第16話


 グリセリ戦当日。

 私は豪邸の前に立っていた。

 カレイタとは現地で落ち合うとのことだった。


(ほんとうに誰が来るのかしら……)


 しばらくして、目の前にふたりの人影が現れた。

 身長の低い子どもと、背の高いもうひとり。

 あれは——。


「ビビリさん!?」


 背の高い男はビビリと言うファイターだった。

 小手先が器用で、ナイフを駆使して闘う。

 表舞台では名前の通り「ビビリ症」なのだが。


「ほら、来てやったぜ」


 カレイタはそう言った。


「き、ききき今日は、よよよろしくです……」


 対してビビリは、びびっていた。

 その様子は、表舞台以上だった。


(裏は違うって、こういうこともあるんですわね……)


「さあ、テメエら、あのクソマダムに泡吹かせてこい!」


 大いなる不安とともに、私たちは豪邸の扉を開けた。

 入り口では、執事が待っていた。プレイアブルの執事とは違う、別の人だった。


『お待ちしておりました。会場にお連れいたします』


 執事に連れられて、廊下を進む。

 花瓶や絵画など、芸術品らしきものがたくさん飾ってあった。

 現実で売ったらいくらになるだろう、と私は考える。


「おい、集中しろよ」


 カレイタがそう言うので、私は笑ってみせた。


「勝負前には別のことを考えるの、スイッチが入るのでおすすめですよ」


「呑気なヤローだ」


 そうして執事が扉を開けた。

 そこは、パーティー会場だった。


「へえ!?」


 とビビリのビビる声。

 立食会らしく、いくつかのテーブルに、豪華な食事。

 来客らしき人々は談笑しながらワインを飲んでいた。


「聞いてませんわよ、こんなの……」


「あわわわ、人に見られるなんてェ……」


「臆するな、誰もお前らなんて見ない!」


 そう言われても、グリセリの戦闘ステージは客なんていなかった。

 今回は特別なのだろうが、ここまでとは。


「遅かったですわね」


 カツカツ、とハイヒールの音がした。

 グリセリはいつもとは違う衣装をまとっていた。

 季節限定イベントで配布された衣装だった。


「あら、カレイタさん。お久しぶりですわ」


「……ああ、そうだな」


「飴ちゃん、いります?」


 グリセリが渡した飴を、カレイタは払い退けた。


「いらねーよ、そんなゴミ」


「あらあら、表では喜んでもらってますのに……」


 カレイタの顔に怒りが含まれた。

 それもグリセリの戦略のうちなのだろう。

 闘いは、冷静さを欠いた人間が負ける。


「で、2on2と言いながら、御三方ですが……」


「あたしは戦わない。こいつらが相手だ」


「……臆したのね、気持ちはわかります」


 チッ、とカレイタは舌打ちをした。

 ここで手を出さないあたり、彼女もギリギリ冷静なのだろう。


「さて、役者は揃いましたわ……よろしいですか?」


 私は静かに頷いた。

 ビビリは首を振っていたが、グリセリは気にも留めなかった。


「では、始めましょう。セバス」


 グリセリが指を鳴らすと、照明が落ちた。

 ステージがライトアップされ、執事が礼をする。


『本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。只今より、格闘賭博を始めたいと思います』


 会場が大きな拍手に包まれた。

 賭博、と聞いて私は全てを理解した。

 グリセリは、このパーティーを賭博場にしたらしい。

 

『対戦の準備を始めます。その間に、投票と掛け金額をお願いします』


 客がざわめく。

 やはりマダムだろう、とか、大穴狙いか、など。

 自分が商売道具になっていることに、しかし私は怒りもしなかった。

 

(誰にどう利用されようがかまいませんわ。やることは……ひとつ!)


 ステージの袖で、私たちは作戦を立てた。


「いいか、マダムはスピードタイプ。接近キャラは遠距離系とはまた違った戦いにくさがある」


 カレイタはしっかりと作戦を考えてくれていたようだ。


「だから、マダムのエンジンがかかったら、すかさずビビリに交代しろ」


「ぼ、ボクですか!?」


「お前が投げナイフで牽制しろ。少しでも気力を削るんだ」


「で、でもォ……」


「いいか! あたしはお前に成長するチャンスを与えてるんだ。お前は強くなりたいと願った。その答えが、ここにある! その弱気も、ゴミカスみたいな立ち回りも、何もかも叩き直せ!」


 カレイタはすごい熱血キャラになっていた。

 ビビリもその気迫に押され、弱々しく頷いた。


「そして、お前」


「……はい」


「お前には、冷静さがある。クソみたいな動きだが、頭は動いている。マダムの動きを見て、確実に殴っていけ」


「わかりました」


 カレイタと同じことを考えていたことを嬉しく思う。

 私には、格ゲーで培ってきた『眼』がある。

 どんなに窮地に追い込まれようと、見てきたものが全てだ。

 この世界の経験はないが、格ゲーの経験はある。

 そこに、勝機はある!


「観客がなんだ! あんな腐った奴らの目を潰してこい! 世界はお前らが中心に動いてはいないということを教えてやれ!」


「師匠、金持ちが嫌いなんですか?」


「つべこべ言わずに行ってこい!」


 腰を叩かれ、私は前に吹き飛んだ。

 私の前には執事が立っていた。

 戦闘が始まる——。


『brave your struggle!』


 私は立ち上がり、拳を握った。

 震えているのは、緊張か、あるいは?


『beginning!』

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お嬢様が格ゲーのキャラになってしまわれました。 ようひ @youhi0924

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