っておけない(CV︰対馬輝臣)

 お、宝ちゃん。

 彼女の姿を確認すると、俺・輝臣は、わずかに心がはずんだ。

 カフェテリアで買った昼ご飯のサンドイッチを、声優仲間の友達と談笑しながら食べ終わり、午後の授業に合わせて教室に向かおうとしていた時だった。

 昼休みももう終わりに近づいたそのとき──ふらふらとした足取りで校内を歩く、宝ちゃんを見つけた。

 その、どこか少しおかしい様子をふしぎに思い、思わずかけよった。

 ぼーっとしている宝ちゃんのうでをつかんでひきとめ、声をかける。

「宝ちゃん? どうした。顔が真っ青だぞ」

「……なんでもないよ……」

 そう答える彼女の声は、かすれているようだった。

 いつものハスキーボイスがさらに、低い声に聞こえた。

 いつも、あんなに元気な宝ちゃんが……。

 絶対、おかしい。

 きっと、なにかあったに決まってる。

「なんでもないって……んなことねーだろ。なにがあったんだ?」

 なんでも言えよ、俺が問いかけると、宝ちゃんはなにか考えているようだった。

 そして、しばらくだまったのちに。

 思いつめたような不安げな瞳で、俺のことをじっと見上げてきた。

 その表情と瞳の真剣さに──理由もなく、ドキッとしてしまう。

 本当に、なにがあったんだ?

 ──ピリリリリリリリリリリ。

 その時、ポケットに入れていた、俺のスマホの電話の着信音がうるさく鳴った。

 星桃学園では、すべての学科で、スマホの使用が許可されている。

 いわずもがな芸能学園だから、学科を問わず急な仕事の連絡に対応するためである。

『輝臣。急な仕事が入ったわ。いける?』

 案の定、俺のマネージャーからの電話だ。

 くそ、こんな時に……。

「ごめん、宝ちゃん。俺、行かないと」

「うん。お仕事頑張ってね」

 宝ちゃんはまたふらふらと歩いて行ってしまう。

 高く結い上げたショートツインテールにしゅるりと巻いた、これまた長い黄色のリボンを、顔の横で元気よくゆらしながら。

 その後ろ姿は、とても可憐で──。

 ハスキーボイスじゃなかったら、アイドル声優にもなれそうな気がする。

 そう考える俺の思考は、職業病なのだろうか。それとも──。

 ──彼女を追いかけたい。

 なぜか無性に心配でたまらない。

 でも、俺のことを必要としてくれている人たちがいる。

 俺の、ファンの方たちだ。

 それに、このことで仕事を断るなんて、声優のプロフェッショナルに違反する。

 俺は、くやしい思いで、宝ちゃんに背を向けると、仕事に向かったのだった。



 ──その日の放課後。

 いつも一緒にいるメンバーである、ユメ、ヒカル、レーナの三人にLINEして訊くと(交換したんだよなー)。

 宝ちゃんは、午後の授業には出ず、具合が悪いといって早退したとのことだった。

 俺は、宝ちゃんの声が好きだ。

 いや……声だけじゃなくて、たぶん女の子として、彼女に惹かれている。

 伝説の声優である母親──鈴名葵さんと、声が似ていなくて。

 なにより夢に真っ直ぐで、実際一生懸命で。

 かと思えば、あぶなっかしくて、面白くて。

 どうしても、放っておけない魅力があった。

 ──「『お前のこと……めちゃくちゃにしてやるよ……』」

 宝ちゃんと出会った日。入学式の時のことを思い出す。

 あんなにぞくりとする声は聴いたことがない。

 長いことプロの声優をしているが、現場にだって、あんな声をした同世代はいなかった。

 絶対に、声優としての素質がある。

 だからオーディションにも受かった。

 レイン役に決まった。

 彼女はまるで、昔の俺のようだ。

 まだ子役で、芸能界のことをなにも知らなかった新人の頃の──。

 ──『輝臣。もうワンテイクだ』

 俺は、はっとした。

 今は、アフレコ中だ。

 女の子のことを考えて、録り直しになるなんて──だめだ。だめすぎる。

 大事な仕事に穴を空けるつもりか?

 今は宝ちゃんのことは考えずに、仕事に集中しろ!

 


「あっ! 出てきた!」

「きゃああああ! 輝臣サマご本人よー!」

「これ! 良かったら食べてくださあい!」

 そう言って渡されたのは、市販のクッキーとジュース。

 ……俺が今日、このアフレコスタジオで仕事をすること、どこで聞きつけてきたんだろう。

 ファンがいるのはとても有り難いが、これだから都会は怖い。

「ありがとう。嬉しいよ」

 そう言って、クッキーとジュースを受け取る。

「「「キャー!!!!!!!!!」」」

 宝ちゃんは、こんなに高い声は、たぶん出せないだろうな。

 そのあと、リクエストにいくつか応え、カイトの役なんかを、俺は演った。

 いわゆるファンサービスだ。

 宝ちゃん、今頃どうしてるかな。

 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る